キャリア自律支援や離職防止につながる「人事評価制度改革」の進め方——人事部門がまず明確にすべき「EVP」とは

人事

2025年08月27日(水)掲載

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従業員のキャリア自律支援や早期離職防止が重要な経営課題として注目される中、「人事評価制度のあり方」を見直す企業が増えつつあります。しかし実際には、新たに策定した制度が従業員の納得感を得られず、形骸化してしまっている企業も少なくありません。背景には年功序列や属人的な評価の名残、そして制度の運用力の不足があると考えられます。

プロ人材として多くの人事課題に対する支援する中谷真紀子氏は、制度を「査定の手段」ではなく、キャリア自律を促す「成長の仕組み」として再定義することが重要だと語ります。そのカギとなる考え方が「EVP」(Employee Value Proposition:従業員への提供価値)。EVPを軸にして人事と現場のマネジメント層が共通の認識を持ち、従業員の主体性を引き出し、制度を“生きたもの”に変えるプロセスを聞きました。



評価制度が「査定のための手段」になってしまっている?



——中谷さんはリクルートと江崎グリコなど、大手企業で人事を経験されています。

中谷氏:新卒でリクルートに入社し、本社の人事で採用や育成、人事制度運用に携わった後、江崎グリコや参天製薬で人材開発、組織開発、経営企画部門での人材戦略などに携わってきました。2019年にPeople Treesを共同創業し、現在はプロ人材として、さまざまな企業の人事評価制度改革を支援しています。

人事としてのコアな強みは、非製造業と製造業をともに経験し、育成から制度運用まで幅広い領域を経験していることだと自負しています。両方の組織や現場を理解している人事パーソンは少ないのではないでしょうか。またリクルート、江崎グリコ時代には経営者と近い距離で、経営企画の視点で人事を進める知見を得ました。これは今で言う人的資本経営につながる仕事でした。こうした経験をもとに、現在は数多くの顧客企業に対して組織開発や人材開発の支援を行っています。

——支援先の人事部門からは、どのような相談を受けることが多いですか。

中谷氏:よく聞くのは「離職が多い」「給与水準に不満があるようだ」といった悩みです。

その原因を探っていくと、評価制度に行きつくケースが非常に多いです。人的資本経営が求められる時代となり、個人の価値観も多様化するなど目まぐるしい変化の中で、長年培ってきた年功序列的な制度や属人的な評価が残っていて、それらが若手を中心とした社員の納得感を得られず、離職やエンゲージメント低下の理由になっていると考えます。

また、経営側が人的資本経営のためのリスキリングやキャリア自律といった施策を打ち出していても、評価制度がそれらと接続されていないと取り組みが形骸化してしまいます。従業員は「どうせ頑張っても評価されない」と感じてしまい、納得感がないので行動変容や学びにつながらないのです。

本来であれば評価制度は従業員の挑戦を後押しし、キャリアの自律を支援する「仕組み」であるべきなのに、実際は「査定のための手段」にとどまってしまっている企業が多いと感じています。

企業によっては「年功序列」が適している場合も



——従業員にとって納得感があり、キャリア自律も促すような理想の評価制度とはどのようなものでしょうか。

中谷氏:これは事業戦略や仕事のあり方によって変わるでしょう。

無形商材を扱うような非製造業では年功によって仕事や給与が与えられることは少なく、若手でも能力が長けていれば、どんどん重要な役割を与えられ、そのチャレンジで任せたものに対しての成果を評価するといった制度が機能していました。

一方、製造業の場合は有形商材を扱うため、技術が熟練していくことによる価値も重視されます。たとえば食品メーカーなら、配合やテイスティングなどに熟練した「匠の技」を持つベテランの存在が重要であり、こうしたケースでは年功的な評価制度がマッチしていることもあるのです。また工場勤務、本社勤務で求められる能力も育成方法も異なるので、評価制度も一律が最適とは言えない場合もあります。

——自社の事業戦略を実現するための最適な仕組みを見極めるべきなのですね。

中谷氏:はい。私が顧客企業の支援に入る際にも、まずは自社の戦略や事業の方向性を整理した上で「どんな人材が必要なのか」「育成のために必要な制度は何か」を検討していきます。

あるメーカーの例では、事業の大規模な構造転換を求められている中で評価制度の見直しを進めました。従来は「決められたことを遂行できる人」を評価していましたが、事業の構造変化に対応するために必要なのは「新たな仕事を生み出していける人」だと定義したんです。従来の年功序列制度を改定し、従業員のチャレンジに報いることができる環境を整えました。



担当領域や世代を超え、現場も巻き込んで「EVP」を明確化



——評価制度を再設計する際に、人事部門が陥りがちな落とし穴はありますか。

中谷氏:制度の外形にとらわれ、実際に現場で活用されているかどうかが二の次になってしまっているケースも目にしてきました。実際のところ、制度は設計よりも「活用」のほうがはるかに難しいのです。

——制度活用を軌道に乗せるためには何が必要なのですか。

中谷氏:制度に魂を吹き込むため、私が大切にしている考え方の一つに「EVP」(Employee Value Proposition)があります。これは「企業による従業員への提供価値」を端的に言語化することを指します。

この企業ではたらくことで、従業員は何を得られるのか。「人」「キャリア」「報酬」「風土文化」「職場環境」の軸で言語化し、ミッション、ビジョン、バリューなど対外的に発信するものとは別に、従業員に向けて発信していくのです。

人事制度改定のプロジェクトを進める際には、初期段階でEVPを明確にしています。たとえば「◯◯分野の技術において日本で最も成長できる企業を目指す」といったEVPがあれば、評価制度を変える際にも従業員への強力なメッセージとして伝わりますし、会社として変わらない強みを示すことにもつながります。人事部門としては、各種の人事施策にも一貫性を持たせられるようにもなるでしょう。

——EVPを言語化するポイントを教えてください。ただ自社の強みを考えるだけでは、「他社にもあてはまりそうな内容」になってしまいそうな気もします。

中谷氏:おっしゃるように、深く考えなければ「自社だけのEVP」を言語化することはできません。

そのためEVPを明確化するプロセスでは、人事部門の単一チームや担当者だけで考えるのではなく、「戦略担当」「育成担当」「採用担当」「労務担当」など、さまざまな視点を入れることをおすすめしています。世代や価値観を超えて目線を合わせることも重要です。

また、私たちが支援しているように、外部の視点を入れることも有効だと思います。自社独自の強みは、自分たちではなかなか気付けない場合も往々にしてあるからです。

——従業員へ効果的にEVPを伝え、制度改定の狙いを理解してもらう秘訣は何でしょうか。

中谷氏:従業員へ制度改定について説明する際には、まずマネジメント層がEVPを理解し、それに基づいた制度改定の背景や目的を語れるようにしなければいけません。制度を策定してマニュアルを配布するだけでは、なかなか理解を得られないのです。新たな制度を定着させるためには、マネジメント層へ制度変更の背景や目的を共有する管理者研修や評価者研修を実施することが欠かせません。

一方で、被評価者側の支援も必要です。EVPや新制度のことを何も知らされず、ただ「評価される側」として受け身になってしまうと、自分のキャリアや成長に制度を活かせません。そのため私は被評価者向けの研修も取り入れ、自分がどうすれば評価されるかを具体的に理解することで、今後のキャリアを主体的に考えてもらえるようにしています。

人事部門だけで考え、一方的に下ろすのではなく、現場の上司や部下とともに活用方法を検討していく。このプロセスを経ることで「制度のこの部分が理解しづらい」などのさまざまなフィードバックが寄せられ、より制度が生きたものへと進化していくのです。



人事の関わり方がエンゲージメント向上のきっかけとなる

——人事部門がマネジメント層と目線を合わせ、新たな制度を運用していくためには、どんなことに取り組むべきでしょうか。

中谷氏:前述したように、どれだけ良い制度を策定しても、現場に浸透しなければ意味がありません。

制度変更の際は現場のマネジメント層の負担が増すのも事実。制度はできるだけシンプルに、上司と部下が丁寧にコミュニケーションできるように設計する必要があると考えています。そうすれば、現場で起きがちな「形だけの面談が行われる」「制度があるのに活用されない」といった問題を回避できるはずです。

現状の評価者側の世代は、自律的にキャリアを考えてきた経験が少ないという特徴もあります。上司としては「自分が体験したことのない」面談を行わなければならないわけです。対して若手層は学生時代から自らのキャリアを主体的に考え、転職などの選択肢も豊富に持っているため、上司との間で価値観のずれを感じてしまうことも珍しくありません。

こうした壁を乗り越えていくためには、まず人事がマネジメント層のための外部コーチを用意し、自律性を引き出すための面談を実際に体験してもらうことも有効でしょう。また、「マネジメントの楽しさ」「マネジャーのやりがい」などを共有する機会を設けることで、人材育成へのモチベーションを高めていけるはずです。

EVPを軸にして人事評価制度を再設計し、経営がどんな思いで、どんなふうに成長してほしいと考えているのかが社内に伝われば、マネジメント層にとってもメンバー層にとっても、エンゲージメント向上、離職防止につながっていくでしょう。

昨今の人事業務はAIで完結できる部分も増えてきました。たとえば評価の添削などは、AIを活用すれば一瞬でできるようになるでしょう。しかし、従業員に目的を伝え、動機づけにつなげていくのは、人事を担う「人」だからこそできること。この重要な役割を果たしていただけるよう、私も全力で支援していきたいと考えています。

【プロフィール】

People Trees合同会社 Co-CEO 中谷 真紀子氏(なかたに・まきこ)
リクルートHD、江崎グリコ、参天製薬にて組織開発や人材開発、タレントマネジメント領域を担当し、2019年にPeople Trees合同会社を共同創業。200社以上のお客さまの人材開発や組織開発に携わるとともに、People Treesのチームづくりを推進。経営と従業員をつなぎ、制度に息を吹き込む風土醸成を得意とする。

プロ人材紹介 中谷 真紀子氏

まとめ

従業員のキャリア自律や早期離職防止につながる人事評価制度を実現するためには、単なる制度設計にとどまらず、自社らしさを反映したEVPの言語化や現場との丁寧な対話を通じた運用力が欠かせません。制度はあくまで「手段」であり、そこに魂を吹き込めるのは人事という「人」の力です。

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