「技術継承DX」でOJT頼みからの脱却。 属人化リスクを防ぎ、知を資産化する次の一手
2025年10月21日(火)掲載
技術継承は製造業にとって長年のテーマです。しかし近年は、従来から指摘されてきたノウハウの属人化に加え、労働力人口の減少による後継者不足や、OJTに偏った育成手法が現代のはたらき方に合わなくなっているなど、新たな課題が顕在化しています。さらに、主力を担うベテラン社員の定年退職も目前に迫り、経営リスクに直結しかねない状況です。
こうした中で注目されているのが、AIをはじめとした最新テクノロジーを活用し、技術伝承の仕組みを再設計する「技術継承DX」です。本記事では、生産技術領域で豊富な経験を持ち、現在は製造現場のDX支援を行うプロ人材の佐藤 賢一氏に、技術継承DXの具体的な進め方とポイントを伺いました。
■「まだ大丈夫」先送りにされる技術継承の課題
■技術継承DXで「本来の目的」に集中できるように
■ロードマップを描いたら「現場が興味を持てること」から始める
■DX推進の鍵は「若手とベテランの世代の違い」の理解
■まとめ
「まだ大丈夫」先送りにされる技術継承の課題

——現在の製造業における技術継承の現状について教えてください。そこにはどのような課題があるのでしょうか。
佐藤氏:労働力人口の減少や製造業のはたらき方の変化に伴い、本来であれば技術継承の仕組みを見直す必要がありますが、対応が遅れているのが現状です。
現場では50〜60代の社員が主導権を握っていることが多く、この世代はさらに上のベテラン社員から長い期間をかけて育成され、OJTでノウハウを身に付けてきました。ところが今は育成対象となる人材がそもそも不足していたり、せっかく育てても退職してしまったりします。育成の過程でも、働き方改革により残業時間が制限されるなど、従来のように時間をかけた指導も難しくなっています。
こうした現状に対して経営が方針を示せておらず、現場からは「どうすればいいかわからない」という戸惑いの声も耳にします。会社によって差はある前提ですが、「今はまだベテラン層が残っているから、急いで取り組まなくても大丈夫」と、技術継承の問題を先送りにするケースも少なくありません。
ただ、10年後には現在主力となっている世代が定年を迎えることを考えると、技術継承の問題は待ったなしで取り組むべき重要なテーマの一つと言えるでしょう。
——技術継承にDXを活用する発想はあるのでしょうか?
佐藤氏:ばらつきがあると思います。製造現場でのDXの必要性自体は広く共有されていますが、「DX=効率化や生産性向上」といった理解にとどまり、「技術継承や人材育成の課題をデジタルで解決する」という発想まで至っていない企業も多いです。
ペーパーレス化などを進めるものの、本質的な技術継承には結びついていないケースが多いですね。
技術継承DXで「本来の目的」に集中できるように
——技術継承のDXについて、具体的にどのような方法があるのか教えてください。
佐藤氏:代表的なのは、製造現場での「人が目視で検査し、判定する」作業の自動化です。カメラとAIを組み合わせて自動化すれば、ベテランの感覚をデータ化することも可能です。ベテランの技術をうまく継承できない原因の一つに「感覚的に行ってきたことを言語化できない」という問題がありましたが、今では動画解析や視線計測によって見える化できるようになっています。
以前はAI関連の設備投資には数千万円を超える予算が必要でしたが、近年はコストも大幅に下がり、手軽に導入できるものもあります。まずは調べて、安価な手段で試してみることをおすすめします。
——他にどのようなテクノロジー活用がありますか?
佐藤氏:生産計画や工程計画の作成の自動化が挙げられます。従来は経験をもとに人が計画を立てていましたが、ノウハウを伝承できる人が減る中で、工場の人員や設備を踏まえ、最適な計画やスケジュールを簡単に作成できる「生産スケジューラー」と呼ばれるシステム活用の導入の動きが広がっています。
製造する製品によって条件や生産工程が異なるため、初期設定や定期メンテナンスには工数がかかります。ただし、運用が軌道に乗れば誰が使っても一定の水準で計画が立てられるようになります。
また、部品や材料の調達や在庫管理もベテラン社員の属人的なノウハウに依存しているケースが多いですが、これもシステム上で在庫と計画データを結びつければ、必要な発注量を正確に算出できます。現状は生産管理部門が計画作成や調達業務にかなりの時間を割いていることが多いですが、この負担を軽減し、「安く、早く、高品質」な製品をつくるという本来の目的に注力した方がいい。そうした意識改革も必要だと思います。
ロードマップを描いたら「現場が興味を持てること」から始める
——技術継承のDX化を進めるにあたって、どのようにロードマップを描けばいいでしょうか。
佐藤氏:まずは数年先に「どんな製造現場を実現したいのか」という大きな絵を描き、それを踏まえた人材戦略を設計するのがよいと思います。
例えば、「8割出社しなければ工場が回らない」現状から「4割出社すれば回る」状態を目指すのであれば、実現に向けて「DXで置き換えられる領域」と「人が担うべき領域」を洗い出しましょう。前者については優先順位を付けて1カ月から半年単位で一つずつ対応し、着実に積み上げていく。後者の領域には人材配置を増やし、育成を集中して行ったり、給与水準を上げたりといった対策を打つなど、具体的にやるべきことが見えてきます。
なお、DXで最初に着手する施策は「すぐにできる」「安価にできる」「現場のメンバーが興味を持てる」という観点で、優先順位の高いものから選ぶことを推奨しています。日々の業務で手一杯になりがちな現場にとって、5年後、10年後を見据えた動きをするのは難しい面もあるので、現場の気持ちの負担が軽く、かつ関心を持てるものから取り組めるといいですね。
——現場が興味を持ちやすいDXには、どのようなものがありますか?
佐藤氏:ベテラン社員のノウハウのデータ化が挙げられます。まず「何を残したいか」を現場で洗い出し、取りかかりやすいテーマからデータ化を進めるといいと思います。
例えば、技術的なノウハウに限らず、創業時の理念や開発ストーリーといった、企業のカルチャーを形づくる無形の資産をデータとして残すことも非常に有意義です。その意味では、ベテランのノウハウをデータ化する過程そのものを楽しんでほしいですね。その人の知見が自社にとってどれだけ貴重か、逆に失えばどれだけリスクなのか、深く理解することに寄与します。
そうやってベテラン社員のノウハウを会社の資産として残し、「人に聞く」ではなく「会社のデータから引き出す」仕組みを整えていくと、社内ヘルプデスクや問い合わせ対応の効率化にもつながっていきます。
DX推進の鍵は「若手とベテランの世代の違い」の理解

——DXを進めるには、組織風土の変革も重要だと思います。現場の理解を得て、一緒に施策を推進するポイントは何でしょうか。
佐藤氏:まず世代間のギャップを認識することです。私は50代ですが、やはり最新テクノロジーを使う感覚は若い人の方が圧倒的に優れていると感じます。そこは若手社員に頼りましょうと、支援企業の経営層にもお伝えしていますね。
また、はたらき方の価値観にも世代による違いがあります。ベテラン社員は「若手は下積みを頑張るべき」と考えがちですが、今は一生同じ会社ではたらく時代ではなくなりつつあります。若いうちから成長できる環境を用意するなど、若手社員が自社で長くはたらき続けたいと思えるようなキャリアビジョンを示すことも大切でしょう。その意味でも、若手社員をDXプロジェクトのメンバーに入れるのは有効だと思います。
その際、若手社員が発言しやすい雰囲気を作ることが重要です。ベテラン社員がいる場で若手社員が発言しにくいケースがあることを理解する、経営層から若手社員に対して「もっと意見を言っていい」と積極的に伝えるなど、心理的安全性の確保に気を配ることが求められます。
——50〜60代のベテラン社員に対して、気をつけた方がよいことはありますか?
佐藤氏:ベテラン社員の中には「DXによって自分の仕事がなくなるのでは」という不安を持っている人がいることを理解した方がいいと思います。これまでやってきた仕事を否定されたように感じてしまうこともあるので、DXで実現したい理想の未来を共有しながら、「これまでの知見を頼りにしている」「次世代にノウハウを継ぐために協力してほしい」と、敬意を持って伝えることが大切です。そうすることで、若手社員がDXを推進し、ベテラン社員は自分たちが長年培ってきたノウハウを伝える役割を担うと、良い相乗効果が生まれることが期待できます。
その際、外部人材を頼るのも有効です。社内だけでは上下関係や利害関係によって意思統一が難しいこともありますが、外部人材はそういった力関係にとらわれません。私自身、社内でいくら言っても通らなかったことが、外部の視点が入ることで意思決定がスムーズになるケースを多く見てきました。
特に工場ではたらいていると、自分たちがやっていることが進んでいるのか、遅れているのか、見えにくいものです。だからこそ、外部人材に評価してもらったり、他社の事例を紹介してもらったりすることで納得感が得られることは多いと感じます。
——最後に、製造業で技術継承や人材育成を担当する人たちに、メッセージをお願いします。
佐藤氏:DXは楽しいことだとお伝えしたいですね。従来通りの仕事をやっている方が楽に思えるかもしれませんし、年齢を重ねると新しいことを覚えるのは確かに負担もあります。それでも挑戦し、成果を出したときに得られる達成感こそが仕事の本質だと思います。
特にDXは成果が見えやすく、たとえ失敗しても次に活かせます。まずは小さな取り組みからで十分ですので、最初の一歩を踏み出してほしいと思います。
【プロフィール】
佐藤 賢一(さとう・けんいち)
電機メーカーでグループ会社の物流、製造現場の生産統括責任者を経験後、機械メーカーのCDO(最高デジタル責任者)兼デジタル、AI事業部に就任。工場における加工自動化や、IoTフラットフォーム、AI、ARを活用したデジタルツイン構築など全社DXを責任者として推進。現在は、化学メーカーでDXを推進している。
まとめ
製造業の競争力を維持していく上で、OJT頼みの技術継承から脱却し、DXを活用して仕組みとして再設計することは重要な要素となります。属人化を解消し、若手とベテランの強みを活かしながら未来の人材戦略を描くことは、経営に直結する重要なテーマの一つです。一方で、自社だけで技術継承DXを推進するのは容易ではないケースもあります。ロードマップの設計から現場の合意形成、最新テクノロジーの導入など、幅広い専門知識と経験が求められることも多いでしょう。
「HiPro Biz」には、製造現場でのDXや人材育成に精通したプロ人材が多数登録しています。限られたリソースで成果を出すために、外部の知見を取り入れながら自社に最適な技術継承の仕組みづくりを進めてみてはいかがでしょうか。