《後編》経営層が心掛けるべき4つの視点 ―コロナ禍をきっかけに激変する社会・ビジネス環境―
2020年10月19日(月)掲載
ビジネス環境の変化を考える切り口
《前編》では、筆者の コロナ禍での生活スタイルと購買行動について「言語化」し、そこから筆者自身の購買行動における価値観を切り出してみました。また、その価値観を優先順位付けしてみました。ここを基点に、小売市場を中心としたB2Cビジネスを例に取り、さらに考察を進めてみます。
まずは、「言語化」と価値観の優先順位付けを探る作業自体が、B2Cビジネスに関するさまざまなテーマ(切り口)を考えるきっかけを与えてくれます。たとえば、次のようなテーマ(切り口)です。
― ショッピングの諸要素(体験、購買・決済、受領・配送など)とそれぞれの動向
― ショッピングにおいて何を優先するか(コスト、利便性、体験、安全など)とその優先順位および価値観の変化
― マーケティングでは古典となっている「マズローの欲求5段階説」と、EC時代における購買行動の近年の理論
― EC vs リアル店舗、近年の米国における“メガEC vs メガ小売りチェーン”の対決に通ずる要素
― ECが向かう方向性(例:ニューリテール、D2C、OMOなど)
― リアル店舗が向かう方向性(例:モノを売らない店舗、RaaS、OMO、物流拠点化など)
― 商品需給とサプライチェーン、今後の方向性(例、製造業の国内回帰、越境EC、物流革命など)
― デジタル(データドリブン)マーケティング vs アナログの巻き返し(例、人との触れあい・コミュニケーション)
― SDGs、環境保護へのさらなる意識の高まりと商品・サービスへの反映
― 結局、コロナ禍をきっかけに変わってきていることは何か
まだまだ切り口はあるのですが、実は上記の例だけでもB2Cビジネス環境を取り巻く多くの論点を含んでおり、何冊もの本を書くテーマが見つかります。ただし、この短いコラムでそれぞれを論じることは無理ですので、ここでは一つだけ取り上げてみます。それは、最後に例示した「結局、このコロナ禍で変わってきていることは何か?」という切り口です。
コロナ禍で本当は何が変わってきているのか
さて、《前編》を読まれて、実際に「言語化」の作業を試された方は、ご自身の生活スタイル、購買意識や行動に関するメモを読み返してみてください。
ここで質問です。
この中で、コロナ禍に直接起因し生まれた、まったく新しい消費者向けの製品やサービス、ビジネスモデルはどのようなものでしょうか。そもそもそのようなものはあるでしょうか。
一つひとつ見ていくと、実は、まったく新しいものなどほとんど何もないことに気づきませんか。筆者の例でいうと、せいぜい近くの複数のレストランが、今までは行っていなかったデリバリーサービスをはじめたことくらいでしょう。ただこれも、たとえばピザの宅配は昔からありましたし、そもそも蕎麦屋の出前は大昔から存在していました。
製品に関しては、ワクチンの例を引き合いに出すまでもなく、開発から市場への導入までには一般的に年単位の時間がかかるため、まだ市場に表れていないというのが正確なところでしょう。たとえば、コロナウイルスを除去する機能を持ち、除去性能に関して第三者認証を受けた家庭向けの空気清浄機などが考えられます。
世の中が大きく変わったように見えるのは、どうやら新製品やサービス、新しいビジネスモデルが出現してきたからではないようです。とすると、本当に変わったのは、私たちの意識であり、それによって変容を余儀なくされ受け入れていった行動様式ということになると筆者は考えています。ところが、筆者自身の価値観の不等式を もう一度見直してみると、この価値観はコロナ禍以前であっても、ほぼ同じだったのではないかとも思えてきます。皆さんはいかがでしょうか。
コロナ禍に直接起因する潜在的な新製品は別として、それ以外の今ある製品、サービス、ビジネスモデルは、コロナ禍に関係なく以前から、あるいは技術の進化で5G通信システムのように最近、社会実装されたものです。また消費者の価値観もコロナ禍よりも以前から持っていたものだと仮定すると、本当に変わったのは極端に言えば、私たちの行動だけになります。ただ、行動には必ずそれを引き起こす原動力が必要です。
第3の視点 「“洞察者”の視点」
私たちの行動は、無意識・意識それぞれのレベルで大きな制約を受けています。それは、法規制であり、社会やビジネス慣習、企業や組織の行動規範、そして空気のようなそれでいて大きな影響を与える「世間の常識」、またはそれぞれの置かれた家庭環境、個人の性格など本当に多くの要因により影響を受けています。
それらの目に見えない枠組みの中で、私たちは自身の価値観に基づいて普段行動しています。そのように見ると、本当に変わったのは、モノとしての製品や付随するサービスやビジネスモデルではなく、私たちの以前から持っていた価値観でもなく、その外側にあって私たちを覆っている目に見えない規範や常識の方であったということにあらためて気づかされます。端的な例は、仕事は会社に出勤せずに在宅を基本とするという働き方のルールがかわった点、また購買行動でいえば、店舗などでの“3密を避ける”という新たなルールができた点を挙げることができます。
つまり、コロナ禍により社会の規範や常識が変わったことで、私たちの行動がそれにつれて変化し、さらに本来持っていた自身の価値観を表現する機会や“場”が大きく変わってきたという因果関係を見出すことができるでしょう。
結果、今まで自身の価値観に合っているものの、社会的な“目”を意識してあまり利用しなかったり、知ってはいたけれども後回しにしていたり、さらにはそもそも気づかなかった“すでにそこにある”あるいは“最新の“サービスなどを利用する機会が多くなり、逆に、今までよく利用していた製品やサービスを利用する機会が減っただけなのです。たとえば、オンライン会議システムは前者、満員の通勤電車は後者になります。
製品などのモノや、サービス、ビジネスモデルについて言えば、これらの最近の変化は、コロナ禍前から、たとえば技術革新の流れの中ですでに始まっており、コロナ禍によってその変化が急速に加速した、というのが正確な解釈ではないでしょうか。
急速に加速したのは、社会やビジネス面でのDX化や、それによって可能となる柔軟な働き方など、一般的に諸外国に比べて日本は遅れていると言われていた分野が目立ちます。その意味では、コロナ禍が私たちにつきつける影響は決してマイナスな側面だけではないようです。まるで黒船による外圧のような印象を受けます。
さて、《前編》で見てきた「言語化」の作業と、そこから導き出した価値観に関する不等式から、一つの切り口を与えることで考察を深めていく一つの例をご紹介しました。もちろん、この考察はあくまでも仮説です。ただ、ここで重要なのは、このような切り口に気づき、興味を持って自社の環境に近いテーマを抽出し、深堀していく洞察者としての視点を経営層の方々にもぜひ持っていただきたいと思います。
このような考察を行うことで、ビジネスを取り巻く日々の変化を本質から捉える視点が養われます。また、新規事業開発に携わる皆さまにとっては、取り組むべきテーマを洞察(インサイト)するプロセスは、プロジェクトの初期段階での重要なタスクです。
以上が第3の視点、「“洞察者”の視点」です。
新規事業開発に応用する際のポイント
次に、企業が、このような社会の変化の中、自社の新規事業開発にどのようにこれらの視点を応用することができるかをお話しします。
まずは、現在を、過去から未来に向けて続いていく変化の中に位置付ける第1の視点「“マクロ環境”を俯瞰する視点」がベースになります。 ものごとには、すべてライフサイクルが存在します。頭の中に、新規事業開発テーマに関連する市場に関して、ライフサイクルのグラフを思い描いておくことで、この視点をイメージ化することができます。
つまり、このトレンドは、今、導入から成長、成熟、そして衰退に向かうライフサイクル上のどこに位置付けられるのかについて、世の中の客観的な動きを観察し、例えば先行する海外市場についても広く情報収集することで単なる思い付きではない現状分析が可能になります。
次に生活者・消費者の視点です。特に消費者向けの製品やサービスの開発、マーケティングにおいては、ターゲットとする消費者像(いわゆる「ペルソナ」)を設定することが多いのですが、購買層の平均的な像という設定では、いくらその平均像の属性を積み重ねたところで、そしてそのペルソナを取り巻くストーリーを組み立てたところで、往々にして誰かに似ているようで、結局、誰でもない人になってしまいがちです。そして、そのようなペルソナには感情が湧き起こってきません。“感情”は、人が何かに共感するためには最低限必要な条件なのにもかかわらずです。
自社製品・サービスにとっての、本当のターゲットとは、自分も含めた生身の人間であり、自分と近しい人々、友人、知人や生活を共にする 家族のことであるというシンプルな真実を、この2番目の「生活者・消費者の視点」が教えてくれます。新製品開発やマーケティング、プロモーション企画立案の際には、「ペルソナ」を頭で考えるよりは、自分自身、あるいは自分の周りの誰かを直接あてはめて、具体的に名前を与え、人格を持たせることで、より活発に感情が動き、結果、共感を呼ぶ製品開発やマーケティング施策につながります。そしてその起点になるのが、自分自身が生活者・消費者であるという視点なのです。自分自身が、今を生きる“生活者・消費者”であると意識できれば、かならず地に足がついた戦略や施策につながります。
その次の洞察者の視点は、たとえば、今テーマに挙がっている新規事業や新規製品を市場に投入するべきタイミングはいつなのか、を考える視点でもあります。タイミングが合えば、すぐに成長軌道に乗せることができる確率が高まります。一方で、タイミングを間違えると、どれだけポテンシャルのある製品・サービスでも往々にして苦戦し、資金力が続かなければそのまま撤退を余儀なくされます。それほどに、上梓のタイミングは新製品・サービスの命運を左右します。
この洞察者の視点で、さまざまな事象をとらえる複数の異なった切り口を明確化し、その切り口で事象を要素分解し、あらたな仮説に基づいて再構成するなどの分析作業を行うことで、より深く事象を理解することが可能になります。事象の理解が深まれば、結果として、市場投入に関しては、よりふさわしいタイミングをとらえることができる確率が高まります。“確率”という言葉を使うのは、ここまでしてもやはり人間にとって未来を完全に予測しきることはできないからです。
第4の視点 「“SDGs”の視点」
現象としての未来を予測することはできませんが、現在、私たちにはあらたな統合された視点が示されています。それが、第4の視点である「“SDGs”の視点」です。SDGsに関しても、前述の先進技術の市場投入と同じようにコロナ禍とは関係なく、昨年から今年にかけて日本のビジネス社会における認知度が高まってきていますので、ここではSDGsとは何かという説明は省きます。
ただ、一言でいうと、SDGsは、この地球上で人類が生きてい行く限り、国境やイデオロギーを超えて推し進めていかなければならない 目標とゴールだ、ということです。その一つひとつの目標とゴールについては、私たちの価値観が良心に基づいている限り、基本的には重なるものでしょう。
現在のコロナ禍は、DX化、Society 5.0、Industry 4.0といった私たちを取り巻く社会や産業において、その流れを加速させているだけではなく、SDGsに対する人々の意識向上と具体的な行動を加速的に高めているという側面もあります。
日本においては、過去からのさまざまな伝統的な規範や慣習、常識の枠組みによって、私たちの行動は大きな影響を受け、ほぼ無意識のうちに制約を受けているとお話ししました。コロナ禍によって、そのような規範や慣習が今、大きく変わり始めています。それにより、本来、自分たちの価値観に沿っているSDGsの本質的な方向性に、私たちの意識も同調し、具体的な行動へと踏み出す基盤が整いつつあるのです。ESG投資に向けた具体的な評価指標の設定と市場導入などの試みが、その基盤整備の具体的な例です。
このような背景から、これからの新規事業開発のみならず、すべての企業活動は、この「SDGsの視点」を常に意識し、指針として行動することが必要であると筆者は考えています。企業が、社会と、そしてこの地球環境と共存共栄していくためには不可欠であるからです。おそらく、数年もすればSDGsという言葉自体はバズワード化してしまうでしょう。しかしながら、SDGsの本質の部分はこれから長期にわたって企業活動に明確な方向性を与えてくれます。
そのような意味でいえば、SDGsは、不確実性が常であるこのビジネス社会において、珍しく世界規模で長期的な方向性を示してくれている稀有な視点、あるいは“枠組み(フレームワーク)”なのです。その価値の有効性は、特にこれから社会の中枢で活躍していくミレニアル世代が共通して持つといわれる価値観や行動様式とも合致していることからも担保されていると考えられます。
コロナ禍をきっかけに大きく変化する社会・ビジネス環境に対して、先に見てきた3つの視点に、この第4の「“SDGs”の視点」も取り入れることで、企業にとって次に進むべき方向性や、さらに具体的な新規事業開発の方向性が見えてくるでしょう。
さいごに
コロナ禍によって大きく変わったのは、モノとしての製品やサービスやビジネスモデルでもなく、人々の本来持っていた価値観でもありません。それは社会やビジネスといった大きな枠組みを規定する規範や慣習、常識である、という仮説を立ててみました。 そして、社会やビジネスの枠組みが変わったために、私たちの元々持っていた価値観を表現する制約が取り払われ、そしてあらたな機会が現れ、結果として私たちの行動も変わってきているのだという因果関係も言語化してみました。
人は変化に対しては、警戒心を抱く生き物です。コロナ禍という社会が大きく変わるきっかけを与えられ、それにつれて“少しずつ”新しい行動に慣れつつあるというのが今の状況なのではないでしょうか。ちょうど同じようなタイミングで、デジタル技術の目覚ましい成果が市場に表れ、その技術革新を基に新しい社会や産業構想が提唱され、さらにはSDGsのような全世界的な取り組みが日本においてもようやく認知されつつある時期に、たまたまコロナ禍が重なり、私たちは行動の変革を余儀なくされています。ただ見方を変えると、そのどれもが、私たちの本来持っていた、あるいは感じていた価値観に新しい表現方法を与えてくれるものでもあるのです。
このような、コロナ禍を超えた、さらに深い歴史の流れの底流部分からの変化にこそ、特に企業経営者そして経営層は意識を集中し、さらにはこれを企業変革の、そして新規事業開発の大きなチャンスと捉えるべきであると筆者は考え 、弊社のコンサルティングにおいても日々経営層の方々にお伝えしております。
執筆者T.O氏
資源・素材業界に入社、一貫して海外事業に携わる。事業体制確立、新規市場展開、現法経営等、本社、海外拠点において様々な職務を経験。独立後は新規事業開発コンサルタントとして、国内外においてのべ100件超の新規プロジェクト参画実績を有する。FBP-フォーカス・ビジネスプロデュース代表。