ノーコード・ローコードによる「内製化」の“壁”を越える。DX推進に必要な人材戦略と3ステップ

システム

2025年11月11日(火)掲載

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DX推進の流れが加速しだした2018~9年頃から、急速に注目を集めるようになったキーワードのひとつが、「ノーコード・ローコード開発」。これまで多くの費用と時間を費やしてきたシステム開発・アプリ開発が内製化できるとあって、多くの企業のIT部門や経営層が期待を寄せてきました。しかし、これまでこうした内製化は必ずしも思い通りには進まない側面もありました。「本格的な内製化の成功事例は限定的」という声も聞かれます。
しかし、「こうした状況も、この2〜3年で大きく変わりつつある」と、自らローコード開発の定着を支援するスタートアップを立ち上げた文山 泰汎氏は言います。今まで、ノーコード・ローコードツールの浸透を阻んでいた要因は何なのか、今、ようやく本格的に機能し出したのはなぜなのか、また、今後的確にノーコード・ローコード開発を進めていくためには、何が必要なのか。「HiPro Biz」にもプロ人材としてご登録いただいている文山氏に、お話を伺いました。

ノーコード・ローコード開発 導入・浸透フェーズの課題

ノーコード・ローコード開発の導入は、なぜ思うように進まないのか。これまで多くの企業で共有されてきた課題感を整理してみましょう。

「ツールを導入しても、社内で活用されていない」

主な要因は2つあります。ひとつは、IT部門の想定するゴールが“ツールの導入”になりやすいということ。多くの企業のIT部門では、リソースが限られていることから、すべての業務に手が回らないのが現状です。要件を定義し、設計し、開発し、導入。当然、その後の運用に向けて研修や教育も行いますが、どうしても一時的なものになりがちで、継続的に確認していくことが難しいのが実情です。
もうひとつの要因、それは最近のノーコード・ローコードで開発するアプリ・システムはいわゆるNice-to-Haveなものが多い、ということ。これまでは、たとえば経費精算システムのように業務運用上使わざるを得ないものが多かったのに対し、最近は、使えば効率は上がるが必ずしも使わなくても業務は回る、というものが多くなっています。そのため、従来のような発想での研修や普及策では効果が上がりにくい傾向にあります。

「活用率を高めたいけれども何をすればいいのかわからない」

活用を促進するノウハウがない。これも要因は2つ。ひとつは、社内にノーコード・ローコードに関する十分な知見がない、ということ。もちろん、ノーコード・ローコードのみを専門にしているわけではないため、知見が十分にない場合があるのも無理からぬことでしょう。

「活用率を高めるための施策を行う人材がいない」

リソースがない。これまで挙げてきた理由と重複しますが、そもそも社内にIT人材が不足しているため、外注で開発するチームを充実させるほうを優先せざるを得ない場合があります。したがって、社内に内製化のための人材がいない、という状況になってしまうことが多いです。
このリソースの課題が特に重要であり、多くの課題に関連していると考えることもできます。

内製化を推進する3レイヤーの人材戦略

率先して普及を推進する人(エバンジェリスト)を配置する

内製化推進のためのリソースの課題には、3つのレイヤーがあります。まず、エバンジェリスト、つまり先頭に立って普及を促す人たちが重要になります。新しいツールを、ただ全員に使ってくださいといっても、なかなか使い始めるのは難しいのが現状です。しかし中には、こうした新しいツール、ノーコード・ローコードツールに興味を持ち、積極的に使いたいと思っている人たちがいます。この人たちが、現場で使いこなしているのを見て、周囲の人たちも次第に興味を持ち始めます。IT部門の方に「使ってください」と言われるよりも、現場で使いこなしている身近な人に勧められた方が、同じ目線でエンゲージメントできるという効果があります。

現場でモチベーションの高い人たちを巻き込む

次は、現場の中でモチベーションの高い人たち。前述した通り、トップダウンで「新しいツールを使ってください、研修を受けてください」といってもなかなかうまくいきません。現場では、業務時間の隙間を使ってツールの習得を進めることになるので、それなりに労力が要ります。そこで、モチベーションの高い人たちをしっかりピックアップして、集中的に伸ばしてあげることが必要です。

伴走する人材を配置して、市民開発を支援できる体制を構築する

彼らに伴走する人材の存在は重要です。たとえモチベーションが高い人材であっても、彼らが自然にツールを使い始め、使いこなせるようになるというのは難しいかもしれません。ノーコード・ローコードによる内製化を進めていくために、社内の認知策をしっかりと進めながら、一般ユーザーの方をしっかりと技術フォローする体制が重要になります。

ステップごとの人事戦略と外部人材活用の可能性

こうした人事戦略は、社内のリソースだけで対応することが難しい場合、フェーズに合わせて外部から専門人材を調達することも視野に入れて構築することが推奨されます。内製化を推進する3レイヤーを増やしていくステップを見ていきましょう。

Step1 ムーブメントをつくる

まず、ムーブメントを作る。社内で利活用できる人材を増やす、ユースケースをつくる、そしてそこからムーブメントをつくっていくことが重要です。そのためには、まずは社内のITグループに推進者を立ててもらう、あるいは、外部から知見とノウハウを持った人材を登用することが有効な手段となります。

Step2 ムーブメントを広げる

ムーブメントができたら、次のステップではそれをさらに広げていくステップになります。たとえば、社内の利活用者が50〜100人程度だったものを、300人、500人、1000人という規模に広げていく。そうなると、単純に外部人材をさらに増やすのはコストの面で負担になります。外部人材を中央管理として維持しながら、現場サイドに知見のある人材を配置したり、プロジェクトチームを設けて各現場とのコミュニケーションをとりながら、技術伴走する人たちが求められます。
そうした人材を、ムーブメントをつくりながら育成することができれば、彼らがその後、現場の結節点になるでしょう。もしも、その時点でそうした人材が不足していたり、十分なカルチャーが出来上がっていなかったら、さらにそこで外部のプロ人材を登用することも選択肢の一つとなるでしょう。

Step3 仕組み化・定着化する

ムーブメントをつくり、広げていったら、次のステップは定着化です。ここまでは、どちらかというと技術、コミュニケーション、あるいはプロジェクト運営が主でしたが、定着化のためには制度・仕組みの構築・運営が重要であり、そのために社内の評価、採用、表彰などの制度を整備していくことになります。ここではDXよりも人事のノウハウが必要になるので、より人事的な観点を持ったプロ人材を登用することで、社内のルール化、定着化が進むでしょう。

中長期的視野の必要性と課題

ノーコード・ローコードによる内製化を推進する施策について、ここまで戦略的な人材配置、外部人材登用について言及してきましたが、ここではもうひとつ、中長期的な戦略の重要性を指摘しておきましょう。

ゴールを決めて中長期的視野で推進する

先ほど、ムーブメントをつくる、広げる、定着化する、というステップについて解説しましたが、これを時系列で見ていくと、それぞれ半年から1年程度はかかることになります。つまりトータル1年半から2~3年は要する取り組みとなるので、中長期的な戦略をしっかり練った上で、それぞれに必要な体制を順次調整していく期待値を持つことが重要です。短期的な結果を期待してしまうと、結局は投資に見合うだけのムーブメントを作れていないと評価されてしまうことになりかねません。
もちろん、2〜3年はかかるといっても途中で何も成果が見えないということではありません。ある部署ではこんなアプリができた、などと個々の成果はその都度見えてくるでしょう。しかし、従業員が数千〜数万人規模のエンタープライズ企業の場合、すべての部署でノーコード・ローコードツールを使いこなせるようになるには、相応の時間がかかると認識しておくことが望ましいでしょう。
また、最終的なゴールを明確にしておくことも大切です。たとえば、10名のチームで1~2名がノーコード・ローコード開発ができて、使える、あるいは企画できる、という状態であれば、その他の人たちは作れなくても十分に効果が期待できると判断して良いでしょう。必ずしも、すべての従業員による開発(市民開発)を広げることにこだわる必要はないと考えられます。

市民開発が進むうえで発生する課題

課題1:野良アプリの蔓延

こうした中長期的な視野に立った時に直面する課題についても、ここで少し触れておきましょう。冒頭で導入フェーズでの課題感を3つ挙げましたが(活用されない、ノウハウがない、リソースがない)、普及フェーズでの課題は、大きく2つです。
ひとつは、普及の過程で、作りかけのアプリや、作ることはできたけれども運用されない〝野良アプリ〟的なものが蔓延してしまうリスクがあります。そうなると、不要なデータ、不要なアプリが社内に分散してしまい、会社として必要のないデータも大量に蓄積されることになります。それがストレージを圧迫したり、ライセンスを圧迫したりすることになりかねません。

課題2:属人化・ブラックボックス化

もうひとつは、各ユーザーがアプリを開発するので、ブラックボックス化してしまう、という課題があります。その担当者がノウハウの引き継ぎができずに異動してしまった場合、アプリの利用が止まったり、使えなくなってしまったりします。こうしたリスクをはらんでいるのも、ノーコード・ローコード開発の特徴ではあります。
ノーコード・ローコードツールは、攻めすぎても、逆に守りに入りすぎても価値を発揮できない場合があるため、そのバランスが大切になってきます。
とは言え、このバランスに決まった答えはないので、導入に際しては、その背景を踏まえた上で、適切なルール整備をすることが大切です。現行踏襲型の高いセキュリティレベルに固執せず、その逆に現行ルールを無視した特別ルールでもない。適切な効果が見込める範囲で各自がセキュリティガバナンスを担保することが求められるでしょう。こうしたルールを整備するのも、社内の知見だけでは難しく、第三者の視点が必要であれば、外部のプロ人材を導入するという方法もあります。

内製化の今後と求められる人材

内製化から「AIがつくる」時代へ

今後、こうした内製化は急速に進んでいくでしょう。その要因のひとつが生成AIの普及です。これまで思うように普及しなかったノーコード・ローコードツールが、ここ2〜3年で再び注目を集めているのは、生成AIの登場で、内製化時に発生する技術課題(エラーなど)をユーザー自身が生成AIを活用して自己解決できるようになったことが大きいと考えられます。今ではもう、内製化が当たり前、というよりも、むしろAIがアプリを作っていくという時代になってきています。

これからの人材に求められる3つのリテラシー

そんな時代に、人材に求められるリテラシーは3つあります。
1つ目は、AIのリテラシーです。AIがアプリを作り、AIがモニタリングし、管理する、という世界に慣れてくれば、AIを有効に活用するためのリテラシーは、今後ますます重要になると考えられます。
2つ目は、セキュリティのリテラシーです。AIがなんでもできてしまう世界で人が中央管理する際に、最も重要なリテラシーはセキュリティに関するものになるだろうと考えられます。
3つ目は、業務プロセスに組み込むリテラシーです。AIによって、個人でより複雑なアプリが作れるようになれば、その複雑なアプリを業務プロセスの中に組み込んでいく、より高度なリテラシーも求められることになるでしょう。
いずれにせよ、AIによって内製化が加速することにより、人材戦略の重要度もまたさらに増していくことになるでしょう。

【今回お話を伺ったプロ人材】

株式会社Low Code 代表 文山 泰汎氏
株式会社リンクアンドモチベーションにて、IT企画/戦略立案に従事したのち、日本マイクロソフト株式会社 クラウド&AIソリューション本部 テクニカルスペシャリストとして、自動車/金融/不動産業界の大手企業向けに技術支援を担当。現在は株式会社Low Codeを設立し、Microsoft製品を導入している企業を対象に生成AIやローコードツールの活用〜定着支援を提供している。

まとめ

AI技術の進化により、ノーコード・ローコードツールによるシステム・アプリ開発は急速に浸透しつつあります。しかし同時に、導入、浸透が思うように進まない企業も多く、特にプロジェクトを推進する人材の不足は大きな課題となっています。内製化を成功に導くためには、事業フェーズに応じた戦略的な人材戦略が重要な要素となります。また、設定したゴールに向かって中長期的な視野を持ち、一つひとつ課題を解決していくことが成功の鍵と言えるでしょう。そのためには、AIやセキュリティなど幅広い分野の、高度なリテラシーが求められます。内製化の達成に向けて優秀なPM人材を確保するために、社内の知見だけでなく、プロ人材の活用もまた有力な選択肢となるでしょう。

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