「勘と経験と度胸」からの脱却が企業競争力を高める。人材育成のプロ人材が語るPM人材の不足に対応するフレームワークとは
2025年07月23日(水)掲載
複雑化するビジネス要件に対応するためには、一般的な管理スキルにとどまらない実践的な能力が求められます。これをどのように育成し、評価するかについて課題を抱える企業は少なくありません。この問題は単なる人材不足にとどまらず、企業のデジタル競争力に直結する経営課題となっています。
PMのプロジェクト管理スキル向上のために企業の状況に応じて、「フレームワークを設計し、それをベースにスキルの棚卸しを行う。それがPM人材の育成の第一歩です」
そう指摘するのは、DX支援などを行うMSOL Digitalで人材育成を行う宮田 寛子氏。これまでに数百人ものPM人材を育成し、過去には3年間でPMを2倍以上に増やした経験を持つ宮田氏が実践する、PM人材の育成及び評価の施策について聞きました。
■PM人材が不足する原因は「標準のない現場」にある
■「経験の棚卸し」→「育成」→「評価」→「PM登用」を有機的につなげる
■ 早期にPM経験を積むことで、潜在リスクへの感度を上げる
■「勘と経験と度胸」からの脱却が企業競争力を高める
■まとめ
PM人材が不足する原因は「標準のない現場」にある
——PM人材の不足に悩む日本企業は少なくありません。その背景には、どのような課題がありますか?
宮田氏:プロジェクトを勘と経験と度胸で乗り切る人が多く、せっかくの経験がスキルとして蓄積されていないことに、PM人材が不足する原因があると思います。会社がプロジェクトの進め方の作法を定めていないケースが散見され、PMは標準的な進め方がない中で、個人の過去の成功体験をベースにプロジェクトを進めてしまっているんです。
また、自社のPMがベンダーコントロールに終始してしまい、肝心のプロジェクトを推進する部分に携われていないケースも多いのではないでしょうか。
——PMの知見が属人化してしまい、再現性がなくなっている状況にあるのですね。
宮田氏:はい。一方、今は技術的な進歩が激しく、勘と経験と度胸だけでは対応できない局面が増えてきました。だからこそ標準を軸に持ちながら、さまざまな状況に対応できるPMの必要性が増しています。
そこで重要なのが、スキルの棚卸しです。大規模なシステム開発プロジェクトは減っていますが、中小規模のプロジェクトであってもPMとして経験を積むことは可能です。その経験を丁寧に棚卸しすることが、PM人材の不足を解消する第一歩になると考えます。
——どのように棚卸しをすればいいのでしょうか。
宮田氏:まずは「PMとしてどのように活動すればいいのか」の手本となるフレームワークを作成しましょう。参照すべきは「PMBOK®」や「i コンピテンシ ディクショナリ®」。こういった世界共通のプロジェクト管理の標準を踏まえてプロジェクトの立ち上げから終結まで進めるのが基本の考え方です。この二つを参考に、各局面においてPMがやるべきことをまずは60項目程度を目安に、網羅的に書き出していきます。
各項目の詳細は自社の考え方や仕組みに合わせて適宜カスタマイズし、完成したフレームワークに沿ってPMやPM候補に過去の経験を棚卸ししてもらいます。これによって各自が自分に足りないスキルや経験を把握でき、実際のプロジェクトに携わりながら自分のポジションに必要な部分を埋めていくことができます。
「経験の棚卸し」→「育成」→「評価」→「PM登用」を有機的につなげる
——宮田さんはこのフレームワークをどのように活用し、PM人材育成を進めていったのですか?
宮田氏:過去にSOMPOシステムズの人材育成部長として数百人のPM人材候補を育成した際は、「過去にどのような経験をしたのか」「それはどういう意図で行われたのか」「結果はどうだったのか」という3つの観点で、約60項目からなるフレームワークに則って各自に経験の棚卸しをしてもらいました。
その後はそれをもとに、各自が業務を通じて空白を埋めていく動きをしてもらいます。そうやってPMに必要なスキルを自ら考え、足りないスキルを身につける意識を持ってもらうことで、日々の現場で一人ひとりの成長を最大化することを重視していました。空いている項目を自分で埋めていく意識が高まるほど、成長は加速していきます。
——ゲーム感覚で空白になっている項目を埋めていきたくなりそうです。
宮田氏:レベルアップの道筋を示すという点では、まさにRPGを意識して作成しました。項目を埋めるのはエンジニアのコレクター精神が刺激される効果もあったと思います。
また、フレームワークは人事制度とも紐づけていました。本人にどの項目を埋めるか宣言してもらい、その達成度合いで評価をする。年1回の認定制度を設け、「60項目中40項目埋まればスペシャリスト、50項目ならエキスパート」など項目数に応じてランクを認定し、給与と連動させるのです。こういった施策はモチベーションを上げる意味でも効果的でした。
——施策を行った結果、PM人材はどのくらい増加しましたか?
宮田氏:2017年に施策を開始した当初、PMとして認定されたのは30人でしたが、2020年には80人まで増えました。PMとして認定されるには60項目中30項目をクリアする必要があるので、3年で2倍以上に増えたのは成果と言えると思います。PMを希望する人も増えました。
「PMのスキル」というざっくりしたものを一度に習得するのではなく、それを小分けにして一つ一つ積み重ねていく手法が功を奏しましたね。
——PM人材育成のために作成したフレームワークが評価や認定制度の軸となり、それがメンバーのモチベーションを上げ、各自の成長につながっていく。一石何鳥にも有効な施策ですね。
宮田氏:有機的につなげるのが重要です。というのも、フレームワーク導入以前に約200人を対象にPMP資格を取得してもらう施策を行ったことがあるのですが、単発で終わってしまったんです。机上でいくら勉強してもさほど意味はなく、お金だけかかって失敗した事例でした。
その反省から経験の棚卸しに力を入れ、育成、評価、PM登用までをつなげる意識が生まれたと思います。その方が結果的に楽でもありますね。
早期にPM経験を積むことで、潜在リスクへの感度を上げる
——フレームワークを運用する中で、注意すべき点はありますか?
宮田氏:PMに対して「現状はどうですか?」「困っていることはないですか?」とこちらから声をかけるようにしています。どのような課題があるのか、自身の言葉で話してもらうことで整理が進みますから。
一方、PM人材候補に対しては、「こういうプロジェクトに携わるとしたら、どのようなリスクがあると思いますか?」という質問をするようにしています。
——なぜリスクを聞くのでしょう?
宮田氏:今後は潜在的なリスクへの対処がPMの腕の見せ所になると見ているからです。
変化が激しい時代は、プロジェクトの最中にも技術動向が目まぐるしく変わっていきます。その分、プロジェクトの振れ幅も大きくなるでしょう。PMBOK®でいうところの「計画段階のアジリティをどう高めるか」がポイントになると思います。
そのような状況で、潜在的なリスクをどう見つけ出すか。ここに生成AIが対処するのは難しく、類似プロジェクトの事例や過去の経験値からPMが答えを導き出す必要がある。だからこそ、早いうちから潜在リスクに意識を向けてほしいと思っています。
同時に、早いうちから実践の機会を与えることも重要です。その一環として5〜10年たって初めてPMを経験するのではなく、1年目からPMを経験できる仕組みを導入しました。社内向けのシステム開発など失敗が許されるプロジェクトに新人だけをアサインし、フレームワークを元に足りない経験は何かを考えながら、PMを持ち回りで全員に経験してもらっています。
「勘と経験と度胸」からの脱却が企業競争力を高める
——フレームワークを作成し、制度と紐付け、運用に乗せるまでの過程には、どのような苦労がありましたか?
宮田氏:まずフレームワークを理解してもらうのに苦労しました。もともと勘と経験と度胸で仕事をしてきたわけですから、理解はしにくかったと思います。
ただ、自社の人材のスキルを可視化するのは重要であり、それができる施策だからこそ導入に至りました。どのプロジェクトに誰をアサインすればいいか分かるようになれば、プロジェクトの成功確率も上がります。導入後も各自が作成した棚卸しのシートは全て回収し、各項目を何人が埋めているのかなど、統計を出して報告していました。
フレームワークに対して「文章を読んでも難しいから書けない」という人も多かったですが、それに対しては講習を開き、それぞれの項目について「どういうシチュエーションで、何が起きた時に発動するスキルなのか」をみんなで解釈する時間を設けました。
私が作成したフレームワークが成功した理由の一つは、社内の共通言語になったからだと思います。現場から経営層まで、みんながフレームワークの言葉を使うことで、共通認識になっていきました。PMBOK®やi コンピテンシ ディクショナリ®の項目をそのまま持ってくるだけでは根付かないので、各項目の定義をじっくり考え、自社の言葉に翻訳し、自社の言葉で語ることが重要です。
ゼロからフレームワークをつくるには世界標準の知見が必要なので、60項目を抽出する工程は外部のコンサルタントに依頼するのも一つの手。ただし、それらを自社の言葉に置き換える作業は社内で対応するのがいいと感じます。現場の有識者に集まってもらい、ディスカッションするのもおすすめです。
——一方、「施策を整備しても、PMになりたがる人がいないかもしれない」と不安に思う企業も多そうです。
宮田氏:たしかに以前と比べて、PMになろうとする人は減少傾向にあると思います。火中の栗を拾うようなプロジェクトも多いですから、やりたがらない人が増えているかもしれません。
だからこそ、「プロジェクトは大変」というイメージを払拭し、PMの魅力を伝え、「やってみよう」と思う人を増やす活動も必要です。
大前提として、プロジェクトは万全な準備をすれば大変なことも減ります。フレームワークに全体像を整理し、「計画のフェーズ」を明記して準備の重要性を示す。そうすればプロジェクトはうまく進められることを伝えましょう。
何より、PMほど毎回の発見が大きい職種はないと感じます。基本的にプロジェクトは唯一無二の成果を生み出すために行うものであり、過去にない成果や事例にいち早く携われるのがPMの面白さ。定型業務ではないからこそ成長スピードも速く、自分を成長させるのに適しています。そういった魅力を周知する努力も同時に行えるといいですね。
——自社の作法を作ることがプロジェクトを円滑に進めることにつながり、それによってPMのイメージが向上していく。まさに有機的につながっていますね。
宮田氏:それぞれのプロジェクトには必ず意味があり、その成功は会社にとって非常に重要です。PMの責任は重大で、PMの判断一つで成否が分かれかねません。だからこそ、PMが何を拠り所にすれば適切な判断を下せるのか、理解していることが重要です。その一つがフレームワークです。
「育成=インプットさせる」と考えがちですが、一人ひとりが持っているものを最大限に活かしながら、本人がさらに努力して伸ばしていく状況をつくることに力点を置くのがPM人材の育成を担当するマネージャーの肝です。主役であるPM本人をどうやって輝かせるか、意識していただければと思います。
<プロフィール>
宮田寛子(みやた・ひろこ)
2000年に大手外資IT企業でエンジニアとして社会人をスタート。10年間、システム開発・基盤構築・運用・プロジェクトマネジメントを経験。 その後フリーランス、大手コンサルティングファームでコンサルタントとして活動。 研修会社での講師経験を経て、2015年にSOMPOシステムズに入社以来、全社の人材育成施策を整えるとともに、新入社員、2年目社員全員を部下に持ち、彼らと向き合いながら若手IT人財の育成にも尽力した。その取り組みが高く評価され、公益社団法人企業情報化協会のIT賞やHR総研のHRテクノロジー大賞(ラーニング部門優秀賞)を受賞。「人事マネジメント」を活かし、IT人材やDX人材・エンジニアの採用戦略立案、またIT人材の育成施策、人材のスキル定義、社員スキル可視化施策、教育体系策定、教育手法・研修カリキュラム策定の支援を行っている。現職、株式会社MSOL Digital。
まとめ
複雑化するビジネス環境において、経験豊富なPM人材がプロジェクト成功のカギを握ります。自社のPM人材の育成を進め、既存のPM人材の底上げをするためにも、プロジェクトの進め方の標準化が重要です。その設計には、世界標準の知見と現場経験の両方が欠かせません。加えて、自社の人材のスキルを可視化することも重要です。スキルが可視化されれば、どのプロジェクトに誰をアサインすべきか判断しやすくなり、プロジェクトの成功確率を高めることにもつながります。「HiPro Biz」にはプロジェクトマネジメント領域に精通し、育成や仕組みづくりの支援に強みを持つプロ人材が多数登録しています。自社の状況に合わせてPM育成を仕組み化したいとお考えの方は、ぜひ一度「HiPro Biz」へのご相談をご検討ください。