企業はシニア人材の「活用」ではなく「戦力化」を。労使双方が未来に向けて持つ覚悟とは
2025年06月30日(月)掲載
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高年齢者雇用安定法の改正に伴う70歳までの就業機会の確保を受けて、退職金制度や定年の見直しに取り組む企業が増えています。急速な少子高齢化と労働人口の減少が進む中、企業はシニア人材をどのように位置付け、人事制度や組織文化を変革していけばよいのでしょうか。
一般社団法人100年ライフデザイン・ラボ代表理事の金沢春康氏は「今、企業に求められているのはシニア人材の“戦力化”です」と指摘します。人事支援のプロ人材である金沢氏に、これからの時代に目指したい組織や人事のあり方について話を伺いました。
■組織の高齢化は確実に到来する。未来から逆算した制度構築を
■「福祉的雇用」から脱却するため、エイジズムを排除する
■「シニア人材の問題」は“シニアだけ”の問題ではない。世代関係なくモチベーションを高める施策を実施するとよい
■まとめ
組織の高齢化は確実に到来する。未来から逆算した制度構築を
――昨今、退職金制度や定年の見直しに取り組む企業が増えています。こうした制度を取り入れ目指したい姿とはどのようなものでしょうか。
金沢氏:前提として、あらゆる企業で効果を発揮する、万能の人事システムは存在しません。人事システムは、自社の経営戦略の実現に向けた人材戦略によって規定されるからです。つまり、最適な人事システムを構築するには、まずは自社の基盤を成している経営理念や社会環境などに目を向けて、自社の現状を分析したり、組織としての目指したい姿を見定めたりしなければいけません。
それは退職金制度、役職定年制度などについても同様です。シニア向けの人事制度を策定することが目的ではなく、シニア人材をどのように組織の中に位置付けたいかが、見直しの出発点になります。
また、退職金制度や役職定年制度はその他の人事制度と深く連動しており、部分的に見直しをしても本質的な問題解決に至らないことが多いです。そのため、退職金制度や定年の見直しに取り組むのであれば、まずは自社の人材に対する考え方を再検討する必要があるのではないでしょうか。
――日本企業のシニア人材の活用について、現状をどのように見ていますか。
金沢氏:今後のトレンドを鑑みれば、企業にはバックキャスティング的な制度構築が求められていると感じます。分かりやすい例が、高齢者雇用のこれまでの経緯です。日本では1986年の高年齢者雇用安定法の制定を皮切りに、段階的に定年が引き上げられています。2025年4月からは65歳までの雇用確保が完全義務化されましたが、この流れは今後も継続すると考える必要があります。2030年代には70歳までの雇用確保が義務化される公算は極めて高いでしょう。
こうした状況では、いくら目の前の課題を部分最適に解決しても、5年後や10年後にはまた新たな見直しが求められてしまいます。そのため、企業は長期的なトレンドから逆算して人材戦略の策定や制度改定を行う必要があります。
今後の人口動態を考慮すれば、そう遠くないうちに大半の企業で60代以上の社員が2〜3割を占めるようになるでしょう。そうした状況に直面してから「シニア人材をどう活用しよう」と考えはじめても時機を逸しています。60代以上の社員が主戦力になる未来を見越して、シニア人材をいかに「戦力化」していくかが、日本企業の目下の課題ではないでしょうか。
「福祉的雇用」から脱却するため、エイジズムを排除する
――シニア人材を「戦力化」するうえでのポイントは何でしょうか。
金沢氏:「福祉的雇用」から脱却する必要があります。従来は法律の定めがあるからと消極的に高齢者を雇用する風潮が根強くありました。企業ははたらく場所は提供するものの、報酬は減額し、その分過度に成果は求めないといった雇用のスタイルです。社員側も雇用の確保には肯定的なものの、報酬が減額された中ではたらくこと、成果を出しても相応の評価が得られないことから、活力を失いがちでした。
福祉的雇用はシニア人材を戦力化するうえでの大きなボトルネックです。こうした状況から脱却するためにも、労使双方で未来に向けた覚悟をする必要があります。具体的には、企業側は60代以上の社員は組織における重要な戦力であると認識し、戦力化に必要な原資を計画的に投下しなければいけません。また、社員側も今後引退気分のはたらき方はできないことを理解し、最後まで職場に貢献できる人材であり続ける必要があります。
――シニア人材を若手社員や管理職と同じ立場に位置付け、活躍を期待すると。
金沢氏:そうです。人間には他者から期待されると、その期待に応えようと成果を上げようとする特性があります。これを教育心理学では「ピグマリオン効果」と呼びますが、成果を求めない福祉的雇用ではシニア人材のモチベーションは高まらず、戦力化も難しいでしょう。大切なのは、仮に年上であったり、かつての上司であったりしても、活躍を期待して積極的に仕事を振り分けることです。
このときに重要なのが「エイジズム(年齢差別)の排除」です。仮に敬意であったとしても「先輩に雑用などさせられない」と指示を躊躇う必要はありません。また、シニア人材も「私は歳なので」と新しい知識の習得などに消極的になることは避けることが望ましいです。これらをエイジズムという年齢差別だと捉えることがあります。従業員全員が年齢にとらわれず、積極的に取り組む姿勢が重要です。
つまり、今、企業に求められているのははたらくことに対する「マインド」だと言えるでしょう。日本的雇用慣行に代表される労使が依存しあう関係ではなく、双方が自立した存在として貢献し合う関係を築けるよう、はたらくことに対する考え方をアップデートしなければいけないのです。
「シニア人材の問題」は“シニアだけ”の問題ではない。世代関係なくモチベーションを高める施策を実施するとよい
――シニア人材を戦力化するためには、シニア人材だけでなく、組織全体が変わらなければいけないわけですね。
金沢氏:おっしゃる通りです。それは制度の見直しについても同様で、退職金制度や定年だけを見直してもシニア人材はなかなか活性化しません。
たとえば、近ごろ、役職定年制度を廃止する企業が増えています。シニア人材の活用を強化するため制度を廃止するのはよいのですが、その際に「役職を継続する基準」が争点になりがちです。
役職定年制度を廃止したからといってすべての役職を継続していては組織の新陳代謝は阻害されてしまいます。そのため、「どのような人材は役職を継続する」という明確な基準を設ける必要がありますが、それは役職の昇格基準と整合していなくてはいけません。このように、シニア人材に関する人事制度を見直す際には「そもそも自社はどのように人材を評価していたか」を再検討しなければいけないのです。
また、シニア人材のモチベーション低下についても似た問題をはらんでいます。私も「シニア人材のモチベーションが低下している」という相談を受けることが多いです。しかし、それは本当に「シニア人材の問題」なのでしょうか。
パーソル総研の調査によれば、ビジネスパーソンのモチベーションの低下は42歳〜45歳頃から始まります。キャリアの終わりを意識する人の数が増え、出世の意欲が削がれはじめることが原因です。その傾向が50代、60代と続いた結果が「シニア人材のモチベーション低下」だといえるでしょう。だとすれば、モチベーションやエンゲージメントを高める取り組みは、世代に関係なく行われる必要があります。
――人事担当者が今後人事制度を推進するにあたり、大切な要素を聞かせてください。
金沢氏:冒頭にも述べた通り、あらゆる企業に万能の人事システムは存在しません。各企業が、それぞれの状況や理念に立ち帰りながら、自社にとって最適の人事制度を練り上げていくしかありません。言い換えると、人事制度はオーダーメイドしかあり得ないのです。
ただ、一つおすすめしたいのは「組織全体で目線を合わせる」ということでしょうか。お伝えした通り、人事制度の見直しは組織全体を見直すところから始まります。そうした大規模な取り組みを人事部だけで遂行するのは困難でしょう。組織である以上、経営トップの承認は不可欠ですし、現場の社員たちの協力も必要になります。
だからこそ、人事制度を見直す際には、幅広い部門からメンバーを集め、自社の目指したい姿についての認識を擦り合わせながら取り組みの目標を設定するのが大切です。私が企業を支援する際には、私はファシリテーターに徹して、プロジェクトメンバー間の議論を促しながら、自社の目指したい姿や目標を共有していくスタイルを採っています。こうすることで、組織一体となった人事制度改革を促すことができ、本質的な問題解決に近づけます。
また、「他社の事例を積極的に取り入れる」もポイントです。取り組みの目標や人材戦略などの土台となる部分を固められれば、自社にマッチしやすい成功事例も見極めやすくなるでしょう。そうした事例は積極的に取りこんで、自社に最適の人事制度を構築していくのが、問題解決への近道なのではないでしょうか。
まとめ
「シニア人材の問題は組織全体の問題」。組織内の高齢化がますます進む今後、シニア人材の活用は組織に大きな影響をもたらすと考えられます。しかし一方で、組織内のメンバーだけで組織を俯瞰的に見渡して、現状を分析することの難しさもあります。そうした際には外部の支援者を招聘し、取り組みに伴走してもらうのも方策の一つです。「HiPro Biz」には人事制度改革に豊富な知見を有するプロ人材が多数登録しています。長期的な人事制度を見直したいという企業は、ぜひサービスの活用をご検討ください。
経営支援サービス「HiPro Biz」
<プロフィール>
一般社団法人100年ライフデザイン・ラボ 代表理事 金沢春康(かなざわ・はるやす)
1981年、慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、株式会社三越(現三越・伊勢丹)入社。人事労務部門、eビジネス部門、新規事業開発部門、サービス営業部門の責任者を経て、2009年に 株式会社サトーの経営企画本部人事部長に就任。2018年には社団法人 100年ライフデザイン・ラボを立ち上げ、代表理事を務めるほか、現在は独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構の「エルダー」編集アドバイザー 、社団法人経営研究所フェローなども務める。