変わる移動の価値とこれからの「MaaS」
2020年07月17日(金)掲載
「MaaS」とは?
「MaaS」とは、"Mobility as a Service"の略で、直訳すれば"サービスとしての移動"となりますが、いったいどのようなサービスなのでしょうか。
「MaaS」とは、マイカー以外のあらゆる交通手段による『移動』を1つのサービスとして捉え、シームレスにつなぐ新たな『移動』の概念です。「MaaS」は、すでにヨーロッパでは本格的な取り組みや実証実験が始まっており、フィンランドでは『Whim』*というMaaSのアプリを利用したサービスが、2016年から首都ヘルシンキで実用化されています。これは、電車やバスなどの公共交通機関をはじめ、タクシー、レンタカー、バイクシェアなど、複数のモビリティサービスの予約や決済を一括して行うことができるアプリです。その他の国では、台湾やドイツ、イギリスでも「MaaS」のサービスが実用化され、日本でもJR東日本やトヨタ自動車などの企業が実証実験を行っており、実用化を目指しています。これまでは電車やバス、タクシーなどの移動手段を個別に検索、予約や決済も個別に行う場合がありましたが、これらを一元化できるサービスが「MaaS」なのです。そして今、日本では複数の移動交通手段を一元化したサービス提供にとどまらず、関連するビッグデータを解析、AIを活用して利用者への付加価値、満足度を高めるサービスに発展させる動きが高まっています。
* Whimは、2016年6月に「MaaS Global」社がフィンランドの首都ヘルシンキで立ち上げたプラットフォームサービスアプリ。
移動手段から移動価値へ
携帯電話やスマートフォンがない時代の移動交通は、利用者が電車やバスなどの移動手段の情報を個別に調べ、目的地までの時間や運賃を計算して予定を立てていました。運行状況は実際に行ってみないと分からず、運賃の決済は現金のみ、他の移動手段への乗り換えも予定通りにいかないこともしばしばありました。当時の移動は"快適さ"を求めるどころか、多大な労力を費やす単なる"手段"でした。携帯電話やスマートフォンが登場してからは、事前に得られる移動交通手段の情報量が増え、予約や決済もオンラインで可能になりました。近年では、ビッグデータやAIを活用することで、リアルタイムの情報と少し先の予測情報を知ることができます。また、カーシェアやバイクシェアのようなシェアリングサービス、AIを利用したタクシーの配車サービスなどと組み合わせることで、個々の利用者に応じた移動交通サービスの提供を可能にしています。では、これからの移動交通サービス(MaaS)はどうなっていくのでしょうか。
「MaaS」は、大きく2つに分類されます。ひとつは『Deep MaaS』、もうひとつは『Beyond MaaS』です。『Deep MaaS』は、移動交通サービスそのものの進化・効率化、新たな価値を創出していくことで、自動運転技術の実現やラストワンマイル*1の解決、マルチモーダルモビリティサービス*2の向上などです。『Beyond MaaS』は、交通事業だけに留まらず、さまざまな業種と連携して、新たなライフスタイルの提供、まちづくりや社会的課題の解決を目指していくことで、スマートシティの実現や地方創生などです。
*1 駅やバス停などから最終目的地までの移動が困難な状況。
*2 目的地までのルートや移動手段を検索することができ、予約から決済までをアプリ上で行うことができるサービス。(=MaaS)
ライフスタイルの変化
今後、『Deep MaaS』が発展していくことで、移動は単なる"手段"ではなくなります。それは生活の一部となり、"快適さ"と"効率性"を両立できるでしょう。自動運転は自由な時間と空間を有効活用できるメリットが期待できますし(少し先の未来ですが…)、複数の移動手段を利用する場合でも、利用者の都合や好みに合わせた選択ができるでしょう。
例えば、「今日は天気が良いから、公園を通るルートでバイクシェアとの組み合わせ」を選んだり、「今日は雨だから、人気のお店でのんびりランチの予約」を移動途中に取ることができたり、移動ルート×ビッグデータ×AIを活用したリアルタイム情報を利用者に提供できることで移動価値は大きく変わっていくのです。また、移動交通サービスを提供する事業者も、利用者の行動や嗜好を分析することで、運行や配車の効率化・最適化の実現に加え、利用者への移動関連消費の喚起を促す広告・プロモーションの展開、さらには、移動交通を軸としたIoTプラットフォームビジネスが展開できます。
移動交通におけるICTの活用は、利用者、事業者ともに新たな移動価値を生み出し、とりわけ利用者のライフスタイルは大きく変化していくでしょう。
未来のまちづくり(スマートシティ)
『Deep MaaS』が発展して人々のライフスタイルが変化するのに伴い、『Beyond MaaS』で、まちや社会も変化していくでしょう。すでに未来のまちづくり=スマートシティの実現に向けた動きは、政府・自治体や企業が一体となって取り組み始めています。約10年前にクラウドやビッグデータが注目され、その後、AIやIoT、ドローンやロボットの開発が進んでいます。そして、高精度な位置情報や高精細な画像(4K/8K)、さらにMRやセンシングといった先進技術や次世代の通信規格「5G」のネットワークで今後の生活基盤(生活インフラ)を構築することで、交通はもとより、住宅、仕事、教育、医療、旅行、娯楽など、日常生活の利便性は飛躍的に向上するでしょう。
これが、未来のまち=スマートシティです。およそ半世紀前、日本各地でニュータウン開発が始まりましたが、これからは日本各地でスマートシティ開発が始まっていくでしょう。スマートシティの発展は地方創生にもつながっていくのです。
新型コロナウィルスがもたらす”新たな移動様式”
しかしながら、新型コロナウィルス感染拡大に伴う緊急事態宣言以降、人々の生活様式は180度変わってしまいました。日常生活における行動範囲は大幅に制限され、行動様式も大きく変わってしまいました。特に、都市部は感染者の増加により、外出自粛や休業要請の影響を大きく受けています。同時にテレワークやオンラインサービスが浸透し、ECや宅配サービスは増加しました。これからの「MaaS」においても、新たな移動様式を意識していかなくてはなりません。コロナ禍では大きく2つの変化が挙げられます。ひとつは「地方分散」、もうひとつは「モノの移動」です。
テレワークやオンラインサービスは、遠隔でビジネスやサービス提供を行うことができます。新型コロナウィルスの影響で、"3密"の回避や、"ソーシャルディスタンス"の確保が、人々の生活マインドを変え、これまでの都市集中型から地方分散型への転換がスムーズに進むのではないかと考えられます。
都市の過密化の低減と地方の過疎化の解消が進み、「ウィズコロナ」の新しい生活圏が誕生していくでしょう。まさに今、テレワークやオンラインを活用できる人々は、地方での生活を検討している人も少なくないはずです。近い将来、それぞれの生活圏で新しい「MaaS」が、そこに住むヒトの移動を安全で快適なものにしてくれるでしょう。
外出自粛で増加したECや宅配サービスですが、ヒトの移動が激減した反面、モノの移動は急増しました。事業者は配送ルートや宅配ルートを最適化することが、効率化とコスト削減につながるでしょう。
今後は、ドローンを利用した配送サービスや、受取タッチポイントの多様化など、利用者ニーズやライフスタイルの変化に合わせた「モノの移動」サービスが増加すると考えられます。
新型コロナウィルスの影響で「移動」に対する意識は強まっています。これまで課題とされてきた、都市部や地方部の公共交通のあり方に加え、安全性も求められます。さらに快適な移動サービスの提供に「MaaS」は不可欠となってきます。そしてその先…、スマートシティの実現に向けた「MaaS」への注目は一層高まっていくと私は考えています。
■参考資料
「MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス) について」,国土交通政策研究所報第69 号2018 年夏季7
執筆者T.N氏
大手広告制作会社で大手通信キャリアのプロモーションを担当、その後、約15年にわたり大手通信キャリアをメインに新サービスの企画、マーケティング、プロモーションを軸としたコンサルティング業務を行う。AI、IoT、5G等の先進技術を活用した次世代サービスやライフスタイルに精通。