【TCFD開示の要諦を聞く】サステナブルは「経営戦略そのもの」。企業は外部任せではなく、自走しての戦略遂行を

経営全般・事業承継

2025年07月23日(水)掲載

キーワード:

気候変動に対応する企業の取り組みについて、「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」の4つの観点から開示することを求める「TCFD」(Task Force on Climate-related Financial Disclosures:気候関連財務情報開示タスクフォース)が注目されています。

ESG投資の文脈で投資家や金融機関が重視しているだけではありません。金融庁もTCFDに関連する項目を「サステナブル財務情報」と位置づけ、2023年3月期決算から、東京証券取引所プライム市場に上場する全ての企業に対してTCFDと同等の開示が有価証券報告書で求められるようになりました。加えて、2027年3月期からは時価総額3兆円以上の企業から順次、TCFD提言を基に策定されたSSBJ(サステナビリティ基準委員会)の気候関連開示基準に沿った気候変動関連情報の開示が義務化されます。

ただ、TCFDへ戦略的に取り組むのは容易ではありません。開示において特に重要なポイントとなる温室効果ガスの排出による対策については、自社が直接コントロールできる範囲を超えて、バリューチェーン全体の影響も算出して対応策を練る必要があるからです。

サステナブル経営の専門家としてTCFDなどへの対応や社外ブランディングを支援し、「HiPro Biz」にも登録されているプロ人材・大喜多一範氏は、「情報開示のためだけではなく、経営戦略そのものとしてサステナブルに取り組む時代となった」と指摘します。現在、企業はどのようにサステナブル戦略を描き、実践していくべきなのでしょうか。その要諦を伺いました。

サステナブル戦略とは企業の経営戦略そのもの

——大喜多さんが歩まれてきたキャリアを経て、企業から寄せられる相談にはどのようなものがありますか。

大喜多氏:法令・規制への対応や、市場からの要請に応えるための取り組みについて相談を受けることが多いです。

たとえばアパレル業界では、生地を環境に配慮した素材に切り換える動きが増えてきましたが、サプライヤーである副資材メーカーもその動きに対応する必要があります。サプライチェーンの上流にあたる企業から相談されるケースも多いですね。たとえば、ビジネスと人権に関する方針を策定して対応を行い、その取り組みを開示しないと、そもそもEUやアメリカなどの諸外国へ輸出できなくなるおそれも出てきているのです。このことは、上場・非上場に関わらず、グローバル・サプライチェーンに関わる全ての企業が対象になっているので、注意が必要です。

また、中長期でのキャッシュフローを重視する投資家にとってもサステナブル経営は重要なポイントであり、金融庁も明確に「サステナビリティ財務情報」という言葉を用いて、金融資産や設備などの財務資産と並んで、企業価値を評価する重要な項目と位置づけています。

こうした動きを踏まえると、もはや情報開示という切り口で取り組む時代は一区切りを迎えつつあるように思われます。サステナブル戦略は、企業の経営戦略そのものなのです。

現状では「TCFD開示のための作業」をしている企業が9割以上

——近年特に注目されているTCFD開示について、概要をお聞かせください。

大喜多氏:TCFDにおいては、企業が関わる温室効果ガス排出量を「Scope1」「Scope2」「Scope3」の3つの範囲に分けて気候変動への影響を評価し、対策を講じて開示することが求められています。

Scope1はボイラーや車両など、企業が所有する設備からの燃焼などによって、企業側が直接的に排出しているもの。Scope2は電力事業者からの電力の購入など、企業が外部から調達するエネルギーの生成段階で発生する排出で、企業が間接的に排出に関わっているもの。そしてScope3では、原材料調達や輸送、販売、顧客の使用シーンなど、バリューチェーン全体での排出量を算出しなければなりません。

その上で「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」の4つの観点から、気候変動への対応策を定めていくことになります。

つまり、エネルギー調達を始めとした直接的・間接的な事業活動の流れやその影響を見直し、バリューチェーン全体を通じた価値創出を意識することがTCFDのシナリオ分析・戦略策定に求められています。言い方を変えれば、気候変動を起点にして企業のリスクアセスメントを見直し、それらを踏まえて新しい価値を創出するための戦略を問うものということになります。

ご承知の通り、企業の経営リスクは大きく変化しています。近年では異常気象や自然災害が世界各地で頻発するようになりました。

だからこそ今、企業は、気候変動に対応するための中長期的なシナリオ分析と戦略を策定しなければならないのです。

——日本企業の現状についてお聞きします。プライム上場企業におけるTCFD開示の進捗状況や傾向についてはどのように捉えていますか。

大喜多氏:7割以上の企業は、開示されていると言われていますね。

ただ、目的は前述の通り開示そのものではなく、リスクマネジメントを戦略に織り込むことなのですが、私の肌感では残念ながら「TCFD開示のための作業」をしている企業が9割以上だと感じています。経営戦略として取り組んでいる企業は少ないのが実情です。

たとえば、有価証券報告書の開示の中身を詳しく見ていくと、ガバナンスやリスク管理は開示度が高いのですが、戦略まで開示しているのはプライム企業でも約50%にとどまっています。

しかも、戦略の開示をしているようでも、実態は外部のコンサルティングファーム任せになっており、企業の担当者が自社の戦略を説明できないケースもあるのです。TCFDのフレームワークは経営戦略の策定と同じです。本質的には、自社で内製化しなければ意味がありません。

Scope3を進めるコツは正確性よりも「スピード」重視

——Scope3においては、自社が直接コントロールできる範囲を超え、バリューチェーン全体の影響も算出しなければなりません。ここに苦戦する企業も多いのではないでしょうか。

大喜多氏:現状のバリューチェーンについて把握することはもちろん、将来的な市場環境や社会情勢、経済予測などに基づいたシナリオを立て、自社独自のストーリーとして戦略を練らなければいけません。その意味では、企業にとって非常に難しいテーマだと言えるでしょう。

——「シナリオ」とは。

大喜多氏:シナリオ分析と呼ばれていて、主に2つのシナリオを想定します。1つは、グローバルレベルの気候変動対策が功を奏し、2100年の平均気温の上昇がパリ協定の目標である1.5℃以下に抑えられた場合の「シナリオ」。もう1つは、残念ながら気候変動対策が進まずに2100年の平均気温が4℃上昇してしまった場合の「シナリオ」を立てています。

企業は、気温上昇が経済や社会などにもたらす変化を予測するとともに、人口動態などのリアルな予測を踏まえ、自社のバリューチェーンや外部環境がどうなるかをシミュレーションし、自社の製品・サービスが将来にわたってユーザーのニーズを満たすにはどうしたら良いのかの仮説を立てます。こうした全体の未来予測をもとにして、事業部ごとのシナリオ分析を進めます。

この際には定量化も重要なポイントです。シナリオ分析に基づき、どのようなリスクが考えられるかを予測し、金額ベースの影響を算出するだけでなく、これらのリスクを回避するための手段や、それを実行するために必要な投資金額なども算出していくのです。これができて、はじめて戦略として形になります。

——Scope3に取り組む企業が陥りがちな落とし穴はありますか。

大喜多氏::失敗するパターンは、完璧にやろうとしすぎることですね。

現状、一般的には環境省や民間団体が発行している換算表を使って、金額ベースや物量ベースから換算することが多いのですが、たとえばScope3のカテゴリ1の「購入した物品・サービス」は経理の勘定項目とほぼ同じで、自社で使用する鉛筆1本から対象となります。必要となるデータは膨大で、しかも毎年変わっていきます。ここで正確性を重視していては、いつまで経っても集計や分析が進みません。

Scope3を進めるコツはスピード重視。まずは大枠で全体像を把握し、ざっくりとで構わないので、どのカテゴリのどの部分で温室効果ガスの排出が多いのかをつかむことが重要です。一次データなどの正確なデータに置き換えていくのは、温室効果ガス削減に向けた対策を打ちながらでいいでしょう。

真面目にやりすぎる企業は、取り組み開始から1年経ってもScope3が算出できていない例もあります。特に投資家は細かな数字よりもシナリオ分析の内容やリスクに対する具体策など戦略の妥当性を重視しており、数字の正確性は求めていません。この点を理解して、ある意味で割り切ることも必要なのです。

サステナブル経営は「自走できるようになる」

——大喜多さんが企業の支援に入る際は、どのようなことを重視していますか。

大喜多氏:当初は、開示や算出を目的として相談を受けることが多いです。そうした顧客に対しては、「TCFD開示のための作業」は単なるコストに過ぎませんが、TCFDに沿ったシナリオ分析・戦略策定は中・長期視点による企業の成長戦略そのものであることを伝え、共感を得られるように努めています。

Scope1〜3について会話しながら、経営戦略の全体像をともに議論していく。この動きができれば、持続可能な事業戦略を策定することにつながります。

未来予測としてどのようなシナリオを描くか、それに基づいてどのようなリスクをシミュレーションするか。経営・管理部門だけでなく、事業部門も巻き込んで取り組んでいかなければいけません。その橋渡し役も積極的に担うようにしています。

——サステナブル戦略の策定は「自社で内製化しなければ意味がない」という指摘もありました。非常に難度の高いテーマですが、実際に内製化できるものでしょうか。

大喜多氏:必ずできるようになると信じています。私は支援に入る際、いかに企業が自走できるようにするかを重視していますし、そのために必要なフレームワークや資料があれば、惜しみなく提供するようにしています。

TCFD開示は難しくて大変な作業です。そう思って外部に委託している企業も多いでしょう。しかし、くり返しになりますがTCFD開示を進めることは経営戦略を考えることと同義です。自分たちで戦略を打ち立て、語ることを放棄した企業が、持続的に成長できるのでしょうか。

私自身がこれまでに大企業のTCFD開示を支援してきた経験から言えば、最初の1年間は手取り足取り支援する場面が多くあります。しかし2年目以降は企業側で自走できるようになることがほとんどです。

TCFDは気候関連財務情報なので、気候変動の影響をいかに財務的なインパクトとしてリアルに予測しているかがポイントとなります。特に2027年3月期からのSSBJの気候関連開示基準では、「ガバナンス」における経営陣の責任、財務的影響の定量化と資本配分「戦略」、「リスク管理」の財務リスクとの統合、GHG削減目標達成のための投資と資金調達をセットにした「指標と目標」、これらを一気通貫で語れるかが重要です。

このポイントを押さえれば、TCFD開示は単なるコンプライアンス開示のための作業から、中長期における資本コスト低減などの経営戦略につながる、攻めのIRへと生まれ変わります。

これまでは、気候変動を成り行きとしてしか見ていなかった企業がほとんどだったでしょう。しかしこの変化の中で新たなビジネスチャンスを生み出し、成功を収めている企業も登場しています。将来的な開示義務化がきっかけであっても、取り組むチャンスがあるのは恵まれていること。そうポジティブにとらえて、このテーマに向き合っていただきたいですね。

私も、引き続き全力で支援していきたいと考えています。

【プロフィール】

株式会社 Future Vision 代表取締役 / 戦略デザイナー 大喜多一範(おおきた・かずのり)
サステナブル経営 / サステナビリティ・ブランディングのエキスパートとして企業のサステナブル経営推進を支援。経営ビジョンの策定、マテリアリティの特定、TCFDに沿ったシナリオ分析・戦略策定、CDP回答、SBT申請、人権方針策定、SSBJ等の有価証券報告書対応などで多くの実績を持つ。環境省Green Value Chainネットワーク 支援会員、EcoVadis認定トレーニングパートナー。

まとめ

「リスクマネジメント」や「開示義務化」といった言葉からは、企業の活動に慎重さが求められる印象を受けるかもしれません。しかし、気候変動に対応して持続的に成長するための戦略を描くことは、これまでにないエネルギー技術の開発や活用を促し、新たなモノづくりやサービス、組織体制などのイノベーションを生み出す可能性を秘めています。

大喜多氏が「TCFD開示に取り組むことは日本企業の持続的な発展や国際競争力強化にもつながる」とエールを送っていることからも感じられるように、プロ人材の豊富な知見を活用すれば、中長期の戦略を遂行する力を育むことにつながるのではないでしょうか。企業が自走を目指しつつ、プロ人材が引き続き伴走することで、さらなる高みを目指す支援も可能です。

関連コラム

ページTOPへ戻る