製造業が「モノ売りからコト売りへ」を成功させるには。欠かせない「提供価値の棚卸し」と「市場の創出」

マーケティング

2025年07月23日(水)掲載

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大手製造業を中心に「モノ売りからコト売りへ」のシフトが加速しています。製品提供を中心とする事業を刷新し、プラットフォーマーやソリューション提案などの新たなビジネスモデルを確立するには、どのような取り組みが求められるでしょうか。半導体業界やソフトウェア業界で長年の経験を有し、現在は金属加工系企業などに対し、ビジネスモデル変革に関するコンサルティングを行う西田知史氏にお話を伺いします。

「コト売り」への転換に欠かせない「意味的価値」とは何か

――昨今、製造業における「モノ売りからコト売りへ」のシフトが進んでいます。そもそも「モノ売り」や「コト売り」とは、具体的にどのようなビジネスを指すのでしょうか。

西田氏:たとえば、モノ売りには商材の有形性や個別の価格(price)での提供といった特徴がある一方で、コト売りには商材の無形性や、従量課金や月額料金などの料金(fee)による課金といった特徴があります。

近年、自動車メーカーなどが展開している「新車のサブスクサービス」をイメージするとわかりやすいでしょう。ここでは、車という「有形な商材」を「個別の価格」で販売するビジネスモデルが、新車のサブスクサービスという「無形な商材」を定額制の「料金」で提供するビジネスモデルへ転換されています。

ただし、私は「モノ売りからコト売りへ」の本質は「機能的価値から意味的価値への転換」だと考えています。やや回りくどい表現なのですが、私はこの説明を行う際によく「日の丸弁当」の例え話をします。

まず「日の丸弁当」の写真を見せ、この販売価格を想定してもらいます。その後にブランドや能書き、販売がデパ地下で数量限定であることなどを順次開示し、その都度想定価格を調整してもらいます。すると最終的な販売価格は当初想定の2~3倍となります。この差分がまさに意味的価値を金銭的価値として具体化しているのです。

誰もが知る通り、日の丸弁当は白いお米の上に梅干しが乗ったお弁当です。極めてシンプルなお弁当ですし、商品として販売するとしてもそれほど高い値段はつけられないでしょう。しかし、もし老舗の料亭がお店で出しているお米と梅干しで作った日の丸弁当だとしたらどうでしょう。さらに、そのお弁当を大手百貨店で限定販売するとしたらどうでしょうか。当初に想定した値段よりも高い販売価格を設定できるはずです。

ここでは「機能的価値から意味的価値への転換」が起こっています。日の丸弁当という「機能」は同じにも関わらず、老舗料亭や大手百貨店といった「意味」が付加されることで、設定できる値段は大きく変わるのです。

マーケティングの世界には「ドリルを買う人が欲しいのは『穴』である」という有名な格言がありますが、人間は商品それ自体やその機能を買うのではなく、その商品がもたらすベネフィットや期待を買っています。「モノ売りからコト売りへ」の本質とは、商品それ自体の機能を売ることから、顧客の求める意味を売ることへの転換なのです。

――「コト売り」への転換を図る際には、既存の製品や事業にいかに意味的価値を付与するかが重要なのですね。

西田氏:そうです。別の言い方をすれば、自社の事業において「バリュー・パッケージ」を構築するのがポイントなのです。「バリュー・パッケージ」とは、商品やサービスといった「サービス・コンテンツ」に加え、提供方法やアフターサービスなどの「サービス・デリバリー」、マーケティングや商品設計などの「サービス戦略」を包括した価値の総体を指します。

つまり、「コト売り」への転換を実現するには、商品やサービスを作り込むだけでなく、提供のためのオペレーションを効率化したり、アフターサービスの体制を強化したりすることも求められます。しばしば、製造業企業では「ものづくり」へのこだわりが強調されますが、これからの時代には、自社の「もの」を取り巻くサービスの体制や顧客のニーズを俯瞰的に捉える視点が欠かせないのです。

社内に眠る暗黙知を形式知に転換し、自社の提供価値を棚卸しするとよい

――具体的に、製造業企業が「コト売り」への転換を図るうえでは、どのような取り組みが必要でしょうか。

西田氏:最初に必要なのは「提供価値の棚卸し」です。自社が顧客に提供している価値は何なのか。先ほど挙げた「ドリルを買う人が欲しいのは『穴』ある」の格言に倣えば、何が自社にとっての「穴」なのかを見極めなければいけません。

そして、このときに欠かせないのが「暗黙知の形式知化」です。自社の提供価値を明確に言語化している企業は稀であり、日常の業務の中で無意識に価値を届けているケースがほとんどでしょう。本来であれば、金銭的価値として変換し、請求すべき提供内容が埋もれてしまっている可能性があるということです。言い換えれば、多くの企業では提供価値やその届け方が暗黙知化しているため、それを誰もが正しく理解できる形式知に変換しなくてはいけないのです。

では、「暗黙知の形式知化」はどうすれば可能でしょうか。私が企業を支援する際には「なぜなぜ分析」を重視しています。企業の提供価値は、組織規模や商品特性などによっても異なるため、定型的なフレームワークで紐解くのは極めて難しいです。そのため、「なぜ」という問いかけを重ねながら、対話の中で提供価値を明らかにしていくアプローチを採っています。まさに井戸を掘るように、あいまいな知識やノウハウの一つひとつを掘り下げながら、その企業の核心に到達するのです。

また、この際には、何らかの「旗頭」を掲げることも重要だと思っています。暗黙知の形式知化には多少の負荷がかかりますし、ともすると何を目的にしているのかが見失われがちです。そのため、明確な目標となる旗頭を掲げることで、取り組みへの意欲や継続性を担保できます。

近年で言えば、「DX」は非常にわかりやすい旗頭ではないでしょうか。DXとはデジタルを活用したビジネスモデル変革の取り組みであり、そのなかでは既存の事業やオペレーションを紐解いて、再検討する必要があります。こうした取り組みと「暗黙知の形式知化」は極めて親和性が高いため、DXの一環として「提供価値の棚卸し」に挑戦するのもよいのではないでしょうか。

――その他に、「コト売り」を実現するうえで必要な取り組みはありますか。

西田氏:市場の創出ですね。「市場の創出」というとやや大げさにも聞こえますが、平易に言えば「どれだけの顧客を獲得できるか」です。

仮に自社の提供価値を見極められたとしても、その価値そのものを買い求める顧客は少ないです。自社の提供価値をベースにサービスを構築し、その有用性を適切に訴求し新たな用途を開拓することで初めて市場が生まれ、顧客層を拡大できます。「コト売り」の実現には、この取り組みが欠かせません。

特にボトルネックになりやすいのが、価値の訴求です。これには提供価値を顧客に説明する営業的なスキルや、より多くの顧客を取り込むマーケティング的なスキルが求められるため、ものづくりに力を注いできた製造業企業が苦手にするケースが少なくありません。この取り組みを既存の従業員でどのように実行していくのか検討する必要があると考えています。

もし、それが難しいようであれば外部人材を活用するのも手段の一つでしょう。最近では、高度なスキルを有する人材をスポットコンサル的に招聘できるサービスが数多く提供されているため、それらを利用して自社に足りないスキルを補うのもよいと思います。

「コト売り」は一朝一夕では実現しない

――西田さんが考える「コト売り」への転換を成功させるための取り組みや注意点について教えてください。

西田氏:「モノ売りからコト売りへの転換」はコインの裏表がひっくり返るように、たちまち起こるわけではないです。自社の提供価値を見極めて、新たなサービスを構築し、さらにそのサービスを提供するなかで、次第に自社の事業や組織が変革していくのです。

そのため、「コト売り」にチャレンジする企業には、中長期で取り組みにのぞむことをお勧めします。経営トップが音頭を取り、従業員同士でアイデアを出し合いながら、途中で頓挫しないように長い視野で取り組みを進めていってほしいです。その活動の一つひとつが、必ずや変革の原動力になることと思います。

<プロフィール>

株式会社 Malus 代表取締役 西田 知史(にしだ さとし) MBA
1981年家電メーカーに入社、半導体事業部門にてデバイス技術及び工場自動化に関連する生産技術に従事。その後、米AT&T/LUCENT TECHNOLOGIESで日本企業とのアライアンス案件の発掘、共同プロジェクトの推進及び管理を担当。その後ソフトウェア業界に転身し、自動車業界を中心に仮想環境での検証の確立、サイバーフィジカルシステム(CPS)の実現などを手がけた。2017年に株式会社Malusを設立し、国内外企業の日本での事業開拓、マーケティング活動の支援などを手がけるほか、中小企業、スタートアップなどのコンサルティングも行っている。

まとめ

「コト売り」への転換には、自社の提供価値を適切に見極め、その価値をベースにしたサービスを継続的に提供するといった、中長期のコミットが必要です。この取り組みを自社の人材とリソースのみで完遂するのは容易ではないでしょう。外部人材を適切に活用し、効果的に取り組みを推進するアプローチが求められます。「HiPro Biz」には多様な領域の知見を有するプロ人材が多数登録。「HiPro Biz」を活用し、新たな時代に向けた第一歩を歩み出してみてはいかがでしょうか。

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