新規異業種参入に挑む前に知っておきたい基本プロセス、失敗ケースと成功への「打ち手」

新規事業

2025年06月25日(水)掲載

キーワード:

人口減少に伴う国内市場の縮小や、急速な技術革新による既存事業の将来性への不安などから、新たな事業として異業種参入を検討する企業が増えています。しかし、慣れない分野への挑戦には多くの困難が伴い、失敗に終わるケースも少なくありません。

今回は、数多くの企業の新規事業開発や異業種参入のアドバイザーを務め、「HiPro」にもプロ人材登録をいただいている株式会社プリミス代表の白神 敬太氏を監修に迎え、新規異業種参入の基本プロセスをはじめ、よくある失敗ケースとその背景、そして、それらを乗り越えるための具体的な解決策と成功への共通項を解説します。

新規異業種参入、国内の「いま」を知る

新規異業種参入として、自動車部品メーカーがその技術を医療や建築などの異業種に展開したり、電機メーカーが農業や植物工場の事業に参入するなど、国内でもさまざまなケースが存在します。では実際、国内企業において、新規事業や異業種への参入はどの程度進んでいるのでしょうか。

令和5年に財務省が発表した『新規事業の立ち上げや異業種分野への参入等に関する 地域企業の取組の現状及び今後の方針 (特別調査)』によると、「国内企業における新規事業異業種参入状況概況」として、調査対象350社のうち159社が新規異業種参入に取り組んでいると回答しています。これは、企業規模を問わず、多くの日本企業が既存の枠を超えた事業展開の必要性を感じている現状を示唆しています。

出典:財務省『新規事業の立ち上げや異業種分野への参入等に関する地域企業の取組の現状及び今後の方針 (特別調査)』

 

昨今、企業の置かれている状況によって異業種参入への意識やアプローチは異なる傾向にあります。たとえば、現在進行形で成長している市場にいる産業と、構造転換の過渡期に立たされている産業とでは、異業種参入の緊急度や目的が大きく変わるでしょう。

もし、自社の既存事業が構造の転換期を迎えている場合、早期に異業種参入に着手することの重要性は一層高まります。市場が縮小し、競争が激化する中で、既存の技術やリソースを活かせる新たな事業領域をより早く模索する必要があるでしょう。

しかし、多くの日本企業には「周りを様子見してしまう」という傾向があるのも事実です。「他の会社が成功したら考えよう」「失敗は避けたいからリスクは取らない」といった姿勢では、他社に先を越された後で参入することになりかねません。その場合、いかに優れた技術やアイデアを有していたとしても、競争において優位に立つことは容易ではありません。特に新規事業の立ち上げに不慣れな企業にとっては、陥りがちな落とし穴であるといえるでしょう。

また新規異業種参入において革新的な技術を生み出し、イノベーションを狙うことも一つの方法ですが、初めて参入に挑戦する企業の場合には、「まずは小さく、早く」取り組むことが重要になるでしょう。初期段階から大きな成果を追求する必要はありません。まずは既存事業で培った強みや技術を活用できる領域において、小規模でも構わないので実際に事業を稼働させてみることが肝要です。 こうした取り組みにより、市場からのフィードバックを得ながら柔軟に方向修正を行い、リスクを最小限に抑えつつ、実践的な知見を蓄積していくことができます。

他社がまだ着手していない段階でいち早く行動に移すことこそが、成功への確かな一歩となるのではないでしょうか。

新規異業種参入を成功に導く「基本のプロセス」

異業種参入を進めるにあたって、どのようなプロセスを踏むのが一般的なのでしょうか。ここでは、多くの企業に共通する大まかな基本フローを紹介します。とはいえ、これはあくまで一例であり、実際には各工程を行き来することもあれば、企業の状況や目指す事業によって順番が前後することもあります。重要なのは、このフロー通りに進めることではなく、「できそうなところから手をつける」といった柔軟な姿勢を持つことでしょう。 以下が基本的なフローです。

(1)自社内整理

異業種参入を検討する第一歩は、自社の足元を見つめ直すことです。技術やノウハウといった自社のリソースを洗い出してみましょう。特に既存事業で当たり前のように使っている技術やノウハウが、異業種では全く新しい価値を生むことも少なくありません。だからこそ、他社と比較した優位性にとらわれすぎず、小さなリソースでも洗い出してみましょう。その上で、洗い出した自社のリソースを活かせる可能性のある異業種や市場を検討、選定していきます。そうして、可能な範囲で具体的な製品やサービスのアイデアの仮説を考えてみましょう。

(2)必要な専門知見の補強

新規異業種参入という前例のないことを推進していくには、既存事業と異なる発想やアプローチが欠かせません。だからこそ、チーム内に新規事業開発の経験者がいない場合は、新規事業を推進するための知見の補強が不可欠です。また、参入を考えている業種や業界の知見を補強することで、対象の業種にまつわる情報を収集できるようになり、後述する的確なパートナー開拓にもつながります。まずは不足している知見を明確にし、外部の専門家や異業種での経験を持つ人材などの協力を検討します。新規事業立ち上げの経験が社内にない場合、プロジェクトの伴走者を早い段階から加えることで、手戻りを減らし、成功確率を高めるケースが望ましいでしょう。

(3)パートナーの開拓

リソースの洗い出しやアイデアが固まってきたら、次は外部パートナーの開拓へ進みます。ここでいうパートナーとは、将来の見込み顧客でモニターとして協力してくれる企業や人、また、自社だけでは立ち上げられない場合の協力パートナーなどを指します。 リアルな市場ニーズや課題を把握するために、このパートナー開拓は欠かせないステップといえるでしょう。彼らに対し、アイデアを具体化したプロトタイプやサービスの一部を使ってPoC(Proof of Concept:仮説検証)への協力を依頼し、その市場や顧客に本当に価値があるか、技術的に実現可能かなどを検証していきます。ここで得られる「外の声」は、後述する社内決済の際にも有効な根拠にもなりえます。

(4)事業計画策定と事業開発への着手

外部からのフィードバックや検証結果を踏まえ、事業モデルや収益計画、マーケティング戦略など、事業全体を網羅する計画を策定します。その後、策定した事業計画に基づき、社内の承認を得るための稟議を行います。社内稟議が承認されれば、いよいよ事業開発の準備段階に入ります。製品やサービスの本格的な開発、生産体制の構築、販売チャネルの確保、プロモーション活動の準備など、事業開始に向けた具体的な準備を進めていきます。

新規異業種参入でよくある3つの失敗ケース

新規異業種参入のプロセスにおいては、多くの企業が共通の課題に直面します。ここでは、特によく見られる3つのボトルネックと、その背景を解説します。

A. パートナー開拓ができない

新規事業、特に異業種参入では、見込み顧客や仮説検証に協力してくれるパートナー開拓が欠かせませんが、多くの企業がここでつまずきがちです。その背景には、パートナーにとって魅力的な「ストーリー」を提示できていないことが考えられます。自社の技術や思いだけを一方的に伝えてばかりでは、相手は協力するメリットを感じられず興味を持ちにくいでしょう。 そこで重要になるのは、「自社の技術や目標」といった“自社視点”に偏らないことです。顧客にどのようなメリットがあるのかを示す“顧客視点”、さらに、事業を通じてどのような社会課題を解決できるのかという“社会視点”を持つことが求められます。こうした視点を取り入れた「ストーリー」を提示することで、仮説検証や市場検証に進まないリスクを回避することが可能になります。

B. 社内決済が通らない

事業計画策定後、社内承認を得る段階もボトルネックになりやすいポイントです。社内決済が通らない主な要因に、経営層や関係部署の期待や条件を十分に反映された事業計画へ落とし込めていないことが挙げられます。時には「思い」が先行しすぎてしまう、つまり担当者の熱意や理想、主観的なビジョンに基づいた構想に偏りすぎているために、仮説検証で得られた顧客フィードバックや市場データ、収益シミュレーションといった客観的な根拠が不足しているケースも起こりがちです。 新規事業には、事業が失敗することによる経営資源の損失や、既存事業への悪影響、人材やコストの浪費といった多岐にわたるリスクが伴うため、承認者はデータに基づいて判断しようとします。社内決済を得るにあたっては、経営層や関係部署など、社内の関係者を「重要なステークホルダー=社内の顧客」と捉え、それぞれの立場を理解した上で提案を進める視点も必要です。その事業で得られる利益やメリット、そして想定されるリスクと対策を具体的に示すことも意識してみましょう。

C. PoC(仮説検証)が延々と繰り返され、リリースに至らない

事業開発はPoCの繰り返しです。そのため、「PoCが延々と繰り返され、なかなかリリースできない、次のステージに進まない」という課題に直面することがあります。これは、マスタースケジュールが不明確または形骸化していること、また次の段階に進む基準となるステージゲートの設定が甘いこと、ステージゲートのクリア条件が承認者と合意できていない場合なども原因として考えられるでしょう。その他にも、PoC自体が目的化してしまい、検証を繰り返すことに満足し、事業を前進できないケースも見られます。何のためのPoCなのか、PoCの目的やゴールが曖昧なことも、長期化を招く一因といえるでしょう。

新規異業種参入のボトルネックを突破する、成功への「打ち手」

前述したボトルネックを乗り越え、新規異業種参入を成功に導くためには、それぞれの課題に対応する具体的な解決策が必要です。前述のパターンごとにみてみましょう。

A. パートナー開拓を確実に進めるために

前述でも少し触れましたが、パートナー開拓を進める際に単なる事業説明にとどまらず相手の心に響く「ストーリー」を語ることが重要です。何のためにこの事業を立ち上げたいのかを示す「Mission(使命)」と、事業を通じて実現したい「Vision(理想の姿、特に社会の理想)」を明確にしましょう。強いミッションと社会課題解決につながるビジョンを心からの情熱を込めて語ることで、パートナーの共感につながり、「一緒に実現したい」という仲間意識醸成につながるでしょう。 異業種参入では、自社技術で新しい分野にどう貢献できるかを考えることが重要です。「自分たちならきっと成功させられる」という自己効力感は、パートナーに伝わり、応援したくなる信頼感につながります。

B. 着実に社内決済を通していくために

社内決済を確実に突破するには、承認者の求めるものを正確に把握し、応える準備が必要です。まず会社全体の大きな方針を確認し、企画がそれに沿っているかを確認します。その段階でズレがあれば、承認者とすり合わせしておきます。経営層にも「一緒に立ち上げる」意識を持ってもらうことも新規事業開発では極めて重要です。そのため、日頃から進捗や熱意を伝え、継続的な関係性の構築を心がけましょう。 また、稟議を通す強力な武器となるのが、事業性があるかどうかを数字で示すことに加え、社内外の賛同者や応援者を増やす事前調整を行うことです。関係部署の確認や協力を得ることで、企画の信頼性が高まります。そして最終的には、机上の空論ではない「外の声(パートナーや顧客の生の声)」を示すことも不可欠です。

C. PoCからリリースの段階へと移行するために

仮説検証を目的化せず、事業化への道筋を描くことが重要です。仮でもよいので早い段階から目標とするリリースタイミングを決め、そこから逆算してスケジュールを引きましょう。不確実性が高くても、期限を決めることでプロジェクトが前に進みやすくなるでしょう。各検証段階にステージゲートを設け、次のステージに進むクリア条件を具体的に設定し、承認者側と事前に合意形成を図っておくことも欠かせません。 また、いきなり完璧を目指すのではなく、「最小限の機能で、最速で」市場に出すリーンスタートアップの考え方を取り入れることも有効でしょう。とにかく早く市場に出すことで、リアルなフィードバックを得て事業を育てていくことができます。

新規異業種参入を成功に導く、次なる一歩

これらの成功への共通項を実践するためには、先述の通り自社のリソースを最大限に活かしつつも、社内にはない専門的な知識や経験の補完も欠かせないでしょう。

たとえば、新規事業開発の経験が豊富な外部人材や、特定の異業種に関する深い知見を持つ専門家からのアドバイスは、自社だけでは気づけなかった課題の発見や、より効果的な戦略の策定、不安要素の払しょくなどにつながります。

経営支援サービス「HiPro Biz」の活用は、こうした外部のプロフェッショナルと企業を結びつけ、新規事業や異業種参入の成功確率を高めるための有効手段の一手となるでしょう。

新規異業種参入は適切な知識と準備、そして何よりも「やってみよう」という勇気と粘り強さがあれば、課題は着実にクリアしていくことができます。新たな成長機会を掴むための次なるステップとして、まずは自社のリソースや強みを整理することから始めてみてはいかがでしょうか。

<監修>

白神 敬太 氏

株式会社プリミス 代表取締役。ソニー株式会社で約25年にわたり商品企画、新規事業開発に携わる。企画プロセスや戦略を学び、B2C商品からB2Bサービス事業まで幅広い分野で100を超えるプロジェクトに携わる。その経験を基に在職中から企画コンサルタントを開始。その後コーチングを学び、支援スタイルをアドバイス型から共に考えていくコーチ型(伴走型)に切り替えたことで手ごたえを感じる。2020年に株式会社プリミスを設立し、新規事業や商品開発プロジェクトチームを伴走支援している。

関連コラム

ページTOPへ戻る