日本企業のIR体制整備が「二極化」?投資家別のIR活動ポイントと注意点を解説
2025年09月24日(水)掲載
2025年7月、東京証券取引所は上場企業のIR体制整備を義務化し、「資本コストを意識した経営」のさらなる強化を促しました。なぜ今、上場企業にIR体制の強化が求められているのでしょうか。また、日本企業のこれまでのIRはどのような状況にあったのでしょうか。
今後、上場企業に求められる取り組みについて、現在は公益社団法人日本監査役協会委員などを務める一方、プロ人材でもある渡邉 豊太氏にお話を伺いました。
■違反時にはペナルティも? IR体制整備はなぜ義務化されるのか
■IR体制の整備では「想定する投資家像」が重要なポイントに
■IR活動では投資家からの「実力以上の過大評価」も警戒する必要がある
■まとめ
違反時にはペナルティも? IR体制整備はなぜ義務化されるのか

――まず、IR体制整備義務化の概要についてご説明いただけますか。
渡邉氏:今回の東証によるIR体制整備義務化は、コーポレートガバナンス報告書(以下、CG報告書)に、自社のIR体制の整備状況を記載することを義務づけるものです。具体的には、CG報告書の「IRに関する活動状況」において、「IRに関する部署(担当者)の設置」の欄を必ず表示し、補足説明欄にIRに関する責任者(担当役員など)、部署、担当者や窓口などを記載します。
ただし、IR担当役員やIRの専門部署、専任担当者の設置を義務づけるものではなく、具体的な体制は、企業の規模や株主構成を踏まえて各社で検討することが重要だとされています。つまり、義務化の対象は限定的であり、各企業の自主的なIRの実効性向上が目的です。
――違反による罰則などのペナルティはあるのでしょうか。
渡邉氏:「公表措置等の実効性確保措置の対象」となる場合があります。「公表措置」とは、たとえば開示された情報の内容に虚偽があり、なおかつ上場規則に違反した旨の公表が必要であると認められた場合に、東証から公表情報として一斉連絡(開示)されるものです。今後、CG報告書に記載されたIR体制が事実と異なれば、公表措置の対象となる可能性があります。公表措置がどのような基準で適用されるかは明らかではありませんが、いずれにせよ、不名誉な扱いとなることは間違いないでしょう。
――IR体制整備が義務化される社会的な背景は何なのでしょうか。
渡邉氏:上場企業は、個人投資家を含む、一般投資家が株式市場で自由に売買できる株式を発行している会社です。そのため、上場企業はさまざまな情報を開示する義務があり、広く投資家への説明責任を負っています。
しかし、以前から、その説明責任に極めて消極的な企業が少なくありません。「IR体制が十分ではないので、株主との個別面談には原則として対応していない」や「IRは担当部が主管しており、経営陣による説明会や個別面談は実施しない」といった対応が典型的な事例です。こうした事例に対し、IR体制に関する説明、担当役員などの責任者の表記を求めることで、改善を促していると考えられます。
IR体制の整備では「想定する投資家像」が重要なポイントに
――現在、日本の上場企業のIR体制の整備状況をどのように見られていますか。
渡邉氏:端的に言えば、「二極化している」と考えています。約30年間で、日本における統合報告書や非財務情報の開示、投資家向けの説明資料などの整備は非常に進んでいます。しかし、そうしたIR活動に積極的に臨んでいる上場企業は、全体のうちごく一部と言わざるを得ません。日本企業の多くは「横並び」の意識が強く、それがIR活動の積極的な実施を妨げてきた面があるように思います。しかし、そうした意識はますます是正が求められるはずです。
――今後、日本企業はどのようにIR体制を整備するとよいのでしょうか。
渡邉氏:一口にIR活動といっても、企業の規模によって性質が異なります。特に大きな要因は投資家のプロフィールです。想定する相手が個人投資家、大口投資家、国内機関投資家、海外投資家のいずれであるかによって、IR活動の内容や整備する必要がある体制も大きく異なります。
たとえば、想定するのが個人投資家であれば「会社のどのような点を広くアピールするのか」がポイントになります。個人投資家の場合、投資先となる会社が取扱う商品やサービスそのものに興味があって投資をしているケースが多いと考えられますが、配当などの還元内容、企業理念にも共感してもらうなど、「会社のファンをつくっていく」という意識を原点に活動することになるでしょう。
また、大口個人投資家、ヘッジファンドを想定するのであれば、自社への投資のどこに妙味があるか、どの程度割安なのか、将来的な成長が十分に見込める蓋然性がいかに高いかなどをアピールすることになります。
一方で、投資金額が大きい国内機関投資家であれば、投資の合理性をより強調することになるでしょう。機関投資家は、企業の評価を算定するフォーマットを保持していることが多く、そのフォーマット上で評価される数値説明を意識することが重要です。
さらに、海外機関投資家であれば、上場企業として外せない銘柄であり続けることを意識する必要があるでしょう。開示規制や統合報告書での記載事項が整っているのはもちろん、今後の成長期待や自社の存在理由についてストーリー性のある説明が求められます。
――IR体制の整備強化により、どのようなメリットが期待できますか。
渡邉氏:これについても、投資家のプロフィールによってメリットの質が異なります。
個人投資家、大口投資家、ヘッジファンドを主に想定する企業の場合は、株価の安定が期待できるでしょう。一般的に、これらの投資家を想定する企業の場合は、時価総額がそれほど大きくなく、流通株式が限定的であるケースが多いです。そのため、より多くの一般投資家のファンを獲得することで、株価の大幅な変動を抑え、安定した経営が実現できます。
また、国内機関投資家を想定する企業の場合、投資家に自社の魅力を訴求できれば、業界内でのポジションの上昇などが期待できます。国内機関投資家は、その業界に一定の知識と関心を持ち、業界動向や主要各社の特徴も理解しています。そのため、そうした投資家の関心を惹くことができれば、業界内での認知度はさらに高まり、株価形成の合理性を高めることができます。
さらに、海外機関投資家から選ばれる企業になれば、MCSI指数などのインデックスファンドに組み込まれる銘柄になるなど、グローバルな存在感を発揮することも可能です。
IR活動では投資家からの「実力以上の過大評価」も警戒する必要がある
――IR体制の整備は、具体的にどのようなプロセスでのぞむとよいでしょうか
渡邉氏:上場企業は開示規制に則った対応を進めているはずですし、企業ごとに個別の事情もあるので体制整備のプロセスはさまざまですが、概ね以下のようなステップが基本です。
① IR責任者の明確化
IR活動に関する責任者を任命。形式的に責任者を設けるだけでなく、経営陣、経営企画、取締役会事務局、監査役、社外役員などの理解を得て、IR活動に積極的に取り組める機運を醸成する。
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② IR関連の客観的な情報の収集と現状課題の分析
決算説明会参加者のコメント、発信情報と株価の動き、同業他社と自社の株価の動きの相違などの関連事実を収集し分析することで、IR業務の現状課題を明確にする。
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③ IR方針の策定
経営企画、主要事業部などと連携し、証券会社やアナリストの意見も参考にしながら、IR方針を策定する。
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④ IR活動の実行
個人投資家向け説明会、IRイベントへの参加、機関投資家との1on1面談などの年間スケジュールを組み、IR活動を計画的に実行する。
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⑤ IR活動の質の向上
IR活動を単なるルーティンにとどめず、業績実績や計画の説明内容を見直すなど、活動の質を向上させる。また、経営企画部や主な事業部との緊密な情報共有を行い、投資家対応に反映する。
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⑥ 自社の存在感を向上させるIR
投資家に対して、組織の現状や目指す姿やビジョンを丁寧に説明し、企業の強み、差別化要因を正しく理解してもらう。
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⑦ 重要投資家とトップIR
経営者自身で有力な機関投資家と対話して、自社の成長力の源泉、戦略性、価値規範などを自らの言葉で語り、市場に対する影響力拡大を目指す。
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⑧ より多くの指数銘柄を意識
業界だけでなく、市場を代表する企業として指数銘柄に組み込まれることを目指す。
以上のステップにおけるポイントは「IRとは会社の姿を投資家に適切に伝えること」です。企業は、単に時価総額が大きくなればよい、株価が高ければよいというものではありません。実力以上の過大評価や過度な期待、誤解はむしろ抑える必要があります。会社の実力、経営能力、計画の実現性を踏まえ、適切な投資家との関係づくりを心がけましょう。
こうした中で、IR担当者の役割は、経営者の意図をよく理解し、投資家との間で自社がどのように対応をするかを考えることです。自社の実力や成長期待を適切に発信することはもちろん、投資家と同じ目線に立って自社を分析する探究心も求められます。複合的な視点が必要なため、社内関連部門と協働したり、外部の知見を参考にしたりしながら、自社なりのIR活動を見極めていくのがよいでしょう。
【プロフィール】
渡邉 豊太(わたなべ・とよた)
早稲田大学政治経済学部経済学科卒。1987年三菱商事株式会社入社。2012年香港三菱商事会社 副社長、2017年MCUBS MidCity株式会社(現・株式会社KJRマネジメント)社長、2019年三菱商事アセットマネジメント株式会社(現・三菱UFJオルタナティブインベストメンツ株式会社)社長、2021年三菱商事都市開発株式会社 常勤監査役、2022年AMBL株式会社常勤監査役。公益社団法人日本監査役協会 調査事業推進会議 委員。
まとめ
IR体制整備義務化を受け、今後、上場企業に対する社会や市場からの要請はますます高まっていくものと予想されます。今回の義務化をきっかけに、上場企業のIR担当者の方々は自社の体制を再度点検してみてはいかがでしょうか。そうした際に、IRに知見を有する外部人材のアドバイスを受けるのもお勧めです。
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