【“グローバル人事”の本質を問う】日本型の強みを活かしながら、海外の良いところを受け入れる。自社と海外の違いを知り、まずは、「足元でできる改革」を
2025年06月30日(月)掲載
近年、日本企業では海外展開に伴い、グローバル規模での人事戦略を検討する動きが加速しています。とは言え、「どこまで全社で統一し、どこから現地最適化にすればよいかわからない」「必要性は感じるものの具体的な制度設計が進んでいない」といった悩みを抱える人事責任者の方々も多いのではないでしょうか。
これまで積み上げてきた制度や、施策をすべて見直すとなると、その工程は途方もないものに思えます。一方、日系企業と外資系企業の双方で人事を経験し、数多くの企業のグローバル展開を支援するプロ人材・鈴木孝嗣氏は、「見直しの目的や効率の面から考えると、従来の日本型人事制度のすべてを見直さなくてもよい場合もある」と指摘します。
グローバル人事戦略の構築を目指す企業は、どのように課題を見据えていくと良いのでしょうか。実際の支援事例などを交え、鈴木氏の知見を聞きました。
■「グローバル」を掲げていても、人事は日本人中心の企業が多い
■大きなテーマを掲げて頓挫するくらいなら、まず「足元でできること」から
■ローカルの本音は「本社が本気なら協力する」。きれいな資料だけでは人は動かない
■まとめ
「グローバル」を掲げていても、人事は日本人中心の企業が多い

——鈴木さんは日系大企業と外資系企業、双方の立場で人事を経験していますね。
鈴木氏:日立グループで国内人事全般や海外事業所の人事方針策定や具体的支援に携わり、その後は外資系企業に移り、日本法人の人事制度の見直しや構築、グローバル方針と連携した人事データベースの構築、サクセッションプランの立案や実行などを担いました。
グローバル展開している日本企業の「本社人事」と、グローバル企業の一拠点である「日本法人人事」を共に経験しているため、日本企業がグローバルで失敗しがちなポイントをわかっているという自負があります。
本質的に人事として対応することの基本はグローバルに共通なのですが、細かな部分では国毎の法制度や慣習、文化に応じて変えていかなければなりません。その前提を踏まえて海外拠点とコミュニケーションする必要があるものの、日本国内だけで人事をやっていると見えない部分が多いのです。その橋渡し役として日本企業をサポートしています。
——海外法人を持つ日本企業から寄せられるグローバル人事に関する相談には、どのような内容が多いのでしょうか。
鈴木氏:特に多いのは「グローバル人材をどうやって育成するか」というテーマです。もっとも個人的には、「グローバル人事」や「グローバル人材」というキーワードを使うこと自体に、少々疑問を感じているところもあります。
というのも、グローバル人事やグローバル人材という用語自体が海外ではそれほど使われません。これは、日本人だけを対象とした人事が当たり前だった日本企業特有の言い方の面があります。実際の支援では、「そもそも貴社にとっての”グローバル”とは何を意味しているのか」という定義付けの確認から始まることも多いのですが、経営方針や事業内容から遊離した「理想」のグローバル人事から議論を始めると矛先が見えなくなり迷路に入ってしまいます。
ビジネスはすでにグローバル展開が進んでいて海外売上比率も高いのに、人材をグローバル規模で同じように活用することができていない企業も多いですね。そうした企業では、海外拠点を展開していても人事は日本人中心で、現地ローカルの人材が日本本社のトップ層に登り詰めることはほとんどありません。
つまり、ローカル人材を含めていかに発掘し、採用し、育成や配置を行い、定着させるかが考えられていないわけです。
一方、ある程度取り組みが進んでいる会社では、同様のポリシーのもと、人材をグローバル規模活用するための「グローバル共通のHRポリシー・ガイドライン」を設ける動きもあります。これは評価や教育、報酬、採用、後継者育成など、HRの諸要素についての基本的な考え方をガイドラインとして示し、英文でまとめたものです。日本人だけでなくローカル人材も含めて抜てきし、育成し、リテンション(定着)させていくためには、こうした準備が欠かせません。
大きなテーマを掲げて頓挫するくらいなら、まず「足元でできること」から

——日本と海外では、評価制度や報酬制度などの設計や運用に大きな違いがあるのではないでしょうか。これらはどのように整合性を図る必要がありますか。
鈴木氏:確かに、日本の人事制度や仕組みは、そのまま海外に適用できるものばかりではありません。新卒一括採用を前提とした長期雇用、年功賃金で構成される日本的雇用システム(メンバーシップ型)は海外から見るとユニークなものです。また、日本企業の評価制度や報酬制度は、海外と比べて細かすぎると感じられることもあります。
欧米多国籍企業で広く行われている人事制度を認識した上で、国内のユニークな制度との折り合いをどう付けるか。国内と海外で完全に分けてしまう企業もあれば、グローバルの仕組みに統一しようとする企業もあります。
しかし私は、日本企業のすべてが「ここまでやる必要は必ずしもない」とも感じています。業種や事業規模や効率の面から考えて、従来のやり方をすべて見直すところまでは実施しないほうがいい場合もあるのです。
——すべて見直さないほうがいい場合もあるのですか?
鈴木氏:たとえば、「グローバル展開を進めるなら人材データベースもグローバル共通したほうがよい」と考えている人も多いでしょう。たしかに、海外で大規模なM&Aを行う場合には、人材データベースのような人事インフラを整えていることが交渉の必要条件とされることがあるようです。しかし、そのようなケースでない場合でも、グローバル共通データベースは本当に活用されるのでしょうか?
実際のところ、日本の大企業でグローバル共通データベースを整備しているところは意外と少ないと思われます。売上1兆円規模の企業でも、データベースのグローバル化に踏み込めていない例もあります。実行にあたってはベンダーへの巨額投資が必要となるものの、経営層から「これをやるメリットは何だ」と突っ込まれ、目的や効果を説明しきれずに頓挫してしまうからです。
そもそも、優秀な人材がどんどん国境をまたいで異動するという企業は、海外も含めて案外少ないものです。その状況で「なぜグローバル共通のデータベースが必要なのか」と問われると、うまく答えられませんよね。
私が在籍した欧州系外資系企業は入社時点ではグローバル共通データベースがなかったものの、それで決定的に困るわけではありませんでした。国境を越える異動ニーズが日常的にあるわけではないし、グローバルレベルで幹部を育成しようとする際にも、対象となる各国の上位層人材は数が限られるため、Excel程度の管理で十分でした(ただし、最終的にはグローバルデータベース整備を行いました)。
大きなテーマを掲げて意義を問われ、うまく答えられずに頓挫するくらいなら、足元でできることから随時進めればいいとも思います。私の場合は、人事労務監査などの海外出張の際にローカルのマネジメント人材にインタビューし、ヒアリング内容をExcelにまとめました。これを100人分ほど作成して経営層に共有したところ、喜ばれました。このような情報には主観が入る面はあるものの、ビジネスの現場では、表面的なデータだけではなく、人材の本質的な強みがわかる「生の情報」こそが生かされるのです。
ローカルの本音は「本社が本気なら協力する」。きれいな資料だけでは人は動かない
——鈴木さんが実際に支援している企業のケースや課題についても教えてください。
鈴木氏:海外売上比率約8割のある日本企業では、グローバル規模で人材をマネジメントするための体制構築の支援を続けています。
その企業は海外に対して一律の方針を適用するのではなく、ローカル裁量を一定程度認めるガバナンスで対応しようとしているため、グローバル共通のHRガイドラインを策定し共有した後、幹部人材のグローバル人材プールをつくり、サクセッションプランニングと育成システムを回していくこととしました。
ただ現状では、本社人事が各国のローカル人材に必ずしも十分に深く食い込めていない面もあり、各国のローカル人事スタッフとの対面を含む双方向のコミュニケーションをさらに増やし、強力なネットワークを作ろうと努力を続けています。
——なぜローカルに深く食い込むことが必要なのですか。
鈴木氏:本社で策定した人事ポリシーを英訳してグローバルに配信するだけでは人は動かないのです。方針を実行するのはローカルの人たちです。ローカルの人たちが本気で動いてくれなければグローバル経営はうまく回りません。本社が本気で改革を進めようとしていること、そのために自分たちが必要とされていると感じ、初めてローカル人材は本気になるものです。
これは私も経験しました。日本企業のグローバル人事を担当し、大きな制度改革などを行う際は、海外の人事と連携して何度もコミュニケーションを取りました。「本社の方針に従ってください」では通用せず、本社が1回通達を出したくらいでは、無視されてしまうこともありました。
外資系企業の日本法人の人事責任者を務めた際には、立派な資料がグローバル本社から送られてきたときにはまずは静観しました。ローカル(日本)にはローカルの重要課題があり、ただでさえ日々多忙ですから。でもその後、グローバル本社から「ディスカッションをしよう」と何度も打診され、実際に議論を続ける中で、こちらも徐々に本気になっていったものです。
——制度の外形を整えた資料で共有するだけでは意味がないのですね。
鈴木氏:はい。もちろん制度や資料を丁寧に整えることは大切なのですが、それをもとにして濃密な議論をしなければ、人は本気にならないのです。「本社が本気なら協力する」。これがローカルの本音でしょう。
ここは、グローバル展開を進める日本企業の弱い部分かもしれません。より丁寧に言葉で説明し説得するという行動は日本人が苦手とする部分ではないでしょうか。日本の中で共通の価値観を持つ人同士で過ごしていると、言葉にしなくても伝わるだろうと考えがちです。国内でさえ、拠点を越えた双方向のコミュニケーションが十分に取れていない企業が多いのではないでしょうか。
国内であれ海外であれ、人事が人と組織を動かしていくためには、一人ひとりの気持ちを惹きつけてワンチームにしていくプロセスが欠かせません。この基本に向き合い、愚直にコミュニケーションを重ねていくことで、日本企業の人事もグローバル化していけるはずです。
まとめ
グローバル規模で人事戦略を展開していく際には、「海外人事の標準形」を理解し、「自社の常識」と照らし合わせて、国内外の制度や運用に折り合いをつけていく必要があります。グローバル化という大きなテーマを掲げていても、本当に必要な施策を見極めることができなければプロジェクトが難航してしまうかもしれません。また、グローバル規模での人事戦略を行った経験がなければ、海外で広く実践されている人事制度や運用内容を把握することも難しい場面もあるでしょう。鈴木氏のように、日系、外資の双方で人事を経験し、地に足のついたプロジェクトの進め方を熟知するプロ人材の支援を検討してみてはいかがでしょうか。
経営支援サービス「HiPro Biz」
<プロフィール>
鈴木たかつぐ社会保険労務士事務所 代表 鈴木孝嗣(すずき・たかつぐ)
日立グループで約30年にわたり国内人事やグローバル規模の制度設計に従事した後、外資系企業の人事責任者を務め、グローバルに対応した日本法人の制度構築やグローバルでのサクセッションプラン立案などを手がける。2019年に社会保険労務士事務所を立ち上げ、豊富な実務経験をベースに効果的な人事・賃金制度設計と実施・運用のコンサルティングを提供。日本企業のグローバル展開や、海外企業の日本展開に際する制度構築や運用支援も幅広く手がける。著書に『グローバル展開企業の人材マネジメント』(経団連出版)、『外資系企業で働く』(労働新聞社)など。