「まだ先の話」ではない。そう遠くない"量子コンピュータ時代"に備えた人材育成戦略

研究開発

2025年09月29日(月)掲載

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昨今、急速な技術進化を遂げている量子コンピュータ。企業における実用化の道筋も立ちつつあり、今後さらなる注目の高まりが予想されます。量子コンピュータは具体的にどのようなビジネスに活用できるのでしょうか。その実用化に向け、私たちにどのような役割が求められるのかを考えることが重要です。理学博士であり、企業における量子コンピュータのプロジェクトにも携わるプロ人材の稲垣 剛氏に話を聞きました。

今や私たちの生活にも無縁ではない量子コンピュータの進化

――量子コンピュータと従来のコンピュータの違いを教えてください。

稲垣氏:量子コンピュータとは、量子力学の原理を利用して計算を行う次世代型のコンピュータです。従来型のコンピュータが、0または1の状態を最小単位(ビット)にして情報を処理するのに対して、量子コンピュータは「量子ビット(キュービット)」を最小単位にして計算します。

量子ビットには、0と1の状態を同時に持つ「重ね合わせ」や、複数の量子ビットが互いに影響し合う「量子もつれ」といった特性があります。これにより、膨大な組み合わせを一度に探索し、不要な解を排除できるため、素因数分解や組合せ最適化などの計算に強いです。量子コンピュータは、この特徴を活かして従来型のコンピュータをはるかに超える計算速度を可能にします。

――なぜ昨今、量子コンピュータに注目が集まっているのでしょうか。

稲垣氏:昨今の技術進化が急速であることが一つの理由だと思います。量子コンピュータのアイデアは20世紀中頃には存在しましたが、しばらくは理論レベルの研究が続きました。しかし、2000年代に計算機のハードウェアの技術が大きく進展し、その後はビッグテック企業を中心に開発競争が加速。日本でも開発は進んでおり、2023年には文科省所管の国立研究所により国産初号機が公開されています。

こうした急速な技術進化に伴い、私たちの生活への影響が予想されるようになったことが、注目度を高めている要因ではないでしょうか。たとえば、量子コンピュータを悪用すればクレジットカードなどの暗証番号を容易に解読してしまいます。こうしたリスクから身を守るには、先回りして量子コンピュータの技術を保有しておくことが重要になります。近年、国産の量子コンピュータの開発が急がれているのは、犯罪や安全保障といったリスクへの備えという側面もあると考えられます。

一方で、人口減少の進む日本では、生産性向上が急務となっており、付加価値の高い製品の開発や提供が求められています。その点、量子コンピュータは材料や医薬品といった高付加価値な製品の開発に有用であり、今後の国内産業を支えるキーツールにもなり得るでしょう。こうした期待が量子コンピュータへの注目度を高めてもいると思います。

――量子コンピュータが実用化される時期はいつごろになるのでしょうか。

稲垣氏:量子コンピュータの実用化については、時期が明確ではないのが現状です。某国内メーカーは2030年度までに超伝導方式の量子コンピュータの開発を目指すと発表していますが、国や企業ごとに実用化の見通しはばらつきがあります。ただし、生成AIの進化を見れば分かるように、昨今の技術進化のスピードは劇的です。30年を要すると想定されていた技術進化が、3年間で訪れる可能性も十分にあるでしょう。そのため、実用化の動向は今後も継続的に注視しておく必要があると思います。



材料開発、創薬、物流……量子コンピュータの多様なユースケース

――今後、量子コンピュータはどのようなビジネスの領域で利用されると思われますか。

稲垣氏:先ほども述べた通り、量子コンピュータは材料開発や創薬といった分野で活用が期待されています。たとえば、創薬においては、薬剤候補分子のタンパク質への作用を詳細にシミュレーションする必要があります。従来、このシミュレーションには膨大な計算時間が必要でしたが、量子コンピュータならば極めて効率的な処理が可能になると期待されています。素材開発についても同様で、素材の電子構造や性質を詳細かつ効率的にシミュレーションできるため、開発の加速が期待されています。

また、私たちの生活に身近な領域では、物流分野での期待が高いです。具体的には、配送ルートの最適化が挙げられます。昨今、物流サプライチェーンの最終区間にコストが集中してしまう「ラストワンマイル問題」が注目を集めています。人材不足やドライバーの働き方改革が進むなかで、商品などの配送作業をいかに効率化するのかは、今や社会的課題と言えるのではないでしょうか。

この問題の解決に量子コンピュータの活用が期待されています。車両数、配送先の住所、道路の状況など、さまざまな変数を量子コンピュータで計算すれば、その時々の最適な配送ルートを瞬時に把握できます。これはラストワンマイル問題を解消するとともに、省エネルギーによるCO2排出削減にも寄与すると期待されます。昨今、カーボンニュートラルの実現に取り組む物流企業が増えていますが、この点でも量子コンピュータは有益であると考えられます。

さらに、より大規模な物流においても量子コンピュータは効果を発揮すると考えられています。たとえば、貨物船は複数の寄港地で貨物の荷下ろしを行いますが、荷積みの位置や方法によってはこの作業に多大な手間を要してしまいます。そこで、量子コンピュータを用いて最適な荷積みの位置や方法を計算することで、荷下ろし作業の効率化を図ることができます。

――物流や創薬の領域での活用例を聞くと、量子コンピュータが身近に感じられます。

稲垣氏:そうかもしれません。「量子コンピュータ」と聞くと、いかにも高度な技術や複雑なビジネスを想像するのではないでしょうか。しかし、実際に量子コンピュータが効果を発揮するのは、配送ルートの最適化や積み下ろし作業の効率化や創薬といった、私たちに身近な領域です。その意味では、量子コンピュータについて知見を深めるのであれば、まずは身近なユースケースから注目してみるのもよいかもしれません。



実用化の時代を見据えて、長期的な視野で人材育成を

――今後、企業が量子コンピュータの導入や活用を目指すうえで、まず行うべきことは何でしょうか。

稲垣氏:人材育成だと思います。先ほども述べた通り、量子コンピュータは従来型のコンピュータとは根本的な原理が異なります。そのため、経験の長いベテランの研究者などでも知識のアップデートが求められる領域です。また、今後、急速な技術進化も予想されることから、若手層を中心に長期的な視野で人材を育成していくのが望ましいと思います。最近では産官学の連携事例も増えてきていますし、国の研究機関や大学などと連携しながら、新たな知見を随時取り入れてほしいです。

また、研究者や技術者以外のビジネスパーソンの皆さんにも、量子コンピュータを知ってほしいと思っています。今やビジネスパーソンにとって生成AIの知識は非常に重要になっています。そう遠くない将来、量子コンピュータの知識も同様に求められるようになるでしょう。ビジネスチャンスの一つと捉えて、今のうちに学習して知見を深めてみてはいかがでしょうか。

――量子コンピュータ分野は、今学ぶことで先行者利益につながる可能性がありそうです。

稲垣氏:「学習するならば今がチャンス」とお伝えしたいです。どの領域においても先行者利益は存在します。量子コンピュータの実用化の見通しはまだ明らかではありませんが、だからこそ学習するメリットがあると考えられます。現在、アメリカのビッグテック企業がITビジネスを席巻していますが、その立場を築けたのはいち早くITの領域に参入して、デファクトスタンダードとなるプロダクトを世に送り出したからでしょう。次世代における飛躍的な成長を実現するためにも、ぜひ量子コンピュータの研究やビジネス活用にチャレンジしてほしいと思います。

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【プロフィール】

稲垣 剛(いながき たけし)
博士(理学)。慶應義塾大学理工学研究科で物理学を専攻し、数理物理を研究。奈良先端科学技術大学院大学 物質創成科学専攻物質創成科学研究科では准教授を務め、太陽電池の変換効率の理論研究などのほか、量子コンピュータの研究にも従事。現在はフリーランスの技術者として、量子アニーラを用いた実証実験をはじめ、さまざまなプロジェクトの支援に携わる。

まとめ

一見、敷居が高く感じられる量子コンピュータですが、物流や創薬などでの活用が想定される身近な技術であることが分かりました。今後の実用化を見据えて、企業にはいち早い情報収集や専門人材の育成が重要になるでしょう。

とはいえ、自社単独での情報収集や人材育成には限界があります。外部の専門人材との連携を通じて、知見やノウハウを獲得するという方法もあります。「HiPro Biz」には量子コンピュータのプロ人材も登録しています。「HiPro Biz」を活用し、次世代に向けた新たな取り組みにチャレンジしてみてはいかがでしょうか。

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