2020年4月導入開始 弁護士が語る『同一労働同一賃金』対応のポイント

法務・ガバナンス

2020年03月25日(水)掲載

同一労働同一賃金とは?導入の背景

働き方改革関連法案が成立し、 2020年4月より、同一労働同一賃金の導入が開始されました。厚生労働省によると、同一労働同一賃金の導入は、同一企業・団体におけるいわゆる正規雇用労働者(無期雇用フルタイム労働者) と非正規雇用労働者(有期雇用労働者、パートタイム労働者、派遣労働者)の間の不合理な待遇差の解消を目指す考え方です。導入の背景としては、同一企業内における正規雇用労働者と非正規雇用労働者の間の不合理な待遇差の解消の取組を通じて、どのような雇用形態を選択しても納得が得られる処遇を受けられ、多様な働き方を自由に選択できるようにすることが狙いです。
(出典:厚生労働省「同一労働同一賃金ガイドライン」)

POINT

・同一労働同一賃金の導入によって、雇用形態による待遇差解消が目指される。

同一労働同一賃金の本質的な考え方

実は、『同一労働同一賃金』という言葉は、不正確です。是正の対象が、①「賃金」に限定されず、②「労働」に限定されず、③「同一」に限定されないからです。
つまり、①新しく導入されたパート有期法8条では、「基本給、賞与その他の待遇」と記載され、特に「その他の待遇」まで対象が拡大され、「賃金」に限定されません。また、②同条では、「当該待遇に対応する通常の労働者」と記載され、少し分かりにくいですが、同じ「労働」=仕事の内容だけで比較するのではなく、与えられた権限や責任(配転可能性、職種限定変更可能性等)も含めて比較することされていますので、比較対象が拡大され、「労働」に限定されません。さらに、③同条では、「不合理と認められる相違を設けてはならない」と記載され、同一でなければいけない、というのではなく、不合理な相違がいけない、となっており、逆に言うと、合理的な相違は許容されています。

POINT

・「同一労働同一賃金」によって、賃金だけでなく待遇全体の不合理な相違の解消が目指される。
・仕事上の権限や責任についても、「同一労働同一賃金」の導入対象となる。

企業が取組むべき同一労働同一賃金の方向性

このことから、『同一労働同一賃金』に取り組む際の大きな方向性が見えてきます。

例えば、厳密に言えば「労働」内容が違うから、賃金が違っても良い、というわけにはいきません。また、「賃金」ではなく住宅手当や家族手当の違いであるから、違いがあっても良い、というわけにもいきません。都合よく狭く解釈することは危険です。有期契約者と比較すべき対象となる正社員の範囲や条件の範囲は、比較的広く設定されるからです。
他方、完全に「同一」金額の処遇でなくても、処遇の相違が「合理的」であれば許容されます。例えば、正社員には様々な場所で様々な業務を担当してもらうことから、地域限定・職種限定の有期契約者と異なる処遇としても、それが「合理的」であれば適法となるのです。
このように、比較対象(「労働」「賃金」)と基準(「同一」)について、前者はより広く評価される(会社にとって厳しい)のに対し、後者はより緩やかに評価される(会社にとって厳しくない)ことになります。

そして、両者に共通するポイントは、いずれも「社会常識」が判断基準になる点です。
これは、同条の文言上明確にされていませんが、従前の裁判例が示してきた判断が今後も参考にされることから明らかです。すなわち、会社は、商品の販売を担当する有期契約者と比較対応すべき正社員の範囲や処遇の範囲は、同じ店舗の正社員3名だ、と主張しても、その主張が認められる保証はありません。全国の店舗で商品販売を担当する正社員が合計300名いれば、その300名の処遇を比較対象にすべきだ、と評価される可能性が高いということです。
同様に、処遇の差異が「合理的」であるかどうかについても、「社会常識」が判断基準になります。
例えば、同じ配送業務を行うにもかかわらず、正社員には皆勤手当てを支給し、有期契約者には皆勤手当てを支給しない、という極端な差を設けてしまうと、社会常識的に見て不合理と評価され、違法と評価される可能性が高いのです。
このように、会社の内輪の理論ではなく、「社会常識」に照らした評価に耐えられることが必要となります。

POINT

・有期契約者と、「労働」、「賃金」の観点で比較対象となる正社員の幅は、広く設定されることが多い。
・「同一」の基準は比較的緩く設定されているが、過去の判例に基づいた「社会常識」が基準となっている。

同一労働同一賃金の判断枠組み(原則ルール)

前段で述べたことを言われても、「社会常識」は漠然としており、評価に幅が出てしまいます。
そこで、より詳細な「判断枠組み」が設定されます。この判断枠組みは、裁判例を通して少しずつ確立してきているものです(まだ不安定な部分もあります)。現時点での判断枠組みのポイントを整理しましょう。

まず、原則ルールです。

正社員と有期契約者の処遇を平等にする

これは、例えば年間所得同士を比較するような大雑把な方法ではなく、個別の処遇ごと、例えば住宅手当なら正社員と有期契約者の住宅手当同士、通勤手当なら正社員と有期契約者の通勤手当同士を比較し、それぞれの処遇ごとに合理性を判断する方法が取られます。
その際、それぞれの手当の存在理由を、(会社が内輪でどのように位置付けているかではなく)実際の運用状況などを見ながら決定し、その存在理由に照らして、差異を設けることが合理的かどうか、が判断されます。
例えば、配送業務を行う社員に対する皆勤手当ては、(会社がそれをどのように位置けるかではなく)配送スケジュールを安定させるために、配送担当者の出社率を高めることを目的にしている、と評価されます。

次に、この存在理由から見て、正社員に皆勤手当てを支給し、有期契約者に皆勤手当てを支給しない、という相違の合理性が評価されます。すると、配送スケジュールを安定させる、出社率を高める、という必要性は、いずれも配送業務を担当している点を踏まえると、差異を設ける合理性が無い、と評価されます。
このように、個別の処遇ごとに比較すること、処遇の存在理由に遡って比較すること、が原則ルールのポイントです。

POINT

・判断枠組みの原則では、個別の処遇ごとに、処遇の存在理由まで遡って比較を行うことで、差異の合理性を比較する。

同一労働同一賃金の判断枠組み(例外ルール)

けれども、個別の処遇ごとに比較することが適切でない場合もあります。

再雇用の場合は制度単位での判断が求められる

例えば、定年退職した従業員を1年更新の有期契約者として再雇用するものの、給与体系は、それまでの能力給・月給制から、時給制に替わる場合を考えてみます。
この場合、個別比較(原則ルール)を徹底すると、比較すべき対象が無くなってしまいます。月給と時給は、その構造が根本的に違うからです。さらに、正社員の場合には、業績や職務内容、成果、能力等によってその水準が変動しますので、単純にその金額だけを比較するわけにもいきません。

そこで、月給と時給を比較対象とし、その「金額」の差異の合理性を検討するのではなく、(まだ確立したルールとは言えませんが)正社員に採用される月給「制度」と時給「制度」の差異の合理性を検討する、という例外ルールが採用される場合があります。
この場合、正社員の給与に関し、様々な事情を考慮することの合理性、そのことで金額が一定せずに沢山もらえる場合と少ししかもらえない場合がある、という不安定な月給制の合理性と、有期契約者の給与に関し、これら事情を考慮しないことの合理性、変動幅が小さく安定的であるが、その分金額が低いことの合理性、が比較検討されることになります。
このように、個別処遇を比較する原則ルールに対し、例えば、見かけ上の金額ではなく、給与「制度」同士を比較するような例外ルールも存在するのです。

パートの人の希望は柔軟な対応をする

パートやアルバイトで働く人の場合、扶養に入ることができる年収程度しか欲しくない、それ以上は勤務したくないという人もいます。例えば、社員同様に仕事をする人間には時給単価を上げてしまうと、勤務時間が減ってしまうなど、企業側としては反って困る事態となり得ます。しかし、上に述べたように重要なのは処遇であり、企業の真摯な対応が大切となります。パートで働く人のニーズを聞き取り、場合によっては仕事の裁量を減らしたり、単純作業を外注化・IT化したりすることで解決していきましょう。

パート同士での賃金格差に悩む場合

パートに任せる業務はある程度マニュアル化している企業がほとんどでしょうが、そうでない企業もあるでしょう。その場合、パート同士で同一賃金も一つの悩みの種です。長年働いているパートの人と、新人のパートの人とで同一賃金にするのは抵抗があります。 しかし、同一労働同一賃金の意図は、正規雇用と非正規雇用の格差解消にあり、あまり問題視する必要がないとも言えます。「雇用形態による待遇差」を解消するものであるため、同じ雇用形態同士での賃金格差は、同一労働同一賃金の本質でありません。

POINT

・月給制の正社員と時給制の有期契約者では、個別の処遇ごとの比較が難しいので、制度単位で比較し、合理性を判断する。
・パートの人は扶養の関係上、希望時間や希望の給与に限度がある場合があり、その場合は勤務時間で調整していく必要がある。
・パート同士の賃金の違いは、同一労働同一賃金の本質ではない。

同一労働同一賃金の導入方法

このように見ると、『同一労働同一賃金』に合致するためには、単に見かけ上の金額の問題ではなく、各処遇の背景にある存在理由や制度設計そのものに遡らなければならないことがわかります。場合によっては、根本的な改正が必要な場合もあるでしょう。
 
そこで、考えられる対策としては、①対策が遅れてしまったことは仕方がないため、じっくりと腰を落ち着けて検討し、必要であれば根本的な改正も行う方法、②問題になりそうな処遇条件の相違について、例えば、この「皆勤手当」は正社員の責任が重いことから正社員だけに支給するものである、等という会社の立場からの存在理由を明確な文言にして給与規程等の中に記載し、会社にとって有利な評価をしてもらえるような環境を整える(急場を凌ぐ)方法が考えられます。
もちろん、①の状況の場合、根本的な対策を躊躇する気持ちも理解できます。給与体系は、会社の人事政策そのものであり、これまで運用してきた給与体系を一挙に変えてしまうことは、従業員の生活やモチベーションに甚大な影響を与えてしまい、会社の企業風土まで変えてしまいかねません。技術的に見ても、就業規則の不利益変更と評価される箇所がたくさん出てくると予想されるため、従業員の了解を得なければならず、手間と時間がかかるからです。

けれども、②の急場を凌ぐ方法は、両刃の剣であり、会社にとって危険が伴います。
具体的に上記の例で、会社が建前として「正社員の責任の重さ」を根拠にしているものの、配送の実際の運用上は、予定された配送スケジュール確保のために、正社員も有期契約者も、同じ程度に重要であり、有期契約者の場合だけ柔軟な勤務形態が取られているような差異が全くない、という場合を考えましょう。この場合、「正社員の責任の重さ」は、実態に合致しません。むしろ、会社にとって不都合な実態を隠すための言い訳、と評価されかねません。

ところが、労働法の分野では、「本音と建前のズレ」が非常に危険です。サービス残業、名ばかり店長、偽装請負、辞めさせ部屋、など、会社の本音と建前のズレが問題にされた事例は、枚挙にいとまがありません。これは、契約書や就業規則などの建前ではなく、労働の実態から評価する、という労働法の特徴が表れているのです。ビジネス上の契約書の発想から見れば、契約書や就業規則で約束したことが正しいと推定されるはず、と考えてしまい、したがって急場を凌ぐ記載にも、それなりの防衛効果があると期待してしまいますが、労働法では逆です。「本音と建前のズレ」を大きくしてしまうので、実態が問題にされてしまうと、リスクを減らすどころか、かえってリスクを増大させてしまうのです。
 
したがって、①のじっくりと腰を落ち着けて検討する方が、②の急場を凌ぐことよりも、危険が少ないのです。
とはいえ、実際に会社は何もしていないということになれば会社の責任は一層重くなります。
したがって、せめてもの対策として、③じっくりと腰を落ち着けて検討することを明確な会社の業務として定め、遂行責任者、検討態勢、工程表などを明確にする方法が考えられます。定められた時期までに『同一労働同一賃金』対策が完了しなかったが、それを実現することを約束することで、会社に対する非難を小さくする、という方法です。

POINT

・労働法の観点から、企業の本音と建て前の乖離はリスクが高いので、急場を凌ぐような対策は避ける。
・抜本的な改革を短期で行うのは困難であるため、「同一労働同一賃金」の導入を明確に業務として定めつつ、長期での実現を目指す。

同一労働同一賃金の実務上のポイント

対策が遅れ、焦る気持ちはよく理解できます。
けれども、表面を取り繕うだけでは、かえって危険を増やしかねません。
社会常識に照らし、原則ルールと例外ルールに照らして合理性が説明できるかどうかを、じっくりと腰を落ち着けて検討しましょう。

同一労働同一賃金の導入については、まだ不確定な要素が多いものの、リスクを抑えるために早い段階から準備を始める必要があります。新しく始まった制度であるため、対応には、既存の判例などから法的な基準をできるだけ具体的に想定できる専門家の存在が不可欠です。

HiPro Bizにはあらゆる経営課題に経験のあるプロ人材が在籍しており、コンサルティングサービスをご利用頂くことで、経営プロ人材によるそれぞれの企業に合った雇用制度の見直しサポートを受けることが可能です。同一労働同一賃金を本格的に導入するには、長期の取り組みが求められるので、初めに経営プロ人材によるサポートを受けることによって、指針が立てやすくなり、スムーズな導入に近付くことができます。まだ導入に向けて、実務的な取り組みを始められていないという場合でも、お気軽にお問い合わせください。



※記事は執筆者個人の見解であり、パーソルキャリア株式会社の公式見解を示すものではありません。

執筆者I.A氏

早稲田大学法学部卒業、ボストン大学ロースクール卒業。綜合法律事務所、社内弁護士(おもに金融業界の複数企業)、新規産業分野の支援に特化した法律事務所を経て、2020年から弁護士法人パートナー。東弁労働法委員会副委員長等を務める。「法務の技法」シリーズ(中央経済社)等、著書・講演実績多数あり。

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