新事業・新ブランド立上げ時の体験的マーケティング論-消費者にどうプロモーションするべきか?-
2020年11月11日(水)掲載
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大企業でも中小企業でも、そしていつの時代でも、新事業・新ブランド・新商品の立上げは常に大きな課題です。本稿では、私自身が自ら体験(実践)した新商品・新ブランド立上げのポイントについて、主にマーケティング視点から述べようと思います。私は、精密機器、アパレル、スポーツ、寝具、そしてEC、リアル店舗で立上げを経験してきました。全く異なる複数業界での経験ですが、立上げに重要なポイントは共通しています。
今回は「立上げのため」の中でも、意外に出来ていないことが多いと感じる「なにを伝えるべきか」について触れてみたいと思います。一部、一般的な例も挙げていますが、ほとんどは私が自ら実践した内容です。
新ブランドの立ち上げ方法
まずは、ブランドの立ち上げの前に、ブランドを立ち上げる方法の要点に触れておきましょう。
ステップ①ブランドの市場を決める
まずは、ターゲット・ペルソナを決めることが最重要です。実際にどういうユーザーに届けたいのか、そのユーザー像を明確に示し言語化しましょう。ユーザーストーリーを明確に描くことも重要です。最近では、カスタマージャーニーという言葉も使いますが、サービスを知ってからどのようなプロセスを通して購買に至るのかを考えてみましょう。
ステップ②他社と差別化する
市場の中で生き残っていくには、差別化がとても大切なキーポイントです。自社の強みは何か、時にはSWOT分析のようなフレームワークを用いつつ、自社の優位性やコンセプトを決定します。
ステップ➂スモールスタートでPDCAを回す
以上を決定したらブランドとしてスタートすることが可能です。しかし、実際のところ、自社視点と消費者視点には大きな乖離が生まれてしまうことがほとんどです。例えば、自社では「●●のように売れると思っていた」と予測していても、実際はそうは売れない場合もあるでしょう。だからこそ、最初はスモールスタートでリスクを小さく、さらに改善点をブラッシュアップし続けることが必須です。
ステップ④拡散させる内容・チャネルを確立する
自社のブランディングが固まってきたら、新事業、新ブランドである限りは(既存事業でも同様ですが)、その良さを潜在顧客・市場に伝える必要があります。今はデジタルマーケティング全盛で、バズらせる、拡散させる、インフルエンサー、ターゲティング、DSP、MA等々の方法論が満ち満ちており、それらに長けた代理店さん(デジタルマーケティング会社さん)も沢山います。
狙ったターゲットにいかに効率よくメッセージを伝えるか。いかに効率良くコンバージョンさせるか。とても大事なことです。でもちょっと待ってください。これらは「伝えるための方法論」です。伝える方法論の前に、「伝えるべき内容(メッセージ)」はきちんと整理されていますでしょうか?情報発信をする前に、そもそも伝えるべき内容がしっかりと定まっていないと感じることがしばしばあります。
代理店さんは、伝える方法論を提供してくれますが、「伝えるべき内容(メッセージ)」はクライアントがしっかりと用意しなくてはいけません(そのフェイズから入り込んでくれる優秀なマーケティング会社も稀にありますが)。
このため、消費者に伝えるメッセージは自社できちんとブランディングする必要があります。
・ブランドを立ち上げるには、①市場を決め、②コンセプトや自社の優位性を決め、➂スモールスタートし、④消費者に伝えるメッセージやチャネルを考える、一連の流れが必要である。
新ブランドを伝えるときのよくある課題点
では、どのように伝える内容を決定すればいいのでしょうか?
技術の何が良いのか消費者に伝わらない
ありがちな例としてあるのが、「世界初の技術です」「世界一の性能です」「〇〇年の研究に基づいた画期的な商品です」「我社だけの独自技術です」「〇〇年続いた伝統の技です」。これらは全て作り手サイドの目線です。まさに”so what?(それで?)”ですね。つまり技術や技に興味のある人はともかく、普通の人からすると、「それで何が良いの?」となります。
伝統的な製造業に多いパターンです。最近ですと「最新のAIで~」「DXで~」というのもよく見ますね。
機能のみを訴求してしまっている
「技術」だけの訴求から一歩進んだ発信内容は「機能」です。例えば「吸汗速乾」。「汗を素早く吸い、さらに素早く乾かせる」という機能ですね。ここでは「世界初」や「独自技術」の説明はありません。優れた吸汗速乾を実現できた背景に技術はありますが、その技術によって実現された「機能(吸汗速乾)」が訴求されています。吸汗速乾を訴求する有名な商品としてはユニクロのエアリズム、スポーツウェアのアンダーアーマーなどがあります。私はいずれもマーケティングに関わっていました。
特殊な繊維やその編み方などの技術によって吸汗速乾という機能を実現しています。つまり「①技術→②機能」という関係ですね。ここの伝え方のポイントは、①ではなく②を訴求しているということです。
普通の人にとっては、技術の訴求よりは伝わりやすくなりました。しかし、まだ、消費者の心には響きません。
ベネフィットを伝えられていない
ところで、「吸汗速乾」と聞いた時に皆さんはどう感じますか、あるいはどんな場面を思い浮かべますか?外回りの多いビジネスパーソンなら、夏の暑い日に外を歩いて汗だくになったことを思い出して、「そんな時に汗がすぐに乾いてくれたら良いな」と思うかもしれません。子供の服を毎日洗濯しているお母さんは、「洗濯物がすぐ乾いてくれたらいいな」と思うかもしれません。
つまり吸汗速乾という「機能訴求」は、その情報を受け取った人に「自分にとってのベネフィット(便益)を自ら思いつく / 気付いてもらう」ことを期待しているということです。
※「便益(べんえき)」という言葉を見慣れない方もいらっしゃるかもしれませんが、マーケティングの世界で良く使われる言葉です。「ベネフィット(便益)」の説明だけでも原稿が一本書けるくらいなのですが、ここでは、「ユーザにとってのメリット、利益、恩恵」程度にバックリと理解してください。
例えばビジネスパーソン向けに「汗がすぐに乾いて外回りの時にも快適です」「夏の満員電車でもワイシャツがベトベトになりません」、お母さん向けに「部屋干しの時でも洗濯物がすぐに乾きます」と伝えたらどうでしょうか。ここでは吸汗速乾という「機能」ではなく、その機能がもたらす「ベネフィット」を直接的に伝えています。つまり、①でも②でもなく、③を訴求していることになります。
「①技術 → ②機能 → ③ベネフィット(便益)」同じ機能であっても、それがもたらすベネフィットは、人によって異なる(場合もある)ことも頭に入れておきたいですね。
このベネフィットを訴求できていないと、ユーザにとっては特に買う理由が見つからず、購買に至りにくくなります。しかし、このベネフィットをしっかり訴求できていると、きちんと消費者にメッセージを伝えることができるのです。
・技術や機能の素晴らしさはユーザーにとって関係のないもので、そこを訴求しても意味がない。
・ユーザーにとってのベネフィットを説明し、その機能がもたらす具体的なベネフィットをシーンなどを描きながら説くことで、きちんと消費者にメッセージを伝えることができる。
新ブランドの訴求方法の成功事例<①アンダーアーマーの場合>
スポーツ市場に旋風を巻き起こしたアンダーアーマーのコンプレッションインナー(体にぴったりと張り付いて吸汗速乾を実現するインナー)でもう少し考えてみましょう。
アンダーアーマーがターゲットとするアスリートにとっては、「吸汗速乾」というのはある意味非常に分かりやすい機能です。アスリートは誰しも汗をかきますし、それがパフォーマンスに及ぼす(悪)影響についてもよく分かっています。ではアンダーアーマーはアスリートに向かって「吸汗速乾」だけを伝えていれば良かったのでしょうか?
アンダーアーマーは、日本では15年ほど前からアメフト、野球のセグメントから普及し始めました。その後ゴルフ市場に進出した時のことです。当時アンダーアーマーはまだまだ知られておらず、ゴルフ市場での知名度はほぼゼロでした。
コンプレッションウェアの「機能」は、およそ以下の通りです。
・吸汗速乾
・伸縮性が極めて高い
・UV加工(日焼け防止)
知名度ゼロのブランドがこれらの機能を発信するだけでは、ゴルファーの興味を引き付け、まして購入していただくには全く不十分です。そこでポロシャツの下にコンプレッションインナーを着用することをゴルファーのベネフィットに落とし込み、以下のような訴求をしました(以下、当時のカタログからの抜粋)。
・インナーにアンダーアーマーを着用すれば、ポロシャツがべとつくこともない
・夏の不快感、ポロシャツを着替えるわずらわしさを一掃して、ゴルファーの集中力を妨げない
・日焼けによる疲労を抑制し最終ホールまでゴルファーのパフォーマンスを維持する
・ストレッチ素材により、スイング動作を一切阻害しない
・スイング時に気になる肩口のひっかかりも解消
おわかりいただけましたでしょうか。「機能」にも一部触れていますが、ポイントは「それがゴルファーにとってどういうベネフィットをもたらすか」に常に落とし込んでいることです。
・知名度ゼロの企業でも、機能ではなく、消費者のベネフィットを訴求したキャッチコピーをつけることで、きちんとモノを売ることができる。
・これが、アンダーアーマーの成功事例である。
新ブランドの訴求方法の成功事例<②例外の場合>
技術や機能ではなくベネフィットを訴求すべき、と強調してきましたが、技術、機能訴求が効果を持つ場合もあります。
商品の普及初期の頃は、「機能・性能(スペック)」を打ち出すだけで十分なことがしばしばあります。例えば初期のデジタルカメラ。メーカーは「画素数〇〇〇万!」というだけで事足りました。当時は撮像素子が日進月歩で、次々に高い画素数のカメラが市場に投入されていました。この場合は、「高い画素数=きれいな映像が撮れる(ベネフィット)」とユーザも分かっているので、余計な説明はせずに、シンプルかつストレートに画素数を強調すれば良かったのです。
かつて私が担当していたPC周辺機器の記憶装置も同じでした。「世界最速。〇〇rpm!(rpmとは、ディスク回転数です。回転数が速ければ速いほどデータの読み書きスピードが速くなります)」。「世界最速 = 高いrpm = データの読み書きが早い」。記憶装置は、安全性は当然の前提として、最大のベネフィットは「データを早く読み書きできること」でしたので、「世界最速」を強調すれば十分でしたし、余計なことを言わずにストレートに伝えるのが最も効果的でした。
かつての自動車もそうでした。エンジン性能や新技術を謳うことで、「この車は最新技術で速く走れる」ことを伝えました。「速く走れる = かっこいい」というベネフィットだったのです(速く走れるから目的地に早く着ける、というベネフィットではありません)。
これらの機能・性能訴求の際にそれを強調するのが「技術」です。「A社独自の最新技術〇〇で世界最速のrpmを実現!」「B社最新技術の〇〇を搭載し、〇〇エンジンを実現!」といった使い方です。
「①技術 → ②機能 → ③ベネフィット(便益)」
つまり、②を最大の訴求ポイントとして、その②を強調するために①を使うということですね。
今の自動車のCMで、エンジン性能などを訴求しているものはほとんどありません。例えばファミリー向けの自動車のCMは、「楽しく遊ぶ家族」の風景です。ここには機能・技術訴求は一切ありません。訴求されているのは、「家族で出かけて楽しい休日を全員で楽しめる」というベネフィットです。出かけた先での遊びのシーンなどが際立っていて、もはや「(家族の楽しい)ドライブ」というベネフィットですらありません。
つまり、商品のライフサイクル、ユーザ層の変化、社会の変化、商品のポジショニング、などによって、伝えるべき内容が、機能や技術であったり、ベネフィットであったりするのです。
・状況によっては、技術や機能が効果的な場合もあり、例えば、カメラの場合は画素数だけで十分なキャッチコピーになる。
まとめ
本稿のテーマである「伝えるべき内容」は、新事業、新ブランド立上げに限らず、既存事業でも大事なのですが、特に新事業、新ブランドの場合は、「まだ誰も知らない」状態から始まるために、特に重要になります。
大事なのは、自社商品、自社サービスの「技術→機能→ベネフィット」の関係を良く理解すること。特にユーザにとっての「ベネフィット」を徹底的に考え抜くこと。その上で、誰に向けて、どのようなシチュエーションで、何を、どのように訴求すべきか、を整理しておくことです。
技術や機能の訴求を否定するものではありません。文脈として技術や機能を訴求することが効果的な場面もあります。ベネフィットを強調するために技術を持ち出す場合もあります。そのためにも、「技術→機能→ベネフィット」の関係を良く整理しておくことが大事なのです。
なお本稿ではサラッと「伝える相手」「ユーザ」「ターゲット」などと書きましたが、「ベネフィット」を考える前に、実は「誰に向けて」の設定が大変重要になります。ターゲットは広い場合もありますし狭い(少数)場合もあります。書いてしまえば当たり前なのですが、「誰に、どのようなベネフィットによって、購入していただけるのか」を考え抜くことです。
本稿が皆様にとってなんらかのヒントとなれば幸いです。もし、マーケティングやブランディングに課題を感じる場合は、HiPro Bizなどに在籍している経営プロ人材に頼る選択肢を考えてみてください。例えば、私であれば、本稿で説明したブランディング戦略に携わってきたため、経験からのアドバイスができます。自社にない、外部からの客観的な視点を取利入れることは非常に大切です。特にマーケティング戦略においてはどれだけ売れるかが大きく左右されるので、ぜひ外部知見を頼ることをおすすめします。
執筆者H.T氏
コンサルタント。セミナー講師。事業立上げ、マーケティング、経営企画。複数業界で立上げを主導。オリンパス初のPC周辺機器を1年半で売上350倍。EC黎明期にユニクロのECを年商75億。アンダーアーマーを無名ブランドからスポーツブランドトップ8に。エアウィーヴを寝具のトップブランドに。