新規上場(IPO)を目指すベンチャー企業のIR戦略とは?

マーケティング

2020年07月03日(金)掲載

IRとは

さて突然ですが、皆さまは、IR(アイ・アール:Investor Relations インベスター・リレーションズ)という言葉から何を連想されるでしょうか。
上場すると発生する面倒な業務、或いは最低限の形式を整えておけばよいもの等のイメージをお持ちであれば、今すぐリセットしてください。

IRとそれに付随する業務(後段で説明)への真摯な取組みは、株式市場においてのみならず世間一般への会社の知名度や身近であればその会社の社員とその家族に非常に多大な影響を与えるため、大変重要な役割を果たしています。

最近の話題に即してお話すれば、‘新型コロナウイルス’はその会社の経営にどのような影響を及ぼし、その結果、業績がこれまでの予想と比較してどの程度変化するのか、また、そのリカバリー策としてどのような施策を検討しているのかということをわかり次第情報開示することがIRにおいて重要なことです。この時大切なことは、ネガティブな情報を隠すことなく正直に伝えることが、会社への信頼にも繋がります。

IRの概要

それでは、IRとはどのようなものなのでしょうか。もう少し掘り下げてみましょう。
IRは、上場会社に法的に求められている有価証券報告書等の法定開示や、上場会社に東京証券取引所の規定に基づいて求められている決算短信等の適時開示の枠を超えて、会社が任意で開示している、投資家に対して投資判断の参考になる情報開示です。代表的なツールとしては、決算説明会資料の類です。

具体的な事例を見たい場合には、インターネットで「会社名、IR情報(もしくは調べたい会社のHPを検索)」等のように検索していただければ、IRを開示している会社であればIRを見ることができます。上記に述べた内容が、写真や動画も交えながら非常に分かり易い内容になって、見る人を飽きさせないように掲載している会社もありますので、一度見てみると面白いと思います。

ところで、IR責任者には誰が適任者かという問題です。成長企業のベンチャー企業には、管理部門の人数が少ないため、経営陣自らが対応する場合もあるかと思います。私自身も役員の立場でその役割を担ってきました。むしろ経営陣が対応した方が、普段から社長とコミュニケーションを頻繁にとっているため、社長の代弁者としての役割を果たせるのではないかと思います。

IRの実際の業務

次に、具体的なIRの業務について見てみましょう。ベースとなるのは決算関係書類の作成です。
①有価証券報告書の作成
②決算短信の作成
③プレスリリースの準備
④取引所内外での決算発表と記者会見

また、決算発表をすれば、
⑤機関投資家、アナリストからの1on1(個別)ミーティングの依頼、或いは電話での取材依頼への対応
⑥個人株主からの電話対応
等が主な業務です。

更に、証券会社に所属するセルサイドアナリスト向けに、常に自社をウオッチし続けて、投資家向けアナリストレポートを書いてもらえるよう、
⑦工場見学・新商品発表展示会等に、こまめに案内すること(メーカーであれば)
また、決算発表時期には
⑧コーポレートサイトの情報の更新
も重要な業務です。コーポレートサイト内のIR情報は、分かり易くまとめておく方が投資家や株主の印象が良いと思います。
⑨株主総会の開催(年に一度の株式会社の最高意思決定機関)
も重要です。シナリオ内の議長である社長の一言一句の発言内容まで事前に準備する程、大変神経を使う準備もあります。

IRツールへの記載内容

ここまで説明した通り、IR業務は、社長の事業への思いと、これまでの軌跡を数字で表し、また、これからの成長ストーリーを投資家に明示することにあります。上場を目指すベンチャー企業の経営者の皆さんは、既に、銀行やベンチャーキャピタル等からの資金調達の際、何某かの類似した資料を作成されているのではないでしょうか。ここでは一足先に、上場後にIRで接点をもつことになる、機関投資家、個人投資家やアナリストが知りたい共通の指標などに触れておきます。
 
投資家やアナリストは、基本的に、四半期(3か月)ごとの業績の推移で会社の評価をします。その際、代表的な指標項目は、売上、営業利益、経常利益、当期純利益の4項目と、その会社独自の指標である受注数、出荷数、例えばコールセンターであれば入電数などです。大切なことは、数字が良い時も悪い時も継続的に開示することです。

また、投資家やアナリストは、会社が発表する決算数字をもとに様々な指標に置き換えて、株式市場全体や同業界他社との比較をすることにより、投資判断の基準にします。以下に、代表的な指標を3つ紹介します。

①PER(株価収益率:Price Earnings Ratio)(倍)= 時価総額/純利益
この指標は、投資家の間のみならず、証券会社の社員も日常的に株価の高低の比較感を判断する際に使用する重要指標です。IPO時の公開価格を主幹事証券会社が決定する際にも、業種ごとの平均PER値が用いられます。

②PBR(株価純資産倍率:Price Book-Value Ratio)(倍)= 時価総額/自己資本
この指標もPERと並んで株式市場では良く使われる指標です。一言でいえば解散価値を表したものです。純資産ともいわれ、純資産からみた株価の割安度がわかります。目安として、1倍を下回ると割安、1倍を超えると割高であると言われます。

③ROE(自己資本利益率:Return On Equity)(%)= 当期純利益/自己資本
この指標は、株主が投資したお金で如何に利益を上げてくれているかをはかるもので、株式市場関連以外、経済学、経営学の書籍にもよく登場しますので覚えておくといいと思います。

投資家は、このような株価指数を組み合わせて、株価の割高、割安の判断をし、投資決定に至ります。

IRに付随する業務

次に冒頭で申し上げた、IRに付随する業務について説明します。
① PR(広報:Public Relations)
IRの対象が投資家であるのに対し、その会社の一般顧客向けに商品宣伝等を行い、売上や利益に貢献してもらうことを目的とします。
② ER(社内広報:Employee Relations)
まさに目の前の社員向けに対して行うもので、日頃の自分達の頑張りがどのような結果をもたらし、会社はこの先どのような方向に向いて進もうとしているのかを明確に示すことによって、経営と現場のギャップを生まないことにもつながる重要な活動です。
③ SR(シェアホルダー リレーションズ:Shareholder Relations)
株主との良好な関係を保つことが目的です。ベンチャー企業がベンチャーキャピタル等から出資を受けていれば、定期的な会社の進捗状況の報告を行うことは、未上場の段階から必要なことでしょう。

さて、これから株式上場(IPO)を目指すベンチャー企業の皆さまも、IRには、未上場の段階から意識して取り組むのはいかがでしょうか。資金調達は、企業の成長には欠くことのできない課題ですから、上場後の投資家の前に、未上場段階の投資家にも上場会社並みの情報提供ができる準備があれば、高い信頼を得られることでしょう。

そして、上場を目前に控え、公募・売出し直前で行われるのが、上場前ロードショーと呼ばれる重要なIR活動第一弾です。幹事証券会社のアレンジで、アナリストやファンドマネージャーを個別に訪問して、新規上場会社を社長自らの言葉でアピールする場です。この時配布できるのは目論見書のみですが、回収前提で会社説明資料を用意するケースも見受けられます。
 また、上場後は、海外の機関投資家を訪問するロードショーを行う会社も、株主の外国人比率、業種、規模によっては存在します。

いかがでしたでしょうか。特に未上場の会社の皆さまは、上場するということ、まさにプライベートカンパニーから、パブリックカンパニーに変わるという臨場感やイメージが湧いてきたのではないでしょうか。未上場の会社が上場した場合には、その会社に対する世の中の注目度は、非常に大きく変わってきます。
今回のコラムで全てをお伝えすることはできかねますが、皆さまが、会社の成長戦略のIR活動を継続的かつ丁寧に実践し、新規上場に向けて世の中から更に高い信頼を得ることに役立てていただければ幸いです。

執筆者T.K氏

野村證券で10数年間、全国の中堅企業オーナーへの事業承継対策営業とIPOのサポートを行う。関与先IPO企業数10数社。その後、現SBIホールディングス(株)の設立に携わり、CFOとして東証1部上場を果たす。在任中、投資先企業へ常駐しジャスダック上場も主導。

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