人的資本経営とは|メリットや実践するためのポイントをくわしく解説(後編)

人事

2024年10月01日(火)掲載

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企業経営における資本とは、一般的には事業活動を行うために必要な資金のことを指します。しかし、現代では企業を取り巻く環境の変化やビジネスのグローバル化などにともない、「人材」を資本として捉える「人的資本経営」の考え方が重要視されるようになっています。 一方で、人的資本の捉え方は取り扱う企業や組織によっても異なるため、「概要をつかみきれていない」という方も少なくないのではないでしょうか。この記事では、人的資本経営の基本的な意味や重要性、企業における実践の方法について解説します。

今回は後編として、人的資本経営に取組むにあたって有効なフレームワークの解説や具体的ステップ、ポイントなどについてご紹介します。

人的資本経営のフレームワーク

人的資本経営は幅広い概念であるため、具体的な実践方法は企業の規模や置かれている環境、目指すべき経営目的によっても異なります。しかし、適切に実践するためにも、おおまかな方向性を理解しておくことは重要です。

人材版伊藤レポートでは、人的資本経営を実現するためのフレームワークとして、「3P・5Fモデル」という理論モデルが紹介されています。ここでは、それぞれの内容について見ていきましょう。

3Pモデル

3PのPとは、「Perspectives」(視点)のことであり、人材戦略を立てるうえでどのようなポイントを踏まえるべきかという意味を表しています。具体的には、次の3つの視点があげられています。

  1. 経営戦略と人材戦略の連動
  2. As is-To beギャップの定量把握
  3. 企業文化への定着

1つめの視点は、人材戦略が経営戦略と表裏一体でなければならないことを示しています。経営戦略の立場から人事の施策を検討し、具体的なアクションやKPIを設定していくことが必要です。2つめの視点は、理想(As is)と現実(To be)のギャップを客観的に捉えることの重要性を示しています。理想と現実の乖離を定量化することで、問題点や課題が明らかになり、経営戦略の実現につながるとされています。そして、3つめは人事戦略が企業文化として定着するかどうかという視点です。企業理念や行動指針として、人材戦略のあり方が浸透していくかどうかを意識することの重要性を示しています。

5Fモデル

5FモデルのFとは、いかなる業種の企業でも共通して取り組むべきとされている人材戦略の要素(Factor)を示しています。具体的には、次の5つの項目があげられています。

  1. 動的な人材ポートフォリオ
  2. 知・経験のダイバーシティ&インクルージョン
  3. リスキル・学び直し
  4. 従業員エンゲージメント
  5. 時間や場所にとらわれないはたらき方

1つめの「動的な人材ポートフォリオ」とは、リアルタイムで人材情報を活用できるように整え、経営課題に必要な人材配置を速やかに実現できる状態を指しています。2つめの要素は、多様な個性や経験を持った従業員の特性を活かし、多様化する顧客ニーズに対応するという視点のことです。3つめは従業員それぞれのリスキル・学び直しの支援、4つめは従業員エンゲージメントの達成を示しています。また、5つめは多様なはたらき方の実現のことであり、具体的には在宅勤務やリモートワーク、フレックスタイム制の導入などです。

人材版伊藤レポートでは、上記の3つの視点と5つの要素を通して、個人・組織の活性化を図ることが重要であると示しています。

人的資本経営を実現するためのステップ

それでは、人的資本経営を実現するためには、具体的にどのような方法で進めていくべきなのでしょうか。ここでは、基本的なステップを3つに分けて見ていきましょう。

自社が目指すべき姿を設定する

まずは、人的資本経営の内容や目的を踏まえて、自社の戦略を固めていく必要があります。このときに重要となるのが、人材版伊藤レポートでも示されていたように、「経営戦略と人材戦略の紐づけ」を行うことです。

両者の間にギャップが生じてしまう原因にはさまざまなものが考えられますが、基本的には経営層と人事部門のすり合わせ不足が問題となっている場合が多いです。そのため、「人事部門のメンバーをボードメンバーに加える」「経営層の意図を人事部門の責任者と丁寧にすり合わせる」といった点を意識して、連携を強化しておきましょう。

そのうえで、自社の状況を「今までの取り組みや現在の姿」と「目指すべき未来の姿」の2つの観点で整理し、両者のギャップを把握することが大切です。

KPIの設定と施策の考案

未来の目標を設定できたら、次はKPIの設定を行い、そのための具体的な施策を探っていきます。KPI設定では、次の3つの視点でアプローチすることが大切です。

  1. 未来志向:過去を振り返りながら現状を把握したうえで未来を見つめる
  2. 経営戦略との整合性:経営戦略との連動を見失わないよう意識する
  3. 自社らしさ:戦略には自社らしさを表現する独自性を盛り込む

人的資本経営の目標設定では、自社の将来や従業員の育成といった内部を意識するのはもちろん、投資家やステークホルダーの目という外部の視点を考慮することも大切となります。投資先としての信頼性を高めるためにも、「現実に即した未来志向」や「他社との明確な差別化」を意識して、魅力的な企業の姿を伝えることが重要です。

取り組みを分析し、改善につなげる

人的資本経営は長期的な取り組みであるため、一度の戦略策定で狙った通りの効果が得られることは稀です。そのため、PDCAサイクルを効率的に回して、施策のクオリティを高めながら実現へ近づけていくことが大切です。 効果検証の方法としては、次のようなアプローチがあげられます。

  • 人事データの整理
  • エンゲージメントサーベイ
  • KPIを参考にした議論

まずは、人事データの整理を行い、有給休暇取得率や研修受講率といった定量的な指標をチェックします。続いて、エンゲージメントサーベイを用いて、待遇や福利厚生に対する従業員の満足度を測りましょう。 エンゲージメントサーベイとは、企業と従業員のつながりを数値化して把握するための調査ツールです。サーベイの結果をもとに従業員の満足度をチェックするとともに、課題を発見して速やかに解消の手を打っていくことが大切です。

ただし、人的資本は無形資本であるため、指標を数値化・定量化しにくい側面もあります。定量化が難しいポイントについては、丁寧に議論を重ねてプロセスの妥当性やクオリティを精査していくとよいでしょう。

人的資本経営を実現するためのポイント

人的資本経営を実現するためには、基本のプロセスを意識するとともに、見落としがちなポイントを踏まえて失敗を避けることも大切です。ここでは、人的資本経営で目的を達成するためにおさえておくべきポイントを見ていきましょう。

人的資本開示を目的化しない

人的資本経営の取り組みでは、国際的な情報開示の動きや投資家からの要請といった外的要因により、人材に関する情報を開示することそのものが目的になってしまう可能性もあります。しかし、人的資本経営の本来の目的は、あくまでも「持続可能な企業の成長」を実現することにあります。

そのため、単に数値の公表に追われてしまうのではなく、データの計測や集計にどのような意味があるのかを理解したうえで取り組むことが大切です。すべての施策が企業価値を高め、持続可能な成長を遂げるための取り組みであると関係者が認識できていれば、方向性のブレが生じるのを防ぐことができます。

経営戦略と人材戦略の結びつきを重視する

繰り返しになりますが、人的資本経営においては、人材戦略が経営戦略と綿密に紐づけられていなければなりません。自社を取り巻く経営環境が変化しているにもかかわらず、人材戦略がアップデートされていかなければ、人材の価値を損なってしまうことにもつながります。

たとえば、自社にとって必要性の低いスキルを持った人材を採用してしまったり、長期的には利用価値のなくなっていく資格やスキルを従業員に取得させたりといった不具合が生じてしまうのです。こうした失敗を避けるために、人事部門は目先の課題に対応するだけでなく、経営戦略に立脚した判断を行う必要があります。

自社が求めるゴールを大切にする

人的資本経営の具体的な取り組み方や目標は、企業によって大きく異なります。それだけに、経営層は人的資本経営の意味やあり方を深く探求したうえで、自社ならではの独自性を持ったゴールを設定することが大切です。

人的資本経営に対する理解があいまいなまま、無理に施策として落とし込もうとすると、「他社の取り組みを表面だけなぞってしまう」「ガイドラインや指針に準拠するあまり、経営的に重要性の低いKPIを設定する」といった失敗をしてしまうリスクがあります。その結果、コストをかけて施策を実行しても、思ったような成果が得られないという可能性は十分に考えられるでしょう。

確かな成果をあげるためには、自社としてなぜ人的資本経営に取り組むのか、何を重視するのかなどを明確にして、全社的に同じ方向を向いて進めていくことが重要です。

まとめ

2020年に経済産業省から人材版伊藤レポートが公表されて以来、人的資本経営という言葉は日本国内でも大きく注目されるようになりました。一方、重要性を感じながらも、具体的な内容を把握できておらず、言葉のみが一人歩きしてしまうというケースも少なくありません。

まずは、人的資本経営がなぜ重要なのか、今後の企業の発展にとってどのような価値を持つのかを丁寧に理解していくことが大切です。そして、人材版伊藤レポートの内容から、企業が共通して取り組むべき課題やフレームワークを確認しておきましょう。 そのうえで、自社が抱えている現状や目指すべき未来の姿と照らし合わせて、独自性を持った取り組みを続けていくことが大切です。

この独自性を高めるためにも、他社事例を調査し、比較して、「自社らしさ」のある取り組みを選択することが有効かもしれません。そこで助けとなるのが、人的資本経営に精通した外部人材の存在です。アカデミックな視点だけでなく現場視点も有する外部人材の知見は、独自性のある取り組みへの実現に一歩近づく契機となるのではないでしょうか。幅広いプロ人材が所属する「HiPro Biz」が、貴社の人的資本経営の基礎づくりをお手伝いします。

(編集/d’s JOURNAL編集部・HiPro Biz編集部)

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