なぜ日本企業の人材育成は停滞するのか──パーソル総研上席主任研究員が語る人的資本経営時代の「戦略的OJT」
2025年12月08日(月)掲載
人的資本経営が求められる時代となり、多くの企業が人材育成の重要性を認識しながらも、「現場では人材が育たない」「若手の早期離職が止まらない」というジレンマを抱えているようです。離職防止やイノベーション創出、新規事業推進など、難易度の高いテーマに対応できる人材育成は今や経営課題です。
パーソル総研の佐々木 聡氏(上席主任研究員)は、「人的資本開示によって研修などのOFF-JT(Off The Job Training)が注目される一方、育成の中心施策であるはずのOJT(On The Job Training)が十分に機能していない実態もある」「長年の構造変化によって『教えられる人がいない』状態が深刻化している」と指摘します。
現場任せではなく、人事部門が戦略的に仕掛ける「戦略的OJT」が、離職防止と人材育成の両立にどうつながるのか──そのヒントを伺いました。
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OJTを問い直す ~現場任せから「戦略的OJT」への転換に向けて~/パーソル総合研究所 上席主任研究員 佐々木 聡氏
現場でOJTをやりきれない構造的な要因とは
——近年、企業の人材育成環境はどのように変わってきているのでしょうか。
佐々木氏:人的資本経営が注目されるようになってから、上場企業では情報開示義務化の影響を受け、研修などOFF-JTによる人材育成に関心が向いてしまうことがあります。なぜかというと、研修費用などの投資金額は投資家から見て分かりやすい指標となるからです。
企業が人材育成の生産性を高めるために研修、すなわちOFF-JTに力を入れるのは必要な取り組みといえるでしょう。
一方、OJTが十分に機能していない企業も少なくありません。人材育成の中心となるのは本来OJTなのですが、基本的に現場で進められるものなので形骸化しているかどうかが見えづらく、これまではあまり注目されませんでした。
——OJTの形骸化とは、どのような状況を指すのでしょうか。
佐々木氏:労働人口の減少に加え、人材採用の難化によって人材不足が深刻化しています。その結果、既存社員の業務役割が増え、育成に集中できず、十分に機能していません。そのため、これからを期待されていた人材が離職したり、現場で実務トラブルが起きてしまったりと、育成の不十分さが現場で深刻に認識されています。こうした現象に直面し、OJTが十分に行えていないと気付く企業も出てきています。
——現場でOJTをやりきれていないということですか。
佐々木氏:はい。構造的な問題として、企業の多くではそもそも、「教えられる人」が減っています。教えられた経験のない人がマネジメントの立場となり、その人が不十分なやり方で育てた人たちがまた教える立場になるという負の連鎖が続いているわけです。
その結果として教え方がアップデートされなかったり、世代間の感覚の違いによってハラスメントが起きてしまったりと、構造的にOJTがやりづらくなっています。
この問題の根幹は、バブルが崩壊し、多くの企業が成果主義に移った時代にあります。成果を出した人を正当に評価すること自体は正しい考え方だと思いますが、副作用としてマネジメントを担う人がプレイングマネージャーとなるケースが増え、マネジメント側が「自分がやればいい」となり、あまり育成に対するメリットを感じなくなってしまったのです。
今のマネジメント層に「あなたの役割」を尋ねると、「業績を良くすること」が第一に来て、「人材を育てること」は二の次になっている現状もあります。
育成を現場任せにせず、人事が「戦略的OJT」を仕掛ける
——こうした問題点を踏まえ、企業はどのような育成方法を取ると良いのでしょうか。
佐々木氏:現場経験を中心とした、メンター制度や1on1を組み合わせた育成が効果的です。米国のリーダーシップ研究機関であるロミンガー社は、経営者を対象とした調査結果をもとに、人材育成における「70:20:10の法則」(ロミンガーの法則)を見出しました。
※出典:OJTを問い直す ~現場任せから「戦略的OJT」への転換に向けて~/パーソル総合研究所上席主任研究員 佐々木 聡氏
この法則では、現在のリーダーたちが育った要因のうち「7割が現場での経験によるもの」「2割は他者からの薫陶によるもの」「1割が研修によるもの」とされています。つまり、人的資本開示によって注目されているOFF-JTは、リーダーを育てる要素の1割に過ぎないということです。
この法則をOJTに置き換えると、「2割」の部分では、先に触れたメンター制度や1on1などの枠組みによって、他者からのフィードバックを受ける機会を継続的につくることで対応できるでしょう。
では、大部分を占める「7割」をどうするか。ここが最も大きな要素であり、対策しなければならないのは明白ですが、現場にはノウハウが蓄積されていません。人事側からのアプローチによって良いOJT習慣を経験した人を増やし、その人たちをリーダーに引き上げ、全体へ波及させていく必要があるでしょう。
——人事がOJTにアプローチし、成果を出している企業の事例はありますか。
佐々木氏:たとえばとある大手企業では、「OJD」(On the Job Development)という取り組みを行っています。同社ではジョブ型人事制度への移行で個人の業績意識が高まる一方、人材育成への意識が低下していたため、人事部がOJDを仕組み化してテコ入れしました。
参考にしたのは「やったこと」「わかったこと」「次にやること」というシンプルなフレームを使って現場での学習サイクルを回し、組織ごとにOJDの進捗を共有できるようにしました。これによって情報が蓄積され、知恵を共有しながら成果につなげる状態が生まれています。
別の製造企業の取り組みも注目に値するものだと思います。同社の製造現場では機械による自動化が進んでいますが、細かな仕様変更などの際には、人が適切に管理しなければトラブルにつながってしまいます。しかしこれまで現場で教えてきたのは、現象面としてのトラブルに対応する「How」の部分ばかりでした。
なぜトラブルにつながるかなど、根本的な「Why」の部分を教えていないと、また同じようなトラブルが起きてしまいます。そこで同社では現場単位で、人事部門メンバーを軸としたOJTの専門チームをつくりました。物事の原理原則を教える体制を整え、トラブルの再発防止につなげています。
この2社の取り組みは、いずれも「戦略的OJT」だと言えるでしょう。育成を現場任せにするのではなく、人事が戦略的に仕掛けている点が特徴的です。
加えてこの2社は、最も伸びしろがあると考えられる若手層の育成に特に注力している点でも共通しています。若手が伸びれば、現場全体に手応えが広がります。人材不足や早期離職が多い現状では、若手にターゲットをあてた施策としてOJTの意義をより真剣に考えていく時期ではないでしょうか。
——若手の育成を強化する施策には、どのようなものがありますか。
佐々木氏:「リバースメンタリング」や「シャドーボーディング」などの手法に注目したいですね。
リバースメンタリングは、GE(ゼネラル・エレクトリック)のCEOを務めたジャック・ウェルチの手法をメソッド化したもの。インターネットが台頭した時代に、ジャック・ウェルチは若手からインターネット関連の知識を教わって経営に生かしました。つまり、メンターとメンティーをリバース(逆転)させることで新たな学びを得ていたのです。ベテランが若手から学ぶことで、若手もまた活性化するという効果が期待できます。
シャドーボーディングは、若手だけが集まる「仮想経営会議」です。経営マターのテーマについて若手同士が議論し、その内容を実際の経営会議にもぶつけることで意図的なOJTをつくり出していく取り組みです。
外部の知見を積極的に取り入れて「開かれたOJT」を実現する
——人材育成の目的として、重要経営戦略である「イノベーション創出」や「新規事業推進」を置く企業も多いと思います。こうした目的に向けて人材育成を進める際は、どのような点に留意すると良いでしょうか。
佐々木氏:イノベーションや新規事業の文脈では、社内OJTの枠だけでは育成しきれない場面もあります。イノベーションや新規事業は、ともに社外との接点が不可欠です。「オープンイノベーションが重要」と言われているように、社外でも刺激を受ける場をつくり出す、広義のOJTが必要でしょう。
具体的には、兼業や副業を認めることもOJTのバリエーションを広げる意味で有効だと思います。社内の特定の現場だけで育成を続けると、その現場に精通した人材に育つ一方、他のテーマには対応できなくなってしまうかもしれません。社内外を行き来して学べる「開かれたOJT」を戦略的に行うと良いでしょう。
——開かれたOJTを成功させるコツを聞かせてください。
佐々木氏:社内にイノベーションや新規事業に詳しい人材がおらず、兼業や副業でもなかなか学べる場が見つからないようなケースでは、外部の知見を積極的に取り入れることが重要です。
かつてのアナログなものづくりの時代には、社内でスクラムを組んで団結していれば勝てました。しかし時代の変化によって、外からの刺激を取り入れることは避けては通れなくなっています。
イノベーションや新規事業に強みを持つ外部人材の力を借り、新たな刺激を取り入れていくことが、今後の人材育成の鍵となるのではないでしょうか。
人材育成は時間のかかるテーマであり、中長期的な視点を持ってアプローチし続けるしかありません。「量を重ねることで質につながる」面もあるため、根気強く仕組みを回していくことが大切です。そのためにも、従来の延長線だけではない発想で戦略的にOJTを考えていただければと思います。
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OJTを問い直す ~現場任せから「戦略的OJT」への転換に向けて~/パーソル総合研究所 上席主任研究員 佐々木 聡氏
【プロフィール】
パーソル総合研究所 上席主任研究員 佐々木 聡(ささき・さとし)
リクルートへ入社し、人事考課制度やマネジメント強化、組織変革に関するコンサルテーション、HCMに関する新規事業に携わった後、ヘイ コンサルティング グループ(現:コーン・フェリー)において次世代リーダー選抜、育成やメソッド開発を中心に人材開発領域ビジネスの事業責任者を務める。2013年7月よりパーソル総合研究所 執行役員 コンサルティング事業本部 本部長、2020年4月より現職。立教大学大学院 客員教授としても活動。
まとめ
人材育成の重要性が高まるなかで、企業の多くは「教えられる人の不足」と「構造的要因によるOJTの劣化」に直面しています。人的資本開示の流れもあり、研修などのOFF-JTが重視されています。一方で、人事が積極的に現場へアプローチし、「戦略的OJT」を進める体制を整えることが、人材育成の課題を乗り越えるために求められています。変化が激しい現代において、企業成長にはイノベーション創出や新規事業推進が重要なテーマとなっています。今だからこそ、開かれた戦略的なOJTに取り組むことが求められます。
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