医療・ヘルスケア領域の新規事業を立ち上げる際に重要な2つのKとは
2020年05月20日(水)掲載
はじめに
医療・ヘルスケア分野という分野は、一部を除いて、基本的に規制業種であり、外の世界からは見えづらいものです。私はこの世界に30年以上、学生時代を含めれば40年間この世界にいます。ある程度はこの分野の基礎がありますが、それでも感じることは、ヘルスケアビジネスはその幅が広く、かつ深く掘ればいくらでも掘れそうであるということです。実際、業界の中の人として生きていても、専門分野の隣の世界はなかなか見えないほど分かりにくいものです。とはいえ、この仕事は人類の福祉に直接的に役立つので、仕事をしていてもやりがいを肌で感じることができます。恐らく、多くの企業がこの分野に出てくるのも、人類の役に立つ企業活動に価値をみいだしているのだろうと思います。
最初のK(KOL)
そこで頼りにしたい存在が、最初のKです。KOL(キーオピニオンリーダー)です。医療やヘルスケアの世界は、他の業界以上にKOLの影響力が大きいものです。しかし、企業とKOLの関係は微妙なものです。また、KOLとの付き合い方や活用法によって、最高の成果を得られる場合もありますが、逆に「こんなはずではなかった」という憂き目に遭う場合もあります。
KOLの役割と特徴
例えば、この分野に最初に入る企業にとっては、KOLは業界羅針盤として映るはずです。この分野では不可視な医療の常識がたくさんあります。そして、同じ医療といっても、医薬品、医療機器、化粧品、再生医療の分野で微妙にKOLがすみ分けられています。逆にいえば、これらの分野は相互の行き来がない分野です。
KOL活用がうまくいかない事例
全国的に有名なKOLの先生の手ほどきを受けながら開発された製品がありました。その製品は最新技術を駆使したもので、たしかに一見「売れそう」だと思うのですが、実は落とし穴がありました。それは、有名なKOLの先生が欲しがるもの(=KOLニーズ)が必ずしも全国的(全世界的)なニーズではなかったということです。もし、KOLニーズがKOLの先生個人の思い(夢)だったとすれば、全国的には売れないか、売りづらい製品となってしまいます。そうなると、何億円ものお金、数年の開発期間をかけた企業努力は無駄になります。このような話が医療関連のビジネスには本当に多いものです。
うまくKOLを機能させるにはどうするか
いきなり有名な先生と組んで大きな夢を語る前に、冷静に社内外のリソースを使って市場分析を行うべきであると私は考えています。その上で、事業のフェーズごと、地域ごと、細分化された技術分野ごとにKOLの先生とお付き合いすべきでしょう。何より大事なことは、KOLの先生は主人公ではなく、あくまでわき役です。主人公は企業であるということです。
私が過去に在籍した企業では、KOLの先生を組織化して、アドバイザー委員会のようなものを作っていました。そこでは、ユーザーサイド(大手病院や検査センターなどエンドユーザー代表のようなお立場)のKOL、基盤技術のKOL、製品設計に強いKOL、臨床試験に強いKOL、リスクマネジメントに強いKOL、学会や当局対応に強いKOLなど様々な角度でいつでも相談できる体制をとっておりました。同時に、地方のKOLネットワークも構築しておりました。これは医療用医薬品や高度管理医療機器の企業では当たり前の体制ですが、例えば、異業種参入企業は、ぜひともこのような組織的KOL活用を取り入れてはいかがでしょうか。
2つ目のK
いわゆる新規事業開発の2つ目のKは、KFS(Key Factor for Success) のKですが、教科書的なことではなく、見落としがちなところのみを記します。
KOLの先生の意見を幅広く、できるだけ偏りなく聞ける体制があったとしても、それだけで医療・ヘルスケアビジネスが動くと考えるのは虫が良すぎます。この世界は、決してブルーオーシャンの世界ではありません。もちろん、ビジネスを立ち上げるときにはブルーオーシャンのニッチ、それも将来性のあるニッチを探し出します。しかし、いろいろな企業様との仕事を行うときに、これは大事だと感じることは、やはり、全世界的な規制と商習慣を広く深く知るべきだろうということです。最初に市場参入する国が日本とは限りません。
何より市場と規制をよく知ること
上述のごとく、正しい意味でのKOLとのお付き合いは当然です。KOLをうまく機能させることで、臨床試験を含む設計開発段階は順調に動きます。ただし、KOLの先生の多くは、売れる価格帯を考慮しない場合も多くありますま。だからこそ、ユーザーサイドのKOLの先生にご参画いただくのですが、それでも多数の市場セグメントを見通したKOLは残念ながら世界中を探しても存在しないでしょう。
そこで市場と規制をよく知る活動を行うことになります。このような場合、私のような人間を使う場合もありますし、シンクタンクへお願いする場合もあります。うまく両方を使い分けると効果的ですし、経済的です。いずれにせよ、できるだけ最初の段階はお金を出すことをしぶることなく、しっかりと時間とお金、人手をかけるべきです。そこを怠ると、次に述べるような悲劇につながる可能性が高くなります。
売れない製品ができてくる
医療機器や診断薬関係でよく起きるトラブルですが、作った製品が高すぎて売れないというものです。いわゆる医療にかかわる製品の多くは薬機法(医薬品医療機器等法、以下、薬機法)の規制にかかるものですが、これらは医療保険償還対象です。つまり保険点数(検査点数、保険償還価格)が定まっているのですが、そこを考慮しない無謀な開発費をかけてしまった時に起きる悲劇が、「高くて売れない」という現象です。最初に考えるべきことは、対象製品の医療保険上の取扱いです。
そして、その製品をだれが使うか。これは診断薬で起きることですが、クリニックや中小病院、大病院、大手の検査センター、中小の専門検査センター、検診センターのそれぞれに売れる価格帯が、同じ製品であっても全く異なるというものです。もちろん、製品の形態で大まかに売り先は事前に分かるのですが、綿密な顧客分析ができていないと、やはり「高くて売れない」という憂き目に遭いやすいでしょう。
実は流通経路も規制がある
医療にかかる製品の多くでは、メーカー(製造販売業者)と卸売業者の明確な市場活動の役割分担があります。基本的にメーカーは学術宣伝に特化し、卸売業者は製品のデリバリーや、価格交渉から代金回収、在庫という分担が行われています。 また、卸売業者にも様々なところがあるので、うまくお付き合いしつつ、卸売業者の強みを製品の販売にいかす販売戦略が重要です。この話は流通段階でのマージン戦略という側面もあります。医療関連製品は卸売業者とのタイアップで行うということを忘れてはなりません。
ヘルスケアと規制品目
薬機法にある「医薬品、医療機器等」の定義では、疾病の予防、診断と治療に資するものという記載があります。 最初に製品設計をする際に、そもそも対象とする疾病はなにかということを明確にします。ここが不明確であると、医療機器開発のつもりでは、医療機器ではないものであったということになります。
また、その逆もあります。そうなると開発計画も事業計画も最初から考え直しになります。
まだ他にも考えるべきことは多々ありますが、私が業務を通じてよく聞かれる話をもとに記した2つのKでした。
執筆者M.S氏
再生医療、創薬支援、医療機器、体外診断薬分野にて、薬事、設計開発、事業開発、臨床開発を経験。
また化学業界の大手企業にてヘルスケア事業再構築も経験。
2007年から2014年まで医薬品・医療機器業界の企業にて取締役を務める。
2014年からコンサルティング会社の代表を務める。