新規事業を成功させるためのオープンイノベーションと大企業のイノベーションのジレンマ
2020年08月06日(木)掲載
私は過去20年間にわたり、スタートアップの支援、特に大学等の研究成果の事業化に関わってきました。その中で、既に10年以上前からオープンイノベーションの必要性を唱え、実践してきました。このコラムではその経験から学んだ、大企業にとってのオープンイノベーションの必要性と課題について述べてみたいと思います。
大企業にとっての課題
ここ数年、多くの大企業がオープンイノベーションを重要テーマに掲げ、様々な取組みを実践していますが、なかなか成果に結びつかないという声をよく聞きます。それはなぜなのでしょうか。そこで改めてオープンイノベーションにおける大企業とスタートアップ側の課題についてあげてみましょう。
・大企業にとっての課題
1.オープンイノベーション人材がいない
2.オープンイノベーションのための、スタートアップ・コミュニティに入れる人材、仕組みがない
3. 情報へのアクセスが欠如している、また、その事実を認識していない。
4.目利きをする際、これまでの技術・経験をベースに判断し、3年先・5年先のイメージをベースに判断できない。また、過去にNGを出した技術に対してNGを出し続ける。その間に技術が進歩していても先入観で判断することが多い。
5.すぐにビジネスにつながるかどうかを重視し、本当の価値を評価しない。
6.まず資料で判断する。人に情報やネットワークがついてくることが理解できない。
7.有望案件を見つけたとしても、これを社内に取り込む仕組みやマネジメントの体制ができていない(イノベーション部門の人間が窓口になっても本業の中に取り込まなければオープンイノベーションとは言えない)。
8.本業に取り込めないため、スタートアップ側からの不信を買ってしまう。
9.意思決定が遅い。
10.自社の技術・能力・優位な部分を理解できていない
11.スキルのある人材が、有効に活用されていない
・スタートアップ・中小企業の課題
1.コア技術・サービス・アイデアはよくても、製品化もしくは売上げにつなげる点に大きな課題
2.事業成長のための経営・スキル人材の不足
3.マネジメント、開発、管理・総務、マーケティング、営業が不足
4.大企業の意思決定の仕組みがわからない
「大企業のジレンマ」というテーマを執筆するに際して、特に、大企業側の課題をあげてみました。このような課題にしっかり対処している企業も勿論ありますが、少数企業にとどまっているようで、事態はなかなか深刻でしょう。
新型コロナウイルス禍で起きたオープン化の波
新型コロナウイルスの蔓延により経済活動は大きく停滞し、企業業績にも悪影響がでています。その結果、スタートアップへの投資活動を控える企業が増えるのではと懸念されていますが、実は今こそチャンスの時です。その理由は2つあります。
1つ目の理由は、リモートで仕事をする人が増え、毎日会社にいては見えなかった景色が見えるようになった今、自社の外にどのようなサービスや技術があるか、更に身近に感じるようになったことです。また、テレビ会議やセミナーが増え、情報収集の機会は大きく増えています。ポスト・コロナの自社ビジネスをどのようにするかを考える必要に迫られている中、オープン化は避けて通れなくなっているのです。
そして2つ目は、バリュエーションです。ポスト・コロナではスタートアップの資金調達環境はかなり悪化していると見受けられます。したがって、今まで高いバリュエーション(株価)であったスタートアップにこれまでより有利な条件で投資できる、つまり手持ち資金が少なくても投資ができるようになると私は考えております。これは非常に大きなチャンスであると思います。2008年のリーマンショック時も世界経済は混乱しましたが、その前後に、現在私たちにとって身近であるサービスを生み出した某企業などが創業しています。現在、日本を代表するような有名な大手企業の中にも、戦後の混乱の中で生まれた企業が複数あります。そのため、2020年、2021年はヴィンテージ(ワイン用語で、いいワインが取れる年、つまり大きく成長するスタートアップが生まれ、将来的に大きくリターンを上げられる年)になると言われているのです。5年後10年後のビッグビジネスを見つけるチャンスなのです。
新規事業を成功させるためのオープンイノベーションとは
イノベーションは異文化の衝突から生まれると言われています。皆が同じ会社に何十年もいて、同じ環境で仕事をしていても革新的なイノベーションは起きません。カイゼン、品質向上、低価格化はできても、全く新しい価値創造は生まれてこないのです。また大学との共同研究をすれば成果が出ると考える人もいますが、大学の研究成果はあくまでシーズであり、冒頭のスタートアップの課題で述べたのと同様、尖った技術であっても製品化までは長い道のりとなり、すぐに成果は出ません。そこで必要となるのがスタートアップや中小企業との連携です。異文化、尖った技術を取り込み、これを製品化や事業化できる環境を一緒に作っていく、その際、彼らは出入りの業者ではなく、パートナーです。上下関係はありません。日本の大企業は、得てしてスタートアップや中小企業を出入りの業者と上から目線で捉えてしまうところがあるように私は思います。典型的なのが秘密保持契約や業務委託契約のドラフトの中身です。しかし今は、スタートアップや中小企業が大企業を選ぶ時代です。まずはこの点にしっかり留意しましょう。
成功させるために重要なポイントと課題
課題については冒頭で述べましたが、その他に私が思うことは、日本の大企業はイメージ力が弱いということです。新しい技術が出てきたときに、すぐ使えるのか、これはすぐビジネスになるのか、売上げはxxx億円以上になるのかということをよく言われます。自社の開発や製品の改良に具体的な課題がある場合は非常に早いのですが、パラダイムシフトが起きるような時にその向こうを見通して動けるか、これが圧倒的に弱いと思います。すぐビジネスになるということは、他の企業も取りに来るので札束の争いになり、高値掴みでビジネス的には失敗というケースが多いのも特徴です。まずは今後の方向性をある程度絞り、関連分野には小口で多くの投資や連携をしていきましょう。スタートアップへの投資に慣れる、投資先に社員を派遣してスタートアップ・コミュニティに慣れさせる、マネジメントの勉強をさせる、そのような地道な努力が必要です。オープンイノベーションに積極的な企業の中には、年間100件、つまり1週間に2件くらいのペースで投資をしている企業もあります。まずは小さく投資、そしてしばらくはお見合い期間、その後、そのスタートアップが自社にとって必要と思えば買収すればいいと私は思います。スタートアップには人も情報もついてくるので、仮に投資が失敗したとしても得るものはたくさんあるでしょう。
大企業のイノベーションのジレンマとは
次に重要な点は、自社のマネジメントを作り変える必要があるということです。多くの大企業は、これまでの事業が成功したために優良な大企業になっています。しかし、時として過去の成功体験は邪魔をします。そして、日本企業の多くは、終身雇用で管理職以上は数十年にわたり一緒に仕事をしてきた仲間で成り立っている場合が多いです。一方、イノベーションは異文化の衝突から生まれます。オープンイノベーションで、優秀な技術・サービスを取り込む、またはスタートアップを買収した場合、これを本業にどのようにして統合するかが一番重要です。M&Aの多くは失敗すると言われていますが、それは企業を買収した後、人材が逃げてしまうことが多くの要因でしょう。もちろん、契約条項で買収先の重要人材に対し、数年間の社内残留を義務付けることもできますが、それよりも取り込まれた企業側が居心地よく会社に残り、力を発揮してくれる、外から来た人間が上司になっても今までいた社員がやる気を失わないように統合(Integrate)できるかどうかがオープンイノベーションの鍵であると私は考えています。以前、翻訳した戦略の本によれば、某企業は買収した企業と買収された企業の統合(融合)を必ず半年以内で行うそうです。
これは日本企業にとっては難しいことであると思います。文化も宗教も言葉も食事も違う2人が結婚した場合を考えてみてください。愛し合っている2人は問題ないかもしれません。しかし、両方の家族も合わせてうまく付き合っていくことはそれなりの苦労が伴います。会社も同様です。技術もサービスも人についていきます。異なる文化や背景を持つ人をしっかり会社の中に取り込む、これは非常にレベルの高いマネジメント能力が必要です。海外の大企業は昔からこれを行ってきました。一方、日本は日本型成功モデルに安住し、内製主義を貫いてきたことが、今やオープンイノベーションの足かせになり、競争力低下を招いていると考えられます。
イノベーションのジレンマにおける解決策
今回の新型コロナウイルス騒動は、非常に大変な状況ではありますが、実はいい機会であるとも考えられます。先ほども書きましたが、会社というものに対する考え方、そして今までの価値観が変わっていきます。最初は昨今の報道にあるように、働き方改革や都心部のオフィスは不要という表面的なところから変わっていくでしょうが、徐々にマネジメントの仕組み、会社と社員、企業文化、働き方、副業、社外とのコラボレーション等々、何が一番いいのかとみんなが考えるようになると思います。その過程で、これからは避けて通れないオープンイノベーションにとって最適なマネジメント、つまりどのようにスタートアップや中小企業と付き合い、コミュニティに入り、その技術やサービス、ひいては会社を取り込み、それを自社の中に融合させるかというマネジメントのあり方に向かって自己変革していくのだと思います。仕事柄、このような話を大企業の幹部の方にさせていただく機会も増えましたが、今後、さらにその機会も増えていって欲しいと私は思っています。
もう1つの解決策は人のローテーションです。これは、日本の企業によくあるような人事のローテーションではありません。米国のエコシステムを見ていると面白いと思うところがあります。一例を挙げると、大学の研究者が自身の研究成果をベースに起業し、その後成功か失敗を経て、次はベンチャーキャピタルで投資担当をし、そこから投資先の社長になりIPOを行います。その後大学の研究者に戻り、製薬企業のスカウト(外部のネタを探してくる部署)を行う、つまりグルグルと循環するのです。研究者としてのレベルも、経営者としてのレベルも、大企業のオープンイノベーション担当としてのレベルも高いため、そのような人材が教授や学長や大企業の役員になり、あるいは審査機関やVCに所属する、そのようなローテーションが日本でも多く起きれば、更に大企業のオープンイノベーションも進むのではないかと思います。
まとめ
私は20年にわたり、大学等の研究成果の事業化やスタートアップの支援を行っています。その間、日本の大企業は徐々に凋落し、2020年6月に発表されたスイスのビジネススクールIMDによる世界競争力ランキングではバブル時代1位であった日本の順位は今や34位まで下がりました。 同調査によればその大きな理由は、政府効率とビジネス効率であると私は考えています。今回の新型コロナウイルス騒動にて、日本の行政のデジタル化が、特に先進国の中でも遅い点が指摘され、政府効率の低さが明らかになりました。そしてビジネス面についてですが、大学の研究成果をスタートアップが事業化し、これを大企業が取り入れて世界で勝負し、その経済的恩恵がまた研究やスタートアップ投資に向かうというエコシステムが確立されていれば、言い換えれば日本の大企業が従来から積極的にオープンイノベーションを実践できていれば、ここまで日本が凋落することはなかったのではないかと思っています。まさにイノベーションのジレンマであると私は思います。日本企業の多くは成功体験にこだわり、オープン化への方向転換が遅れていると感じますが、ここでようやく流れが来ました。日本の企業のオープンイノベーションによって、各企業の競争力向上や面白い技術・サービスの提供、新しい価値の創造につながるかどうかは、これからが正念場です。新型コロナウイルス騒動でも足を止めることなく、変わり続けて欲しいと私は思います。「生き残る種は強い種ではない、変化する種」なのです。
執筆者I.M氏
現在2社で代表執行社員と取締役を務める。その他、京都にてアクセラレータ運営、シリコンバレー・イスラエルを拠点とするグローバルベンチャーにてアドバイザー、NEDO技術員、JAXA s-boosterメンター、等を務める。大学等の研究成果の事業化と地域活性化を得意とする。