R&D部門の活性化で実現させるMOT 「つながり」をキーワードにした組織・人材マネジメントの考え方
2025年03月27日(木)掲載
企業の事業推進には自社資産の有効活用が欠かせませんが、昨今特にその重要性が高まっているのが「技術力」です。この技術力を会社の経営と成長に活かす技術経営(MOT:Management of Technology)視点の取り組みが注目されています。
今回は、このMOT導入や実践において豊富な知見をお持ちでパーソルキャリアが展開するプロフェッショナル人材の総合活用支援サービス「HiPro」にもプロ人材登録いただいている植村氏を監修に迎え、より実践的なMOTについて考えてみたいと思います。
■昨今のR&DにおけるMOTの役割と重要性
■R&D部門が抱えるテーママネジメントと組織・人材マネジメントの課題
■新規事業開発を阻むコンフォートゾーンからの脱却に必要な4つのポイント
■「強い組織」を実現させたR&D部門の実例
■MOTにおいて欠かせないイノベーター人材
■「つながり」をキーワードとしたMOTを促進するために
昨今のR&DにおけるMOTの役割と重要性

MOTとは、主に製造業がものづくりの過程で培ったノウハウや概念を経営学の立場から体系化したものです。MBAが「どのように効率的に経営するか(How to do)」という経営管理学的観点からの考えに対し、MOTは「どのような商品が必要とされるのか?どのような新たな研究開発の方向性を採用すべきか?(What to do)」といった観点から考えます。これからのモノづくり、価値づくりにおいて、MOTの考え方はそのベースとしてますます重要になってくるでしょう。
MOTをより理解する前段として、まず研究開発モデルの移り変わりを大きく以下4つの世代に分けて考えてみましょう。 それぞれは市場や顧客(ニーズ)と研究開発の立ち位置の変遷と捉えられます。
第1世代「リニアモデル(市場明確)」
顧客もニーズも明らかで、そのために必要な技術も明確であった世代第2世代「クラインモデル(市場発見)」
市場の観察からニーズを発見した世代第3世代「仮説修正モデル(市場実験)」
仮説を立てて実験し、ニーズを見極めた後に技術などを改変して市場を作り上げていった世代第4世代「インタラクティブモデル(市場共創)」
新規ニーズが見えづらい昨今、これらを経て顧客をサービス開発に巻き込むような共創的取り組みを行う世代
では、こうした時代における企業のR&D部門のミッションとは何なのでしょうか。R&D部門は、それぞれの時代の環境のもとで、常に将来の市場と顧客ニーズ、技術進化などを考え、新たな「価値」を創造することが大きなミッションです。
昨今ではR&D部門に対しての経営層の期待値も高まっています。コロナ禍以降は加速度的にビジネス環境が変化しており、先を見通すことが難しいVUCA時代であるといえます。それと同時に、商品やサービスは短期間でコモディティ化が進行しています。こうした中で「R&D部門から我が社のイノベーションを」と期待を寄せる経営者が増えています。
一方、R&D部門の生産性向上(ROI(Return on Investment〈投資対効果〉)は、経営上の重要な課題です。VUCAの時代においては、競争力と収益性の評価が益々求められます。この場合、売上や利益などの「直接効果」と、特許出願件数や技術開発件数などの「間接効果」の両面を見る必要があります。いずれにせよ、会社のビジョンや戦略との整合性や一貫性、未来に向けた「投資」と目先の利益を追求する「費用」の考え方について、各社独自の方針に沿った『物差し』を持つ必要が出てきます。
しかし、投資家から過度の利益重視を要求されると、ビジネスの枠組みはどうしても収益が見込める既存事業を軸としたものになりがちで、多くの企業ではイノベーションを促進する仕組みを構築しにくいのが現状です。従って、自社のコア技術の理解と磨き上げや新たな技術の開発、そしてそれらをいかに経営や事業貢献につなげるかなど、これまでより一歩踏み込んだ技術(経営)観点からマネジメントすることや、こうした思考と実践ができるMOT人材が、より一層必要とされるようになってきました。
R&D部門が抱えるテーママネジメントと組織・人材マネジメントの課題
先に示した研究開発モデルの変遷でいうと第3世代から第4世代に当てはまる昨今では、自社が顧客に提供できる価値とは何か、取り組むべき社会課題は何か、それらを収益に結びつけていくにはどうすればよいか、これらをMOTの観点から複合的に考える必要があります。
しかし、R&D部門や、部門を取り巻く環境にはいくつかの課題が存在します。一つは、イノベーションを促すテーママネジメント上の課題です。 新規事業創出には、社内で『イノベーションの卵』を多く育む必要がありますが、特に未知の分野のテーマは初期段階では評価ができないものであるにもかかわらず、早期にテーマを絞り込み、可能性の芽を早々に摘んでしまっている企業が少なくありません。その背景には、未知の新規分野では初期段階での評価ができないこと、開発担当者や上司の意見と評価に左右されすぎてしまう傾向などが考えられますが、だからこそ研究員の自主性と熱意、将来への可能性に、より重きを置いた考え方が必要になってくるのではないでしょうか。
もう一つは、組織や人材マネジメントにまつわる課題です。一部のケースとして、経営層が現状打破のため社内の危機感を煽るものの、現場が改革の必要性を実感できていないというケースも少なくありません。一方、社員一人ひとりは優秀であっても、日々の業務に追われ、変革のための行動に移れずにいる…という状況が常態化しがちです。 結果、慣習性(過去の慣習や考え方)をはじめ現状に対する根拠のない安心感やルール、成功体験などから抜け出せずにいる現状そのものがイノベーションをはばむ『壁』となり、結果的に将来視点でのMOTの進化と推進にブレーキがかかってしまうことも少なくありません。
だからこそ、VUCA時代においては過去の成功事例は通用しにくいものと捉え、未来に向けての挑戦と変化に対するアジャイルな対応が必要です。そのために重要なのは、自社独自のビジョンを描き社員に共有し、社員がそれらを理解し、自分ごととして納得させ、全員がワンチームとなって目指すべき方向へ進むことではないでしょうか。
新規事業開発を阻むコンフォートゾーンからの脱却に必要な4つのポイント
これからのMOTでは、人と組織の活性化は極めて重要な視点であり、企業および事業成長のKSF(成功要因)となります。では、組織や人材マネジメントの変革を起こすには、具体的にどのような考え方や要素が必要なのでしょうか。
先に述べた強い慣習性(コンフォートゾーン)からの脱却には、以下の4つのポイントがあると考えられます。
- トップの覚悟と自己開示
- 研究管理部門による『発散』と『集約』のマネジメントの実践と伴走・支援
- 軌道修正を前提とした『実行力』に拘ったマネジメントの実践
- ユニークな発想を活かす風土と仕組みの醸成
1.トップの覚悟と自己開示
メンバーに明確な戦略を提示し、全員で共有するためにはトップからの発信が必要です。重要なのはトップが『自分の言葉』で自らの思いと本気度、覚悟を語り続けるということです。例えば部門の責任者ならば、定期的に「(自分が)何を考えているのか」「この組織で何を実現したいのか」「そのためにどうしたいのか」を企業の方針や戦略と絡めて語り続けることで、メンバーからの積極的で忌憚のないフィードバックを獲得する契機にもなるでしょう。
2.研究管理部門による『発散』と『集約』のマネジメントの実践と伴走・支援
「まずはやってみよう」と、メンバーの士気を喚起するような、チャレンジ精神を後押しする言葉も時には必要です。 MOTにおいては、社内にいかにイノベーションの卵をたくさんつくるかが大きな鍵を握ります。だからこそ、R&Dのアーリ-ステージでは、出てきたアイデアや発想を過度にふるいにかけず、あくまでテーマ数を増やす=『発散』をさせることがマネジメントにおいてポイントになります。その後、検討が進み、開発ステージ以降になると、今度は逆に絞りこんだテーマを「確実に(製品や事業として)成功させる」ことが使命になるため、投資に対する採算性(ROI)も念頭に『集約』するマネジメントへと移行していきます。このような研究や開発ステージを意識したメリハリあるマネジメントが求められます。
3.軌道修正を前提とした『実行力』に拘ったマネジメントの実践
先の読めない、未知の新規事業開発においては、当初の計画通りに開発が進むことは滅多にありません。試行錯誤を繰り返しながら学び、不確実性を減らしていく過程の中で、「スケジュールが遅れてしまった」「計画にない」といったことにとらわれすぎず、トライアンドエラーを繰り返すのが当たり前という意識を持つことが重要であり、それを前提としたマネジメントが必要です。
4.ユニークな発想を活かす風土と仕組みの醸成
イノベーションの卵をつくるには、社員が自由にアイデアを出し合える環境が必要です。また単にアイデアを出すだけでなく、お互いに関心を寄せ合い、フィードバックをする土壌があってはじめて、社員のエッジのきいた個性の発揮、今までにないユニークなアイデアの創出やブラッシュアップにつながります。 従来の管理中心のマネジメントや事前調査偏重の方法論などは、無駄がなく効率的なアイデア出しには適していますが、これだけでは斬新かつ差別化した製品の創造にはつながりません。大事なのは、お互いを認め合い、誰もが発言し合える心理的安全性の担保といえるでしょう。
「強い組織」を実現させたR&D部門の実例
次に、上記4つのポイントを押さえ、MOTを実現させた事例を見てみましょう。ここでは某化粧品会社の新規事業担当部門における組織活性化事例をご紹介します。
取組みまでの経緯
同事業部は、本業である化粧品事業とは異なる新規事業を扱ってきた部署です。社内でも極めてエンゲージメントの高いチームでしたが、「今後は化粧品に注力する」という社の方針転換で全事業の撤退を余儀なくされます。チーム内の大幅な士気低下が危惧される中、撤退に向けたプロジェクトを粛々と推し進める必要がありました。
主な取組み
リーダーは「これまでの取り組みに誇りを持って、最後まで全うしよう」とメンバーへ鼓舞し続けながらプロジェクトを進行しました。その際、人材や組織マネジメントにおけるポイントとして、たとえば以下のような項目を心掛けました。
□トップの積極的な自己開示
メンバーの心の壁を取り払うには、トップの思考やパーソナリティをオープンにする必要があるため、これまでの自身のキャリアやビジョン、想い、普段考えていること、実現したいことをチームメンバーに積極的に語る。□トップの傾聴姿勢
若手の意見も最後まで粘り強く聞き、コメントすることで、誰もが忌憚なくアイデアを提案できる空気をつくる(それがひいては、仕事を任せることにもつながる)。□メンバー個々の意志・事情を尊重
個々の自己成長などの意欲を蔑ろにせず、メンバーが学びたいことをテーマに定期的に勉強会を実施。また、個々人のプライベートで抱える事情を受け入れ合い、お互いに助け合いながら自ら率先して代替しようとする姿勢を重視。その後
事業撤退という苦難な局面にも係わらず、メンバー各自が最高のパフォーマンスを発揮し、プロジェクトは無事完遂されました。夢半ばで手元の事業を手放すことになり、悔しい思い抱えながら粛々と事を進めるメンバーも少なくありませんでしたが、こうした心構えがあったことで、「これまでの仕事に誇りを持ち、自信をもって臨む姿勢を貫けた」と振り返るメンバーもいたそうです。一見、今回の事例は「事業からの撤退」という、新規事業開発とは真逆のシチュエーションのように見えますが、逆境の時にこそ組織の強さは際立つものかもしれません。彼らの心構えから、MOT導入やその実践におけるヒントを見出すこともできるのではないでしょうか。
ここから導き出されるキーワードは、「つながり」です。常日頃からトップとメンバーまたはメンバー同士がお互いを尊重し信頼し、かつ風通しの良いコミュニケーションがあったからこそ、逆境を目の当たりにしたチームがワンチームとして前進し続けることができました。 テクニカルな要素に関心が集まりがちなMOTですが、やはりそれを実践するのは人と人です。発信や傾聴や対話、意志尊重などお互いのつながりによって実現できる要素が必要不可欠であることがよくわかるエピソードでした。
MOTにおいて欠かせないイノベーター人材
MOTにおける人や組織の活性化を考える際には、鍵となる重要なキーパーソンが存在します。それが、新たなアイデアを生み出す素質を持つ「イノベーター人材」です。イノベーター人材は企業規模などによるものの、全社員の3〜5%程度といわれており、このイノベーター人材をいかに発掘し、活躍の場を用意できるかが、組織の活性化の肝となります。
では、具体的にイノベーター人材とはどのような素質を持った人材なのでしょうか。以下の4つの要素を満たしていることが、イノベーター人材の定義として考えられます。
- 志向性…新規事業に対する熱意、挑戦欲、未解決課題の解決欲、社会貢献欲など
- 資質…志向力、思考力(徹底的に考え抜く力)、試行力(試行錯誤を繰り返せる粘り強さ)
- 新規事業開発の経験…未知の世界への挑戦経験、乗り越えてきた苦難と失敗から学ぶ力
- 新規事業開発に必要なスキルや知識…既存事業とは異なるアジャイルなマネジメント力(失敗を恐れない)、チームビルディング力、外部とのネットワーク構築力など
これらの要素を満たすイノベーター人材は、将来のリーダーに相応しい人物といえるかもしれません。しかし、彼らはとかくマイノリティとなることが多く、また優秀な人材であるがゆえに、旧態依然とした組織やルールへの適応が難しい場合もあります。そのため、自身の力をより発揮できる場所を求めて転職を考えることも少なくありません。イノベーター人材を既存の組織構造や制度に無理に適応させないようにすること、また、こうした人材を能力面だけでなく、精神面や物理面でも多角的にフォローし、ケアすることも不可欠です。
「つながり」をキーワードとしたMOTを促進するために
いかがだったでしょうか。本記事では、MOT導入や実践に向けた組織や人材マネジメントの考え方についてまとめてきましたが、改めてキーワードとして掲げたいのが「つながり」です。 イノベーションは、一人で生み出すことは難しく、異なる視点や経験を持つ人々が交流することで生まれるものです。つまり、セレンディピティ(偶然の産物)は同質の思考や経験からは育まれにくく、新しいアイデアには多様な認知や解釈、意味形成が必要と考えられます。 この考えに基づけば、外部の人材を社内に取り入れることも一つの手段として挙げられるでしょう。従来の企業文化やルール、仕組みを見直し、新しい視点を取り入れることで、これらの人材を有効活用できるかどうかが競争力強化の源泉になるかもしれません。
「HiPro Biz」では、R&D部門においてさまざまな経験を積み、知見を有するプロ人材が多数登録しています。こうしたプロ人材であれば、支援企業の中でチームメンバーのようにコミュニケーションをしながら、部門や会社全体を客観的に見つめ「この会社から新規事業が生まれない理由は何か」「どのようなアドバイスをすればR&Dがより活性化するか」などを冷静な視点で判断し、ご支援することもできるでしょう。 自社のR&D部門の組織改革を進めたい、MOTを通じて事業をより推進させたいとお考えの企業担当者の方には、ぜひ「つながり」を重視した組織づくりの第一歩として、プロ人材の活用をご検討ください。
監修
植村 真樹 氏大手化粧品メーカーに入社後、同研究管理部やR&D戦略部に所属。総務室長を経て同社グループ企業の代表取締役社長に就任。その後も本社の事業部長や研究センター長などを歴任。日本化粧品技術者会東日本支部事務局長。社団法人企業研究会のR&Dマネジメント交流会議、同開発塾のコーディネーターなども兼務し現在に至る。