新規事業を成功に導く人材とは?変化の時代に挑む「デザイン思考×システム思考」のスキル開発法とは
2025年10月29日(水)掲載
新規事業開発の必要性は多くの企業が認識していますが、どのようなスキルを人材に求め、どのように育成していくとよいのか、方向性が定まらずに悩むケースは少なくありません。また、国際情勢や環境問題といった予測困難な変化が続く中で、新規事業を推進することがさらに難しくなっている現状もあります。
新規事業立ち上げの伴走者として数多くの企業を支援してきたプロ人材の飯盛 豊氏は、「答えのない新規事業を進めるためには、自ら問いを立て、試行錯誤を重ねながら学習し探索するスキルが不可欠」と指摘します。新規事業人材に求められるスキルを伸ばしていくには、どのような取り組みが必要なのでしょうか。飯盛氏に聞きました。
■既存事業とは真逆。正解を求めるのではなく「自ら問いを立て、自ら答えを見つける」人材が求められている
■新規事業に必要とされる「デザイン思考」と「システム思考」マインドを現場で育てる
■成功企業は「中長期の評価制度」と「既存事業との融合」を重視している
■まとめ
既存事業とは真逆。正解を求めるのではなく「自ら問いを立て、自ら答えを見つける」人材が求められている

——新規事業の担い手に求められるスキル要件に悩む企業が多いようです。飯盛さんのもとへは、企業からどのような相談が寄せられていますか。
飯盛氏:相談いただく内容は様々ですが特に多いのは、現場担当者に対して「自分の担当範囲だけでなく全体を考えられる思考を持ってほしい」というものです。現場の人たちにも、担当している仕事だけではなく、全体を俯瞰して考える能力を身につけてほしいという声をよく聞きます。
また、先回りして提案できる思考方法の育成も求められていると感じます。BtoB企業で言えば、従来は取引先からのオーダーに応えることが標準でした。たとえば、IT業界では取引先から要件定義が来て、納期通りに納めることが基本だったのです。しかし最近は、BtoBの先にあるC(Consumer:個人)まで見据え、顧客課題を発見し先回り提案できる人材が求められています。
新規事業やイノベーションの文脈では、既存組織を横断して課題解決や価値創造へ取り組みを進める力も大変重要です。
——企業がこうしたスキルを持つ人材を求める背景には、どのような要因があるのでしょうか。
飯盛氏:多くの企業が新規事業やイノベーションを求めています。これまでは線形で考えていればよかったのですが、現在は非線形の時代になりました。新規事業開発が以前にも増して難しくなっているのは間違いありません。すなわち、一部分だけではなく全体を考え、真の顧客課題を発見し、分野横断した価値創造で課題解決を実現するといった難しさにあります。
ただ、従業員の多くは既存事業の現場に張り付いているため、その思考からなかなか抜け出せません。この現状を打破することが求められているのだと感じます。
——既存事業と新規事業では、求められる人材要件にどのような違いがあるのでしょうか。
飯盛氏:そもそも、土台となるマインドセットが大きく異なります。
既存事業には正しい答えがあり、最短距離で早くそこに到達することが求められます。「ミスなく、漏れなく、ダブりなく」が正解とされがちです。一方、新規事業で求められるのはその逆です。失敗を早く重ねて学ぶ、理屈も重要ですが、まず実行してみるといったマインドが重要なのです。
既存事業の従業員には、遠回りして探索を重ねることに対する抵抗があるかもしれません。新規事業には正解がなく、自ら問いを立て、自ら答えを見つけていかねばなりません。
新規事業に必要とされる「デザイン思考」と「システム思考」マインドを現場で育てる

——新規事業の現場で実際に求められるスキルについて、詳しく教えてください。
飯盛氏:多くの企業に共通して必要なスキルに「デザイン思考」が挙げられます。顧客に共感して課題を深掘りし、そこから新たなアイデアを発想しプロトタイプを作り、課題解決ができるまで試行錯誤を重ねる思考法です。
デザイン思考の最大の価値は、顧客を理解することにあります。コツは「顧客が抱えるジレンマを探す」こと。本当はやりたいけれどできない、困っているのに解決方法がない……。そんなジレンマがアイデアのヒントになるのです。こうしたジレンマを解決できるなら、それは有力な新規事業のアイデアとなるでしょう。
ただし、デザイン思考には限界もあります。現代では環境への配慮や社会への責任など、ESGの観点が求められており、社会全体を視野に入れる必要のある領域では、デザイン思考だけでは対応しきれません。そこでもう一つ必要となるのが「システム思考」です。これは部分ではなく全体を見て解決していく考え方であり、単純に新しいサービスを考えるだけでなく、交通システムや医療システム、行政システムなど既存の仕組みに新しいサービスをどう介入させるかを考えることにつながります。すなわち、全体を設計しプロジェクト全体をリードできるアーキテクト「建築家」が求められるということです。
——デザイン思考とシステム思考を育成するには、どのようなプログラムが効果的でしょうか。
飯盛氏:私自身は企業に対して「未来構想」と「事業構想」の2本柱で支援を行っています。未来構想では、まず解く必要のある問題を特定するために2030年や2040年の未来像を描き、問いを設定してプロトタイピングとフィールドワークを繰り返します。事業構想の段階では、アイデアを事業化するために必須となる事業計画の策定もサポートしています。
こうした思考プロセスは、座学研修だけでは身につきません。より重要なのが演習で、特に現場でのフィールドワークを重視しています。実際に顧客のもとへ足を運び、インタビューするなどして現場の声を聞くことで、自らの立てた問いのずれに気づくこともあります。
現場に行かなければ課題の本質はわかりませんし、今はまだ生成AIに聞いても十分な解像度は得られません。演習やフィールドワークを通じて解像度を高め、課題を抱える人のジレンマを言語化できるようにすることが大切なのです。探索のプロセスを省略せず、汗をかいて取り組む姿勢が欠かせません。
——こうした取り組みを効果的に進められるのは、どんな資質を持った人でしょうか?
飯盛氏:常に社外にアンテナを張り、外部への強い興味を持っている人です。「新しいお店ができたから行ってみよう」という感覚を持つ人や、会議などのブレストで場が沈黙したときに「そういえば、この間行った場所で……」と話をふくらませられるような人は、新規事業の感度が高いと言えるでしょう。つまり、好奇心と想像力をもった人材です。
成功企業は「中長期の評価制度」と「既存事業との融合」を重視している

——新規事業人材の育成にあたり、企業が陥りがちな落とし穴があれば教えてください。
飯盛氏:やってしまいがちな失敗の典型例は、マネジメント層が早期の段階でマネタイズを強く求めてしまうことです。
多くの企業では経営層が3年ほどで交代するので、早く成果を出したいという気持ちは理解できます。ただし、3年以内に新規事業の成果を上げるのは極めて難しく、数か月で収益を生むような新規事業は実現が非常に困難です。そのため、短期間での成果を求める場合は、新規事業を慎重に検討する必要があります。
「自社の新規事業とは何か?」を明確に定義することが重要です。経営層が短期的な成果を求める姿勢を改めなければ、担当者も早急にアウトプットを出そうとして焦ってしまい、解像度の低い課題にとらわれてしまうかもしれません。
また、既存事業に従事する人と新規事業に従事する人を、同じ軸で評価する制度にも問題があります。ゼロからイチを生み出すというリスクが高い役割を既存事業と同じ基準で評価するのは無理があり、新規事業担当者のモチベーションを削いでしまうのです。
理想は組織や評価を分け、中長期で未来を考える時間を与えることです。事例を見ても、新規事業開発を効果的に進めている大企業では担当者のチャレンジスピリッツを中長期で評価し、新規事業と既存事業を分け、成果が出た段階で融合させることで規模を拡大しています。
一方、既存事業の従業員からすると、こうした取り組みが「自分たちが稼いだ利益で無駄に使われている」と見えるかもしれません。経営層は従業員が納得できる説明を行い、部門間で認識の差が生じないように努めることが大切です。
——新規事業人材を育成していくために、飯盛さんのようなプロ人材の力を借りたいと考えている企業は多いと思います。外部のプロ人材とうまく連携するコツを教えてください。
飯盛氏:プロ人材を活用する意義は、自社だけでは取り組むことができない部分を支援してもらうことにあります。自社では何ができて、何ができないのか、それを客観的に評価、認識することがプロ人材活用の第一歩ではないでしょうか。
また、プロ人材は企業から見れば外部の存在ですが、距離を置かずに、社内とのワンチームで体制を作ることが必要だと考えています。そうでなければプロ人材は単なるリリーフピッチャーのような存在と感じられ、ビジネスライクな関係に終始してしまうかもしれません。ワンチーム体制でプロ人材を迎え入れれば期待以上の成果を返してもらえるでしょう。新規事業の産みの苦しみをともに乗り越えることで、本質的な人材育成にもつながっていくはずです。
【プロフィール】
デジタルサーフ株式会社 代表取締役 飯盛豊(いいもり・ゆたか)
外資系IT企業勤務を経て1998年に渡米し、1999年からネットグラヴィティ・アジアパシフィック(現Google)のJapanディレクターを務める。2001年からはWPPグループ オグルヴィ・アンド・メイザー・ジャパン(現 VML & Ogilvy Japan)のデジタルマーケティング・ディレクターとして活動し、2009年9月にデジタルサーフ株式会社を創業。現在はデザイン思考やシステム思考などの研修を事業会社や学校で実施し、新規事業立ち上げの伴走者として活動するとともに、慶應義塾大学 システムデザイン・マネジメント研究所 システムデザインマネジメントの研究員及び住友重機械工業株式会社 技術本部 技術研究所 未来デザインスタジオ シニア イノベーションカタリストも務める。
まとめ
新規事業人材には、既存事業とは異なるマインドセットとスキルが必要です。デザイン思考とシステム思考を組み合わせ、現場でのフィールドワークを通じて課題を深く掘り下げる姿勢が求められます。企業は短期的な成果や既存事業と新規事業を同一の評価軸で評価することにとらわれず、中長期視点で人材育成に取り組む必要があります。外部のプロ人材をワンチーム体制で迎え入れることで、自社の強みを再発見し、新規事業を生み出すための人材育成を効果的に進めることができます。激動の時代を乗り越え、新規事業開発を加速させるために、ぜひ「HiPro Biz」へご相談ください。




