複合するサステナブル消費の課題に活路。情報の非対称性を超え、選ばれるための「ESG経営」を

経営全般・事業承継

2025年09月24日(水)掲載

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ESGへの取り組みが世界的に注目される中、企業にはサステナビリティに配慮した商品やサービスを生み出し、収益へつなげることが求められています。しかし現実には、環境や人権に配慮したものが必ずしも売れるとは限らない状況も見受けられます。企業のサステナブル戦略を支援するHiProプロ人材、大喜多 一範氏は、「日本の市場や消費者意識は十分に成熟しておらず、安さを優先した購買行動が依然根強いと感じる」と話します。

企業はどのようにしてこの壁を越えてサステナブル消費を作り出し、持続可能なビジネスにつながるESG経営を実現できるのでしょうか。日本の現状や世界的な潮流、さらに中長期的な展望から見たESG経営の課題と可能性を伺いました。

サステナブルな「良いもの」が必ずしも売れるわけではないという現実

——日本におけるサステナブル消費の現状についてお聞かせください。

大喜多氏:日本は消費者の十分な理解が浸透していない状態にあると思っています。
海外に目を向けると、各種の気候関連情報開示の枠組みや、EUのグリーンディール政策、OECD多国籍企業行動指針などのルール化の影響もあって、事業活動における環境負荷や人権問題への配慮は欠かせないものとなっています。日本でも政府が2020年に「ビジネスと人権」に関する行動計画(NAP)を策定し、2022年には経済産業省が「サプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン」の公表などの政策もあって、企業の取り組みは進みつつありますが、一方で消費者側の認識は十分とはいえません。そのため消費者は「安い商品には理由がある」という事実に気づかず、安価なものを選びがちな状況が続いています。

マイバッグやマイボトルなどに現れているように、サステナブルな行動を実践している消費者は増加しているのですが、「サステナブル消費」となると実態は横ばいです。共感は広がってきているものの、環境や人権に配慮した商品を優先的に購入するという消費行動にはまだまだつながっていません。

しかし、消費者は同じ環境に配慮した製品であってもコストダウンにつながるものであれば納得して購入します。たとえば省エネ家電は、イニシャルコストが高くても長期的なコストダウンに期待がもてるサステナブル消費の典型例と言えるでしょう。一方、コストダウンに結びつかないものは消費につながりにくいのです。

——日本企業のESGへの取り組みについて、大喜多さんはどのような問題があると捉えていますか。

大喜多氏:多くの日本企業は自社の中長期的な成長と発展、そして投資家や社会からの期待に応えるためにサステナビリティに取り組んでおり、その姿勢に疑うところはありません。設備投資や新しい技術の普及によってより良い性能の商品を開発できれば、国際競争力強化など持続的な発展につながります。

しかし、前述のような市場の現実があり、サステナブルな「良いもの」が必ずしも売れるわけではないという大きな問題があります。既存の商品の中により安い代替品があるため、それに代わる良いものを作ってもなかなか売れないのです。

「成果が見えない」「儲からない」「当事者意識を持ちづらい」。これらの壁に直面しながらも活動を継続できるか、企業判断としては難しい部分があるでしょう。

温室効果ガスの削減や循環型社会の実現が重要だと認識していても、具体的に事業でどのように成果を上げていくのかをクリアにできなければ、日本企業のESGへの取り組みは持続可能なものにはならないと感じます。



「ビジョン」を伝え共感されるブランディング、社内で理解を得やすいKPIとは

——消費者の実態やニーズを踏まえ、企業が「サステナブル消費を作り出す」ことは可能でしょうか。その場合、どのような方策が考えられますか。

大喜多氏:サステナブル消費を広げるためには、企業による情報発信の工夫が重要だと考えています。売り手と買い手の間にある情報格差を解消し、消費者が誤った選択をしないようにすることが重要です。一方で、選択肢や情報が多すぎることがかえって判断を誤る原因になることがあるので、このようなリスクも認識する必要があります。

具体的な取り組みとしては、原材料調達から製造までに排出したGHG排出量をラベル表示によって見える化したり、「なぜこの商品を作ったのか」「この商品が社会をどう変えるのか」といった自社のビジョンを伝えて、消費者の共感を獲得することが重要です。たとえば飲料メーカーであればペットボトルの水平リサイクルの重要性を伝え、自治体と協力してペットボトル専用回収BOXを設置したりしていますよね。このような取り組みは消費者にとって分かりやすい取り組みの好例と言えます。また、このような施策の効果を測定するKPIとしては「回収BOX設置数」などの手段ではなく、消費者の行動が評価できる指標をKPIにすると良いでしょう。

——こうしたブランディングでは費用対効果を厳しく見られがちな面もあると思います。どのようにKPIを設定して社内を説得したらよいのでしょうか。

大喜多氏:ブランディングのKPIは短期の売上に直結しにくいため、「到達」「想起」「好感度」「指名検索」などの先行指標と、「指名流入」「商談化」「LTVへの波及」といった遅行指標を組み合わせて設計するのが現実的だと思います。

リーチ数やクリック数、認知度調査に加え、ブランドイメージの合致度やブランドリフト(ブランディング広告の効果測定)を定点で測ると、投資効果を社内で共有しやすくなります。ブランディングは中長期の投資と位置づけ、四半期ごとのマイルストーンを設定するなど改善サイクルを示すことで、社内の理解を得やすくなるでしょう。



政策的支援やトランジション・ファイナンスを活用し、変革へのロードマップを描く

——日本企業がサステナブル消費を作り出し、「ESG経営」で持続的に利益を生み出していくことはできるのでしょうか。

大喜多氏:可能性は大いにあると思います。欧州ではさまざまな規制とファイナンスを組み合わせて企業を動かしています。一方、日本は「日本発のサーキュラーエコノミー」を目指し、成長志向型の資源自律経済を志向しています。広い意味でのサーキュラーエコノミー企業が成長しているのは、その好例と言えます。

欧州のように「CO2排出が問題だからクリーンエネルギーしなさい」というタクソノミー的な基準の設定は日本企業にはなじみにくいでしょう。段階を踏んで企業に変化を促し、必要な資金調達を支援する「トランジション・ファイナンス」が日本の特徴です。このやり方は当初、諸外国から「甘い」と批判されたこともありましたが、最近では的を射た手法だと再評価されているのです。

——そうしたトランジションの段階で企業が取り組むべきことは何でしょうか。

大喜多氏:始めから理想的なものを生み出すことは極めて難しいと思います。グレーな段階でも構わないので、理想論ではなく地に足をつけた自社でできることを議論・整理して、まずは試してみることです。

トランジションの初期には短期的な収益圧迫が生じる局面もあります。そのため政策的支援やトランジション・ファイナンスを活用し、既存事業の強みを生かした段階的なロードマップを描いていくことも重要です。

既存の商品やサービスを否定せず、社内合意やカニバリゼーションの整理を行いながら、市場変化に対応する体制を整えることが重要です。この対応が遅れると、資本コストや需要面で相対的に不利になる可能性もあります。

——ESG経営に取り組むことで、ドメスティックからグローバルへの市場拡大を目指すこともできるのではないでしょうか。

大喜多氏:はい。海外での評価が国内再評価につながるケースも実際にあります。再生素材を用いた製品群や修理、リユースを前提とした設計など、分かりやすさと一貫性のある事業は海外でも支持を得やすい印象がありますね。

ただし、地域ごとに規制や貿易条件が大きく異なります。ターゲット市場ごとに要件を整理し、実証と検証を繰り返すことが重要です。

——今後の日本のサステナブル消費について、大喜多さんはどのように動向を予測していますか。

大喜多氏:中長期的には生活者の関心と選択肢が広がっていくと見ています。ただ、既存商品との価格差や生産基準の違い、情報の分かりやすさなどの課題は今後も企業を悩ませるでしょう。

だからこそ企業には、自社が叶えたい未来やビジョンを積極的に発信していくことを推奨しています。企業と消費者の間に横たわる情報の非対称性が解消されたときこそ、日本のサステナブル消費が本格的に動き出していくのではないでしょうか。



【プロフィール】

株式会社 Future Vision 代表取締役/戦略デザイナー 大喜多 一範(おおきた かずのり)
サステナブル経営/サステナビリティ・ブランディングのエキスパートとして企業のサステナブル経営推進を支援。経営ビジョンの策定、マテリアリティの特定、TCFDに沿ったシナリオ分析、戦略策定、CDP回答、SBT申請、人権方針策定、SSBJ等の有価証券報告書対応などで多くの実績を持つ。環境省Green Value Chainネットワーク 支援会員、EcoVadis認定トレーニングパートナー。

まとめ

日本におけるサステナブル消費は、消費者における判断材料の可視化不足や製品の価格変動に対する反応、さらに企業と消費者の間にある情報の非対称性といった複合的な課題に影響を受けています。企業にとっては、情報の見える化やストーリーテリングを通じた共感の醸成、段階的なトランジション対応が欠かせません。中長期的な視点でのビジネスの成功に向けて取り組む姿勢は、国内外での競争力強化や新市場開拓によって持続的な収益を生み出す「ESG経営」につながります。先進企業の事例や諸外国の潮流を熟知するプロ人材の力を活用し、サステナブル消費を自ら作り出すための製品開発やマーケティングに挑戦してみてはいかがでしょうか。

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