待ったなしの「SSBJ開示義務化」。投資家注目の項目に応えるリスクマネジメント戦略とは

経営全般・事業承継

2025年12月18日(木)掲載

キーワード:

日本において初めてとなるサステナビリティ開示基準として、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)が策定した基準(以下、SSBJ基準)が公表されました。今後、金融商品取引法に基づく有価証券報告書において、主としてプライム市場上場企業を対象に、段階的に適用、開示義務化が進む予定です。

金融庁の検討状況によれば、2027年3月期から時価総額3兆円以上のプライム上場企業を皮切りに、2028年3月期には3兆円未満1兆円以上、2029年3月期には1兆円未満5,000億円以上へと対象が拡大していく方針が示されています。また時価総額5,000億円未満の企業については、開示状況や投資家ニーズを踏まえ、今後適用時期などが検討される見込みです。(※1)

新たにSSBJ基準が加わることで、これまで主に統合報告書やサステナビリティ報告書で任意に開示してきた多くの情報が、本格的に「サステナビリティ関連財務情報」として法定開示の枠組みに組み込まれていくことになります。

特に経営企画部門にとっては、SSBJ基準がどのような体系で構成されているのか、どのような情報や評価方法が求められるのか、そして開示情報の信頼性をどのように担保するのかが、今まさに検討すべき重要論点といえるでしょう。

従来存在するGRI(※2)やTCFD(※3)などの各種フレームワークとの整合性を踏まえながら、SSBJ基準を自社の企業価値向上にどうつなげていくのがよいのでしょうか。数多くの企業のサステナビリティ経営を支援する「HiPro Biz」のプロ人材、大喜多 一範氏に、開示義務化の背景と実務的な対応について伺いました。

※1 出典元:金融庁「サステナビリティ開示基準の適用及び保証制度の導入に向けたロードマップ」
※2 GRI(Global Reporting Initiative)。サステナビリティに関する国際的な情報開示基準を策定する非営利組織。
※3 気候関連財務情報開示タスクフォース:TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)。企業における気候変動関連のリスクなど企業の財務情報に与える影響を開示する取り組みを推奨するための国際的な枠組み。FSB(金融安定理事会)により2015年に設立され、2017年に最終報告書を公表。

海外の競合他社と比較される日本企業。SSBJ基準に基づく開示情報が重要な判断材料に

――SSBJ基準が制定された背景について教えてください。なぜこのタイミングで開示義務化が進んでいるのでしょうか。

大喜多氏:これまで企業は、GRIやTCFDなど、さまざまな開示フレームワークに対応してきました。フレームワークや基準が乱立する中で、日本だけでなく海外の枠組みにも対応する必要があり、各社とも相当な負荷を抱えているのが実態です。このような状況から、「比較可能性の高い統一基準」が求められるようになりました。

歴史的に見ると、1990年代後半にGRIのレポーティングが始まり、その後、各種ガイドラインやフレームワークが生まれてきました。リーマンショック以降は、行き過ぎた短期志向への反省から、財務情報だけでなく、非財務情報も投資判断の重要な材料として位置づけられるようになっています。

そして2021年、COP26(第26回気候変動枠組条約締結国会議)の場で、IFRS(以下、IFRS)のもとにISSB(※4)が設立されたことが、大きな転換点となりました。これまで別々に動いていた各種フレームワークを整理しつつ、サステナビリティ情報についてもIFRSが国際基準(IFRS S1号、S2号)として示すことになったのです。

IFRSが目指しているのは、財務情報とサステナビリティ関連情報を統合的に開示し、企業価値をより的確に見える化することです。そのためにISSBがIFRSのサステナビリティ開示の国際基準(IFRS S1号、S2号)を策定し、日本ではこれらと整合的な日本版基準を開発するために、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)が設立されました。SSBJ基準は、いわば「日本の資本市場向けにローカライズされたIFRSのS基準」(※5)と位置付けることができます。

※4 ISSB(International Sustainability Standards Board)。IFRSの下部組織として2021年11月に発足した国際サステナビリティ基準審議会。企業のサステナビリティ情報開示の国際基準(IFRS S1号:サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般要求事項、S2号:気候関連開示)を策定している。
※5 IFRS S基準:ISSBが定めるサステナビリティ開示の国際基準。日本のSSBJ基準は、これらIFRS S基準と整合的に設計されている。

――SSBJ基準に基づく開示義務化によって、日本企業の経営にはどのような影響があると見ていますか。

大喜多氏:海外では、すでに多くの国や地域がISSBの企業のサステナビリティ情報開示の国際基準である、IFRS S1号、S2号を採用、あるいはそれに整合した基準を導入する方向で動いています。海外の競合他社と比較される場面が増える中で、投資家から見た企業価値を高めるには、同じ基準で強みや弱みを開示することが不可欠です。その意味で、SSBJ基準の義務化は、日本企業の情報を国際的に比較してもらうための「土俵づくり」とも言えます。

日本では、金融庁が示す方向性として、まず時価総額3兆円以上のプライム上場企業が2027年3月期からSSBJ基準の適用対象となることを皮切りに段階的に対象を広げていくことが検討されている一方、5,000億円未満のプライム企業については、適用時期や具体的な義務化の枠組みが現時点では確定していません。

ただし、すでに全上場企業は有価証券報告書で一定のサステナビリティ情報の開示を求められていること、また、将来的にSSBJ基準の適用対象がさらに拡大していく可能性が高いことを考えると、今から準備を始める企業とそうでない企業の差は、開いていくと思います。

課題となる「バリューチェーン全体での把握」。プロ人材が介入する意義とは

――2027年3月期以降のSSBJ基準に基づく開示スケジュールを見据え、企業はどのように準備を進めれば良いでしょうか。

大喜多氏:大事なのは、SSBJ基準による開示が何を意味するのかを経営陣が明確に理解することです。

従来の財務情報は、過去から現在までの業績やキャッシュフローを示すものでした。一方でSSBJ基準に基づくサステナビリティ関連財務情報は、将来のキャッシュフローに影響を与えるリスクと機会を、投資家が判断できる形で示す情報だと言えます。投資家は、企業がサステナビリティや人的資本などに真剣に取り組んでいるかを、その開示情報から読み取ろうとしています。

したがって、対象企業は「開示のための作業」としてではなく、将来の企業価値をどう説明するかという観点からロードマップを描く必要があります。これまで統合報告書やサステナビリティ報告書で開示してきた内容がある企業も多いと思いますが、SSBJ基準は、より高い水準と明確な要求事項を示しています。まずは、SSBJ基準が求める開示レベルと自社の現状とのギャップを洗い出すことが出発点になります。

――開示に向けた情報収集の面で、企業がつまずきやすい点があれば教えてください。

大喜多氏:実務上、課題になりやすいのがバリューチェーン全体の把握です。特に「気候関連開示基準」では、Scope1・2・3(※6)の温室効果ガス(GHG)排出量など、バリューチェーンを通じた影響を把握し、一定のルールに基づき開示することが求められます。

ところが、重要な仕入先や委託先があるにもかかわらず、バリューチェーン全体でどれくらいGHGを排出しているのか、まだ十分に把握できていない企業も少なくありません。「どこまで仕入先や協力会社にデータ提供を求めるのか」「どの程度の正確性、頻度で情報を集めるのか」といった基本方針の設計から悩まれているケースが多い印象です。

大手メーカーや商社の中には、仕入先各社にアンケートやテンプレートを配布し、GHG排出量や環境データの提供を依頼している企業もあります。ただ、仕入先側からすると、「どこまでの精度を求められているのか」「どのような前提で計算すればよいのか」が分かりにくく、対応に苦慮しているケースも少なくありません。

この両者の橋渡し役が重要になります。私はプロ人材として、大企業側だけでなく仕入先側の支援にも入り、必要に応じて双方の現場と対話しながら、バリューチェーン全体の実態把握に貢献することがあります。第三者が入ることで、双方の期待値や前提条件を整理しやすくなる場面は多いと感じています。

また、海外子会社からのデータ収集体制も大きな論点です。EUに一定規模の拠点を持つ企業の中には、CSRD対応(※7)などを通じ、既に欧州側でサステナビリティデータの収集や報告体制が整備されつつあるところもあります。一方、そうした体制がほとんどない海外拠点では、本社の要求する粒度とタイミングでデータを集めることが難しい場合も多いのが実情です。

連結決算が始まったときも、同じように本社と海外子会社との間のデータ連携で苦労した企業は多かったと思います。あのときと同様に、社内で共通フォーマットやルールを定めるなど、地道な整備がどうしても必要になるだろうと考えています。

※6 Scope1・2・3 温室効果ガス(GHG)排出量の算定区分。Scope1は自社の直接排出、Scope2は購入した電力等による間接排出、Scope3は原材料調達や物流、製品使用などバリューチェーン全体での間接排出を指す。
※7 CSRD(Corporate Sustainability Reporting Directive)は、EUが定めるサステナビリティ情報開示に関する法定報告指令と呼ばれる。EU域内企業や一定条件を満たす域外企業に対し、環境、社会、ガバナンス(ESG)に関する詳細な情報開示を義務づけている。

サステナビリティに取り組むことで、自社の将来的な可能性をアピールできる

――開示基準別の実践ポイントについても教えてください。特に重要な開示項目や、投資家の判断ポイントはどこになるのでしょうか。

大喜多氏:SSBJ基準は、IFRS S1号・S2号をベースに、日本企業にも分かりやすい形で再構成されています。具体的には、

●サステナビリティ開示ユニバーサル基準
「サステナビリティ開示基準の適用」
●サステナビリティ開示テーマ別基準第1号
「一般開示基準」
●サステナビリティ開示テーマ別基準第2号
「気候関連開示基準」

の3つで構成されています。

ユニバーサル基準は、サステナビリティ開示全体の考え方や基本ルールを定めるもので、その中でも投資家が特に重視しているのが「マテリアリティ(重要性)」です。

多くの企業が、従業員エンゲージメントや顧客満足度などを重要項目として挙げていますが、一般的なテーマにとどまっているケースも少なくありません。投資家が知りたいのは、その企業ならではの「どの課題に、なぜ、どの程度の優先度を置くのか」というストーリーです。

ここで注意したいのが、「マテリアリティ」と「マテリアル・イシュー(重要課題)」の違いです。一般的な用法として、マテリアリティ=重要課題と表現している企業も多いのですが、経済産業省などのガイダンスでは、マテリアリティは「自社を取り巻く課題の優先度を判断し、重要課題を特定するための尺度」と定義されています。重要課題そのものではなく、優先度をつけるための物差しだということです。

たとえば、「従業員エンゲージメントの向上」が重要課題だとします。その中で、「最優先で取り組むべきは、従業員の幸福度を高める施策である」と定義するのがマテリアリティです。このように、マテリアリティと重要課題を整理して示すことで、企業独自のストーリーが生まれ、他社との差別化につながります。

――「一般開示基準」や「気候関連開示基準」について、他社と差が出やすい部分や誤解されやすい部分があれば教えてください。

大喜多氏:両方の基準に共通して重要になるのは「リスクへの対応の質」です。気候変動などの影響をどう認識しているかだけでなく、そのリスクに対してどのようなリスクマネジメントを行い、どれだけ具体的に対応策を打っているのかが問われます。

リスクは、本来金額換算が可能なものです。たとえば、自社工場が沿岸部にあり、海面上昇や高潮によって将来的に5億円の損害が発生する可能性があるとします。このとき、防潮堤の整備などに1億円を投じることで、その損害を大幅に抑えられるのであれば、それがまさにリスクマネジメント投資です。

このように、想定されるリスクの規模と、それに対してどの程度の投資や対策を行うのかを定量的に示せている企業ほど、投資家から見た将来の財務価値が読み取りやすくなります。逆に、リスクへの対応が定性的な説明にとどまり、金額や具体的なプロセスが見えない企業は、どうしても投資判断がしづらくなるでしょう。

――今後、SSBJ基準による開示を「開示のための開示」に終わらせず、有効に活用するためにはどのような視点が必要でしょうか。

大喜多氏:サステナビリティに関する情報開示が、将来の業績やキャッシュフローに直結するという感覚を、まだ十分に持ち切れていない企業もあります。一方で、その重要性を理解し、自社の戦略や投資の方向性を丁寧に開示している企業も出てきています。投資家は、やはり後者に注目するでしょう。

企業側にとっても、SSBJ基準への対応は負担ではなく、メリットのある取り組みです。第一に、リスクと機会を体系的に洗い出し、定量的な評価まで行うことで、リスクマネジメントが強化されます。第二に、自社が持つ成長の可能性や、新たな事業機会を投資家に伝えるための「共通言語」を手に入れることにもなります。

サステナビリティへの取り組みは、社会的責任を果たすためだけの活動ではありません。SSBJ基準に沿って、リスクマネジメントや成長機会を金額ベースで示すことができれば、将来の企業価値を、より説得力を持って投資家に説明できるようになります。

私の感覚として、プライム企業の中ではすでに「サステナビリティに戦略的に取り組むことは、結果的に利益にもつながる」という理解が広がりつつあるように思います。こうした視点を持ち、実際の経営と開示に落とし込んでいけるかどうかが、これからの「選ばれる企業」の条件の一つになっていくのではないでしょうか。

【プロフィール】

株式会社 Future Vision 代表取締役 / 戦略デザイナー 大喜多 一範(おおきた・かずのり)
サステナビリティ経営/サステナビリティ・ブランディングのエキスパート。グローバル企業のマーケティング、CSR、CSV推進、サステナビリティ経営などに携わってきた経験をもとに、大手や中堅企業のサステナビリティ経営戦略の策定、TCFD、TNFDなどのフレームワークに基づく情報開示支援、サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)の推進を支援するなど、多くの企業のサステナビリティ体制構築や開示対応プロジェクトに携わってきた。環境省Green Value Chainネットワーク支援会員、EcoVadis認定トレーニングパートナー

まとめ

SSBJ基準に基づく開示義務化は、企業にとっての単なる追加作業ではありません。将来のキャッシュフローを左右するリスクと機会を投資家と共有し、長期的な企業価値について対話するための土台となるものです。

自社が定めるマテリアリティを事業戦略と強く結びつけ、財務インパクトやリスクマネジメントを金額ベースで示すことができれば、投資家からの評価は大きく変わる契機となりえます。また、自社だけでなくバリューチェーン全体を含めた情報収集と開示の体制を整えることが、これからの競争力強化にも直結していくでしょう。

とはいえ、社内のリソースだけでこうした対応を一気に進めるのは簡単ではありません。SSBJ基準やISSB基準に精通し、国内外の開示実務やサプライチェーンの実情も理解している外部人材を早期に巻き込むことで、準備期間を有効に使うことができるかもしれません。

SSBJ基準への対応を、単なるコストではなく自社の将来像を投資家に伝える絶好の機会と捉え、「HiPro Biz」のプロ人材の力を活用してみてはいかがでしょうか。

関連コラム

ページTOPへ戻る