【セミナーレポート】人的資本経営を加速させるプロ人材活用~商船三井・イオンモールの事例に学ぶ、外部人材活用のポイント~
2025年04月28日(月)掲載
グローバル競争の激化や人材確保の難しさを背景に、企業経営の在り方として注目を集めている「人的資本経営」があります。従業員のスキルや経験を最大限に活かし、組織の成長と競争力向上につなげるこの考え方は、多くの企業が抱える長期的な課題を解決する鍵となり得ます。しかし、実際に取り組むとなると、制度設計や組織の変革において多くのハードルに直面することも少なくありません。
そこで、HiProでは、去る2025年2月に「HiProパートナーズフォーラム〜人的資本の力で業界をリードする〜」というセミナーを開催し、その中で人的資本経営をテーマとしたパネルディスカッションを実施しました。
登壇いただいたのは、株式会社商船三井 エネルギー輸送船船舶管理戦略統括部 コーポレートマネジメントチーム チームリーダー 大山 信氏、イオンモール株式会社 人事統括部 人事部 人事部長 安武 覚氏、そしてプロ人材として両社をご支援された株式会社CAQNALの中島 篤氏です。本ディスカッションでは、人的資本経営の実践事例として、商船三井とイオンモールが直面した課題とそれに対するプロ人材の活用方法や、プロ人材の価値をより高めるポイントなどについてご紹介いただきました。今回はその模様をレポート形式にまとめてお届けします。
■国境を超えたグローバルな人事制度を設計し、組織の柔軟性を向上
■約2ヶ月で新たな雇用制度を整備、コンセンサス形成からリリースまで伴走
■プロ人材の価値を最大化させるには、自社の課題把握と目標設定が重要
■まとめ
国境を超えたグローバルな人事制度を設計し、組織の柔軟性を向上

――まずは、株式会社商船三井・大山さまより、プロ人材・中島さまと協業した事例についてご紹介いただけますか?
大山信氏(以下、大山氏):当社は1884年の創業以降、海運業を展開してきました。近年では、「青い海から人々の毎日を支え、豊かな未来をひらきます」というミッションのもと、海上輸送を通じてインフラを提供するだけでなく、クリーンエネルギー事業や不動産など、多角的な事業展開を進めています。また、当社は世界の海運業界トップクラスの船隊規模を誇り、800隻以上の船舶を運航しています。現在世界27ヵ国に拠点を展開し、フィリピンやインド、欧州など多国籍の船員が1万人ほどはたらいています。
近年、世界的な環境意識の高まりに伴い、液化天然ガス(LNG)の需要が急増しており、LNG船の数も増加しています。当社のLNG船隊規模は今後大幅に拡大する予定ですが、ここで大きな課題となるのが、船員および船員経験を持つ陸上での船舶管理担当者の確保や育成です。船員の確保や育成は業界全体の問題であり、各社が人材を取り合っているのが現状です。加えて、船員の国籍が多様であるため、船員経験を持つ陸上での船舶管理担当者についても国ごとに異なる人事制度や管理手法が存在し、統一的な制度の設計が求められていました。こうした背景のもと、私が所属するエネルギー輸送船船舶管理戦略統括部では、管轄している国内外のLNG船舶管理会社の異なる人事制度を統合することで、スムーズに仕事をシェアできる制度の構築を目指しました。また、グローバルでフェアな「評価制度 」「昇格/昇給の仕組み」を設けることで、メンバーの士気の向上、一体感の醸成にもつながるのではないかと考えました。そこで、組織人事の制度設計について専門知識を持つプロ人材である中島さまに支援を依頼することにしたのです。
約19ヶ月の支援期間で、「プロジェクトマネジメント支援」「論点整理とコンサルティング」「実務支援」の3つの内容について支援いただきました。プロジェクトマネジメントでは、人事制度設計プロジェクトの工程整理やスケジュールの管理、タスクの整理などについて支援いただきました。また、資料作成などの実務もご支援いただいています。当社だけでは人的リソースが足りずに、なかなか優先度を上げられずにいたアクションも、中島さまが期日やタスク管理をしてくださることで、一気に進めることができたと感じます。
――中島さまは約19ヶ月とかなり長い期間伴走されたとのことですが、このプロジェクトについて相談された当初はどのような印象を持たれましたか?
中島篤氏(以下、中島氏):ニッチな分野でありながら、規模はグローバルかつ多角的という印象を持ちました。人的資本経営の観点から、国ごとの価値観や大切にしていることを合わせることは容易ではありません。そうした中、どこに横串を刺すべきか、また公平公正な報酬体系やキャリアの可能性について、グローバルな視点で検討を重ねました。
――プロジェクトを進める中で、特に重要だった点や苦労された点を教えてください。
大山氏:論点を整理する中で、多くの要素を取捨選択する必要がありました。その中で、各国の給与水準を完全に統一するのは現実的ではないと判断し、代わりに評価ポイントやグレーディングを統一するなど、制度のコンセプト策定に重きを置きました。
苦労したのは、業界特有の課題への理解を深めていただく過程です。海運業特有の専門用語や概念について理解を深めていただくのに、3〜4ヶ月ほどの時間を要しました。
中島氏:確かに業界特有の言語を理解するのに時間はかかりましたが、我々の質問に対して迅速かつ丁寧に回答してくださったおかげで、プロジェクトを円滑に進めることができたと感じています。
約2ヶ月で新たな雇用制度を整備、コンセンサス形成からリリースまで伴走
――続いて、イオンモール株式会社・安武さまより、中島さまとの協業事例を伺えますでしょうか?
安武覚氏(以下、安武氏):当社は、国内164施設に加え、中国・ベトナム・カンボジア・インドネシアで商業施設を運営しています。開発から運営までの商業施設に関わる全ての工程を一気通貫で取り組むことを強みとしており、「地域共創」をビジネスモデルとして掲げ、地域の方々とともに価値創造を目指しています。
現在、日給や月給の社員、時間給の社員を合わせて4000人ほどが在籍していますが、当社の課題の一つに人材不足があります。 その解決策の一つとして、採用方法の多様化を図り、定年後の社員を再度雇用する「65歳再雇用制度」を策定しました。既に時間給の社員向けには導入しており、日給や月給の社員に関してもこの制度を整備すべく取り組んでいましたが、3〜4ヶ月という短期間での制度設計が必要とされる状況でした。しかし短い準備期間で実現するには、社内リソースだけでは困難だと判断し、プロ人材からの支援を求めることになりました。
また、当社は労働組合と丁寧な協議を行い、合意を重ねる企業文化があります。時間給の社員の雇用確保については、組合員が強く推進していたためスムーズに進みましたが、日給や月給の社員は一定の役職や立場の人も多く、組合との合意形成などに慎重な対応が必要でした。
制度を設計する際に重視したのは、定年後の社員の経験と知識の活用や労働力の確保、新たな雇用機会の提供です。また、単なる定年延長ではなく、当社に必要なスキルを持つ人材かつ、プロフェッショナルとして貢献いただける方に活躍してもらいたいという考えを重視しました。中島さまには、対象者の選定基準、契約形態、契約更新基準など、「65歳再雇用制度」の詳細設計から実装までを一貫して支援いただきました。支援期間は2ヶ月程度と短いものでしたが、社内のコンセンサス形成から組合との合意、制度のリリースまで、密にコミュニケーションをしながら進めることができました。
――かなり短期間で制度設計を行ったのですね。中島さまはお話を聞いた当初、どのような印象を持たれたのでしょう。
中島氏:確かに短い期間ではありましたが、何とか間に合いそうだと判断してお受けしたご相談でした。今回、期限内に実現できた要因が二つあると思っています。一つ目が安武さまたちの強いコミットメントがあったことです。合意形成までのハードルの高さは事前に認識していましたが、承認を得るために必要な要素を明確に示していただけたことで、プロジェクトがよりスムーズに進みました。もう一つは、当初からメリハリのきいた制度にしよう、というコンセプトが明確だったことです。これにより具体的な制度設計へ早期に着手することができました。
プロ人材の価値を最大化させるには、自社の課題把握と目標設定が重要

――中島さまから見て、プロ人材を活用することでプロジェクトを推進できる企業の特徴はどのような点にあるとお考えでしょうか?
中島氏:期待値を明確にし、そこから逆算でマイルストーンを設定できる企業ですね。たとえ解像度が低くても、ゴールのイメージが共有できるような打ち合わせが初期段階からできると成果につながりやすいと思います。 もちろんプロ人材はその道の専門家なので一定の成果は見込めます。しかし、その価値を最大化させるためには、「自分たちはどこに痛みを感じ、どの点で支援を必要としているのか」という、自社の課題やニーズをはっきりと認識しておくことが重要だと思います。
――逆に、中島さまと協業する上で学びとなった部分や、工夫した点などがあれば教えてください。
安武氏:「いつ誰に対してどういう説明をし、どのように決議を進めるのか」を、ゴールを見据えて最初の段階で整理されていたのが印象的でしたし、そのプロセスこそがプロジェクトの成功に欠かせない要素だと感じました。 同時に、社内でやるべきこととプロ人材に任せるべきことの整理ができました。社内の組織力向上にもつながったプロジェクトになったと実感しています。
――大山さまも同じような印象をお持ちでしょうか?
大山氏:そうですね。依頼したタイミングは、新しい船の竣工が集中するような年でした。新しい船が運航するまでに整備する必要があったため、最初の打ち合わせの時点で、目指すべき制度のコンセプトやスケジュールを細かくすり合わせ、明確にすることを意識しました。
――初期のスケジュール調整やプロ人材とのすり合わせの重要性が伝わるお話ですね。最後に中島さまからメッセージをお願いします。
中島氏:人は「資源」ではなく「資本」です。どのような価値を生み出せるかを考え、それを最大化するために人的資本経営を整えることが重要です。そんな当社が取り組んでいるのは「攻めの人的資本経営」です。人的資本の開示は、法令順守や投資家向けの報告にとどまりがちですが、それだけではなく、人材開発、採用、定着など企業価値の向上に直結する取り組みを行っています。
今回はプロ人材としてご支援させていただく立場でしたが、当社自身もプロ人材を活用することがあります。ただし、それはあくまでも手段であり、目的ではありません。まずは自社の現状を把握し、「できること」と「できないこと」を明確にすることが、成功への第一歩だと思います。
まとめ
今回のパネルディスカッションでは、2社の事例から人的資本経営において外部人材の活用がいかに重要かつ有効であるかが分かりました。特に、グローバルな人事制度の統合や新たな制度設計といった複雑な課題に対して、プロフェッショナルの知見が大きな価値を生み出すのではないでしょうか。
「HiPro Biz」には中島氏のような、組織変革や人事制度設計のプロ人材も多数登録しています。「自社と相性の良いプロ人材と出会いたい」「まずは壁打ちから始めたい」などのご要望をお持ちの企業ご担当者の方は、まずはお気軽にご相談頂ければと思います。
<登壇者プロフィール>
株式会社商船三井 エネルギー輸送船船舶管理戦略統括部 コーポレートマネジメントチーム チームリーダー 大山 信氏
イオンモール株式会社 人事統括部 人事部 人事部長 安武 覚氏
株式会社CAQNAL 代表取締役 中島 篤氏