グローバル企業でのイノベーション人材育成の潮流

新規事業

2019年10月24日(木)掲載

イノベーターには、IQ(Intelligence Quotient=知能指数)に加えて、EQ(Emotional Quotient Intelligence=感情知能)とCQ(Curiosity Quotient=好奇心知能)が必要と言われています。

特にグーグルをはじめとするグローバル企業では、EQが重要視されています。EQ=感情知能を向上させることにより、リーダーシップの改善がされ、社員の仕事の効率が上がりエンゲージメントが向上します。それによって社内および顧客との関係がスムーズに行えるようになることが、脳科学を活用した研究により明らかになってきているようです。また、ハーバード大学、スタンフォード大学やマサチューセッツ工科大学などでもこのような研究がなされています。

そのため、仕事をしていくなかで、チームメンバーに幸福感、共感、エンゲージメントなどの重要なインパクトを与えることで、プロジェクトチームが円滑に運営されることが期待されます。

本稿では、グローバル企業で取り入れられている人材育成の仕組みつくりを考えてみます。

VUCA時代の人材の育成とは

イノベーションは、一言でいえば、顧客価値を生み出し、ビジネスを作り出すことです。また、イノベーションにとって重要な要素は、企業のイノベーション戦略と人材育成であるといえます。

現在の社会は、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑)、Ambiguity(曖昧性)の中で、動いており、それぞれの頭文字をとって、VUCA(ブーカ)といわれています。

その中で困難を乗り越えていくために、必要とされることは、次の四つのことがあげられます。

1.Vision ぶれない考え(ゴールを共有し、達成するための思考・行動をとる)
2.Education 絶えざる学習(一生学び続けるラーニングアニマル)
3.Dialogue  対話路線(濃厚な対話を可能にするネットワーク)
4.Action 素早い行動(Change Agility 即実行の考え) 

つまり、常にぶれない考えを持ち、常に学び、常に話し合い、素早く行動を起こすことで、不確実な現代を乗り越えていくという考えです。

また、そのような環境のなかで要求されている人材は、次のような人といえます。

・未知のものに対して好奇心や興味を持ち、俯瞰できる高いアンテナをもつ人
・アウトプットを意識しながら常にゴール達成のために学習し続ける人
・仕事が楽しくて勤務時間外でも常に頭の中で仕事を考え、仕事が遊びと思える人
・明確なビジョンをもって行動に移せ、自身のキャリアパスプランを描ける人。
・新しいビジネスモデルを構築できて、ブルーオーシャン、スモールビジネスをもできる人。(もちろん理想的には、ブレークスルーや発明・発見ですが)
・主体性が強く、めげずにやり抜ける、苦難を乗り越えるプロ意識が強い人
・人を感動させる話し方ができ、周囲を巻き込んで成果を出せる人

上記の能力は、ビジネスリーダーにも必要であるし、イノベーターにも要求される能力であり、グローバル企業では、このような考え方の下、EQを活用した人材開発を行おうとしている企業が増えています。

人材育成の鍵は『EQ』

この項では、グーグル、マイクロソフトなどの最先端企業で行われている人材開発手法を学んでいきます。

グローバル先端企業の人材開発は、ハーバード大学、スタンフォード大学、マサチューセッツ工科大学などのアカデミアで研究されている、脳科学を活用し解明されてきた人の行動パターンをベースに工夫されているようです。一言でいえば、EQを高めることが企業の成長につながるという研究です。

したがって、グローバル先端企業の人材育成のポイントは、まさしくEQにフォーカスされているようです。EQを一言でいえば、“メタ注意力”といえます。

EQの育成に関しては自己認識力、自己管理力、共感、モチベーション、社会対応力の5つが重要とされており、これらはリーダーにとっての必須の能力です。

次にEQの構成要素の概念についてご紹介します。
1.自己認識力(Self-Awareness)とは、自分の感情を把握しており、自分の行動が他人に与える影響を十分に認識し行動できる人であり、自分の弱さや過去の失敗を気楽に人に話せる能力のことです。またその失敗や成功例について語ることができる人です。

2.自己管理力(Self-Regulation)とは、その場の一時的な感情に支配されずにいる能力であり、自己の感情をコントロールできる人です。失敗した部下をよく考えもせずに怒鳴りつけてしまうようなことをしません。

3.モチベーション(Motivation)
とは、すべての優秀なリーダーに共通する能力であり、地位とお金のためだけではなく、自分自身や他の周りの人々の期待に応える喜びを感じることができ、高いモチベーションを維持できる人です。

4.共感力(Empathy )とは、仕事上の様々な決定をしていく中で、部下の感情をきちんと考慮して行動できるリーダーに必要な能力で、モチベーションを上げるためにどんな決定をすべきか、どんな言葉を話すべきかを考えることができる能力を言います。

5.社会対応力 (Social Skill)とは、「仕事は一人で成し遂げられない」としっかり認識でき、チームとして行動できる能力であり、「必要な時には自分に協力してくれるネットワーク」を組織や会社をまたがって築く能力のことです。これらの能力を備えることにより、リーダーシップの改善、社員の生産性向上、社員エンゲージメントの向上が図られ、結果的に企業が成長することにつながります。

グローバル先端企業の一部では、これらの研究を踏まえ、次の3つの項目を人材開発の目標としている企業もあります。

1.自己認識力 Self-Awareness
2.創造性 Creativity
3.人間関係力 Human Relationship

自己認識力と人間関係力は、EQの中心的な知能であり、グローバル先端企業ではいかにEQを中心とした人材開発に力を入れているか理解されるでしょう。

イノベーションを起こすために重要な要素として、IQにプラスして、EQ(Emotional Intelligence Quotient=感情知能)とCQ(Curiosity Quotient=好奇心知能)が注目されています。

VUCA(ブーカ=不確実な社会)に対応する人材としての要求される能力と考えられており、好奇心旺盛で創造性と感情知能が高い人間がイノベーションを起こすとされています。

グローバル先端企業における人材開発は、すでにEQを中心としたスキルアップに舵が切られています。脳科学的に見て、どのようなことが起こると、モチベーションが高まり、どのような行動をすれば、精神的に落ち着き、創造力や集中力が高まるか、普段以上の力が発揮されるかの研究が行われてきて、その因果関係が心理学と脳科学の融合により解明されてきました。

日本の企業でも、EQスキルアップの“Mindfulness瞑想”を取り入れ、業務の改善を行っている企業が出てきています。またEQの向上のためのプログラムとしe-Learningを通して、EQ向上のトレーニングプログラムを採用している企業もあります。

イノベーターの育成のポイントは、いか彼ら彼女らがモチベーションを保ちながらチャレンジを続けることです。そのために企業が何をしなければならないかを考えるべきであり、ここからはグローバル企業で行われている具体的な人材開発支援プログラムを紹介します。

VUCA(ブーカ)の時代においては,最初に述べたVision, Education, DialogueそしてActionが重要であるので、それに沿って説明をしていきます。

Visionについていえば、働く人が高い社員エンゲージメントを維持しながら働くことが重要です。そのためには、会社のVision、それを受けた事業部のVisionが 個人のものと同調し共鳴しなければなりません。そのために重要なのは、仕事への集中力が高まる時期である新入社員への教育と管理職への教育がターニングポイントとなります。

新入社員への教育は、人事や事業部のOJTトレーニングが主なものですが、グローバル企業では、On-Boarding Training として、積極的な取り組みがなされています。新入社員への訓練が重要であることは明白であり、特に重要なものとして、事業トップやマネジメントからの直接の対話が重視されています。

おざなりの原稿を読みながら話すのではなく、企業のVisionについて熱意をもって語り、新入社員を感動させるような話し方ができるマネジメントは、VUCA時代における理想です。

最近では、Pre-Boarding Training を行う企業も出てきています。内定者に対し課題を提示し、学生にプロジェクトに参加させ、入社前に社員としての自覚を与える活動を行っているグローバル企業もあります。e-Learningについても入社前にオープンし、トレーニングを行い、入社時にはすでにQuick Startができる状態で準備をさせます。

新入社員の研修時に何を望むかのアンケート結果を見ても明らかなように、仕事への熱意はすでに高く、そのような時期にどのように扱うことが一番効果的であるかを脳科学的に理解し、プログラムが組まれています。

管理職のトレーニングは、もっと重要なものになります。会社の将来を左右するようなイベントが管理職昇進のプロセスです。管理職になるときこそ、Vision について意識すべき時で、マネジメントチームの一員になるのであるから、Visionの理解はマストです。

マネージャーこそが、リーダーとして活躍する役割であり、部下へのVisionの共有、対話を通して、部下のモチベーションの向上や指導ができる立場であり、リーダーシップ発揮が要求されます。

Educationについて、過去の働き方は、教育⇒仕事⇒定年⇒趣味 という流れで行われてきたが、現代においては、一生を通じての教育、一生を通じての仕事、一生を通じての趣味という形で、すべてが同時に並行させるような生活スタイルが説かれ始めています。Educationは、学校時代だけではなく、継続的に続けられることにより新しい学びに触れることが要求されています。ラーニングアニマルという表現で言われるように成長をとどめてはいけないというメッセージングは先端企業では当たり前のように発信されています。脳科学的にも人間の脳は進化し続けられるということは既に言われているようです。

Dialogue(対話)について、日本企業の管理職の方に部下との仕事への話し合いはどのぐらいの間隔で行っていますかという質問をすると、大体の人が、年に2回は評価のために1時間程度内容を討議しますというような答えが返ってきます。

これでは、半年間の間で行っている作業の方向が違っていると、修正のチャンスが全くないことになります。最新のグローバルでの潮流は、最低でも一週間に一回は部下と話し合いを持つことが推奨されています。1on1Meetingと呼ばれている活動です。部下を適切にリードし、高いモチベーションを保ちながら成果を出せる対話です。

毎週CEOが社員との対話集会を開き、CEOが思いを語り、その中で社員も自由に意見を言い、CEOがその意見に対し回答し、よいアイデアは即採用されるというような取り組みを実施しているグローバル企業があります。社員とCEOが一体的な活動を行っており、社員エンゲージメントを高めるための活動の一つとして対話が行われているのです。

Actionについていえば、現在、強く求められているものは迅速性です。Agilityという言葉で表現されますが、“Change Agility”が強く要求されています。VUCAの時代にあっては、行動の迅速性を保つことが必要となっており、世の中の動きに遅れてはいけないという考えです。頭で考えているだけでなく、即行動に移すことが大切となります。

また、筆者が経験をした企業では、主なものとして下記の内容で人材育成が行われています。

〇後継者育成プログラム(H.O.O.=Health of Organization)
部長職以上の役職のすべてに、後継者を年に一度決定し、会社へ登録を行う。三段階に分かれ、即その職に就ける人、3年から5年後にできる候補、10年後の候補をそれぞれに3名ほど指名し、3段階の後継者としての登録を毎年定期的に行う。何が起きてもすぐに対応できる、又人材育成のための仕組みである。

〇ハイポテンシャル人材の指名     
ハイポテンシャルの人材を部門で年一回指名し登録を行う。役員候補、部長職以上候補、有望女性の3つのクライテリアで登録され、人事部はそれらの候補者をトレーニングするためのプロジェクト活動を考え、ハイポテンシャル人材を研修する活動を行う。

〇デュアルラダーシステム
研究開発部門では、研究職に没頭したい人を対象にスペシャリストのコースを設け、マネジメント職と匹敵する給与を得ることが可能になる仕組みを構築している。スペシャリストは生涯研究者として好きな研究を全うできる。

〇メンター・メンティースポンサープログラム
メンタリング制度を全社で設け、メンタリングを受けるものが、相手を選べる仕組みを作成し、役員を含め、全社でメンタリング制度を実施している。先輩社員をスポンサーとして指導させることでは得られない、高レベルの指導が行えることになる。

〇マルチキャリア人材の育成
新入社員は、2年単位で所属事業の異動を行い、3回目になる5年目に、自ら希望する職務の希望を会社へ申請し、相手方と合意できれば、異動可能となる。マルチキャリアの人材がビジネスや研究開発においても必要とされてきていることに対応する。

〇e-Learning
社内でラーニングアニマルを育成するためのプログラムである。EQを高めるような内容の教育内容が多く含まれる。受講することは義務ではなく、自由に参加することを奨励している。Web教育の一環で、やる気のある社員に門戸が開かれている。

〇テクニカルフォーラム
技術コミュニティーの確立を図り、社内での研究開発部門の尊厳をたかめ、常に技術者が誇りを持てるような、テクニカルフォーラムという活動を行い自己研鑽を図れる仕組みとして、技術交換会、発明発表会、基盤技術勉強会などの、技術陣内の技術共有化と社員ネットワークつくりに貢献する活動を若手研究者主体で運営している。

パネル発表会では、互選で投票が行われ、最優秀者には研究費用と米国渡航での研究が認められる。重要なことは、事業部の枠にとらわれずに、技術陣の全体活動である。これにより技術陣の仲間意識、ネットワークが助長される。

イノベーターの人材育成において、個人として、失敗体験・成功体験やマルチキャリア、ネットワークの構築をすることで、成長していくため、それを支援できるように人事を含めての対策が必要です。

組織としてやるべきことは、人材の多様化、キャリアパスプランを各個人に徹底し、モチベーションを維持し、さらにリーダーとなる人材を育成することが重要です。戦略的には、イノベーション戦略を明確にして、担当者の方向性を一致させ、成長を目指すべきであり、そのような担当者を支援する明確な姿勢が必要でしょう。

執筆者K.K氏

化学・電気素材メーカー入社。生活用品マーケッティング部長、事業部長を歴任。また、医療用製品事業部長、関連会社代表取締役を歴任し、病院向けビジネスモデルを確立。同社のイノベーションの仕組みを世に紹介。現在はコンサルティング活動を行う。

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