世界市場に影響を与えるEU環境規制。全業種に対応が求められる中、日本企業はどう読み解き、対応するのがよいのか

海外進出

2025年06月30日(月)掲載

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グローバル戦略の一環としてヨーロッパでの事業展開を強化する日本企業が増えています。こうした企業の前に立ちはだかるのが、EUが提唱・主導するサーキュラーエコノミー(循環型経済)やカーボンニュートラルの壁です。これまでに施行されてきたRoHS(特定有害物質使用制限)指令や欧州電池規則などの環境規制に加え、当地ではさらにサーキュラーエコノミー政策を推進すべく、あらゆる業種が対象となる新たな規制も検討されているのです。

大手総合商社時代に長年ヨーロッパへ駐在し、EUの環境政策などについて情報収集・分析を担ってきた経験を有するプロ人材・友永隆浩氏は、「ヨーロッパは世界のルールメーカーとして存在感を発揮しており、この市場に適応することがグローバル展開のカギを握っている」と指摘します。日本企業はどのように環境規制の流れを読み、対応していくとよいのでしょうか。ヨーロッパ市場の現状や、今後注目が必要な規制などについて話を聞きました。

日本企業は、EUによる「戦略としての環境規制」を注視することが重要

——友永さんは、ヨーロッパ市場の現状をどのように見ていますか。

友永氏:2025年上半期の段階では、景況感がかなり落ち込んでいます。ロシア・ウクライナ情勢の影響を受けドイツへの天然ガス供給がストップし、エネルギー価格が上昇。ドイツへ投資しているアメリカなど各国の企業が、ここ2年ほどで次々と撤退しています。屋台骨といえるドイツが低迷しているため、ヨーロッパは全体的に元気がありません。

一方、こうした状況の中で伸長している事業領域もあります。代表格は水素やバイオガス領域でしょう。エネルギー供給をロシアに頼るという選択肢はもはやEUにはなく、天然ガスのパイプラインについては2027年までシャットアウトすることを決めました。そのため、エネルギー関連の領域が盛り上がっているのです。

北海などでは現在、超大型の洋上風力発電設備の建設も進んでいます。EUが主導するサーキュラーエコノミーへの対応もあり、さまざまな産業でリサイクル推進やCO2規制の動きが活発化しています。

——こうした動向は、日本などEU域外の企業にとってはヨーロッパ進出の大きな障壁でもあります。環境規制はEU域内の企業に対する保護主義的な側面もあるのでしょうか。

友永氏:環境規制には非関税障壁の意味合いもあるのでしょう。関税と同じように、EU域外で生産されたものに対してコストをかけさせる。こうした巧みな形で自分たちの市場を守っている側面もあります。

「ブリュッセル効果」という言葉をご存じでしょうか。EUによる規制がEU域外の国々や企業にも大きな影響を与える現象を指します。ヨーロッパは世界のルールメーカーといえる存在であり、新たな規制を作って影響力を発揮することに長けているのです。

地球環境を守るという大きなテーマだけを見ていると、グローバル規模のビジネスはうまくいきません。日本企業は、巧妙で高い戦略性を持つEUの動きを注視することが重要です。

あらゆる業種が対象に。注目するとよい「3つの環境規制」

——友永さんが現在注目している環境規制の動きについてお聞かせください。

友永氏:RoHS指令(※1)やREACH規則(※2)など、有害物質への規制については定期的に見直しが行われています。これらはある程度完成され、市場での理解も進んでいるため、日本の製造業大手でも対応が進んでいるのではないでしょうか。


※1電気や電子機器における特定有害物質の使用制限に関する2011年6月8日付け欧州議会、理事会指令。家電やPC、ゲーム機など幅広い製品が対象。
※2 EUにおける化学物質の管理に関する法律。EU内で製造や輸入される化学物質について、登録、評価、認可、制限を義務付けている。

一方、あらゆる業種が対象となる新たな規制の枠組みも生まれつつあります。私が注目しているのは以下の3つです。

①Ecodesign for Sustainable Products Regulation(ESPR:持続可能な製品のためのエコデザイン規則)

EU域内で流通する製品の仕様における持続可能性要件の枠組みを定めたもので、2024年7月に施行されました。サーキュラーエコノミー政策の基盤となる規制であり、優先順位としては鉄やアルミニウム、テキスタイル(アパレル)、家具、タイヤなどが挙げられていますが、今後はあらゆる業種が対象となるでしょう。

ESPRでは、製品の設計段階から省エネルギーで、CO2をあまり使わず、リサイクルしやすい製品とすることが求められています。また、製品のカーボンフットプリント情報などをデジタル表示する、いわゆるデジタル製品パスポートへの対応も必要です。

②End-of-Life Vehicles(ELV:廃自動車に関する規則)

いわゆる自動車リサイクル法案であり、解体した車からプラスチック部品を回収し、リサイクルして再び車に戻す「水平リサイクル」の推進を目的としたものです。

2029年以降に製造される新車は、プラスチック材料の20%をリサイクル素材に、さらにそのうちの少なくとも15%は自動車由来のリサイクル部品を使うよう定める方向です。まだ議論が進んでいる段階ですが、自動車からリサイクルされたプラスチック材料を使えるよう、日本の大手自動車メーカー各社も対応に動き出しています。

③Packaging and Packaging Waste Regulation(PPWR:包装・包装廃棄物規則)

あらゆる素材の包装材について、2030年までに達成する必要がある水平リサイクル率を定める規則です。2025年1月に成立しました。

具体的な数値目標や細則が出てくるのはこれからですが、日本からヨーロッパへ輸出する製品の包装材も対象であることを考えると影響は広範囲で、非常に頭の痛い問題でもあります。アルミ缶やガラス瓶などの包装材はリサイクルがある程度進んでいますが、プラスチックはまだまだこれからということもあり、対応が急務となるでしょう。

——こうした新たな規制を受け、日本企業はどのように対応しているのでしょうか。

友永氏:自動車リサイクルを例に取ると、大手自動車メーカーではプラスチック部品のリサイクルに向けて、国内での使用済みペットボトル回収を強化しています。

また、この規制をビジネスチャンスに変えようとする動きもあります。自動車メーカーが車を廃車にし、解体するフェーズに関わることで、中古部品を販売する新たなビジネスモデルを構築できるかもしれません。ヨーロッパのメーカーではすでに動き始めているケースもあり、今後の動向が注目されています。

現地任せではなく、本社主導で情報収集や分析をする体制の構築を

——EUの環境規制に対する日本企業の対応には、どのような課題がありますか。

友永氏:当然ながら、ヨーロッパ市場に展開する日本企業はEUの法律に従わなければいけません。しかし距離的な制約もあり、情報を逐次得られないことが大きな問題となりがちです。現地に拠点を開設し駐在員を配属しても、欧州委員会の審議プロセスが非常に複雑で分かりにくく、環境規制の大枠が決まった後にも次々と細則が出てくるため、確かな情報を得ることに苦慮している企業も多いのです。

また、ヨーロッパに拠点がある大手企業から「現地法人が非協力的だ」という悩みを聞くこともあります。環境規制に関する情報収集や分析は、現地法人にとってはすぐに商売になる種ではないのも事実。単一の拠点や事業部に任せるだけでなく、本社主導でヨーロッパ市場に目を向ける体制を作ることも必要でしょう。

ヨーロッパの現地法人が着実に情報収集し、日本の本社と連携できる体制があれば、環境規制の目まぐるしい変化も乗り越えていけるはずです。私はそうした課題に対応するコンサルティングにも注力しています。

——友永さんはどのようにして情報収集しているのですか。

友永氏:欧州委員会など、環境規制に関連する機関のサイトを逐一チェックしているほか、ヨーロッパの企業や団体にコンタクトしています。また、現地で活動する日系ロビー団体にも仲間がいるので、ここから情報収集することもあります。 考えられる手段を全て使って情報を集め、今後の展開を予測することが欠かせないのです。

「理想主義」と「柔軟性」を併せ持つEUの今後は

———EUの環境規制はどのように進んでいくと見ていますか。

友永氏:グリーンディール政策(※3)が継続する限り、サーキュラーエコノミーやカーボンニュートラルを重視する方向性は変わらないでしょう。

一方、環境規制が企業の競争力を低下させかねない負担となっているのも事実で、ヨーロッパの企業からも不満の声が高まってきています。そこで欧州委員会は2025年に入ってから、規制をやや緩める方向の法改正案を出し始めました。欧州委員会は理想主義で法案を作る傾向にありますが、実現が困難だと見るや改正する柔軟性も持ち合わせています。

なお、日本とEUの間には戦略的パートナーシップ協定(SPA)があり、この協定に基づき、日本はEUの環境政策に追随する関係にあります。これまでも「プラスチック資源循環促進法」や「再資源化事業等の高度化の促進の法律」などがEUの影響を受けて成立してきました。

日本の場合は欧州委員会の理想主義とは少し距離を置き、産業界の自主規制を促すスタンスを貫いていますが、それでも新たな影響は着実におよぶでしょう。
EUの環境規制はヨーロッパ市場だけでなく、日本市場にも、そして世界中の市場にも関わってくるのです。私もその動向を注視しながら、日本企業のグローバル展開を支援し続けたいと考えています。


※3 「2050年までに温室効果ガス排出を実質ゼロにする」などの目標を掲げるEUの主要政策

まとめ

地球環境保全という大きな目的に向かうだけではなく、EU域内の産業を保護する手段としても戦略的に練られている環境規制は、世界のルールメーカーたるヨーロッパの動向が世界中の市場に影響を与えます。
刻々と変化する環境規制関連の情報を正しくつかむことは簡単ではないものの、グローバル展開を進める日本企業にとっては必須の課題だと言えるでしょう。友永氏のように独自の情報網を持ち、ヨーロッパ市場に対応する組織体制の構築にも知見があるプロ人材の力を借りることも検討してみてはいかがでしょうか。
経営支援サービス「HiPro Biz」

<プロフィール>

office Tomonaga合同会社 代表 友永隆浩(ともなが・たかひろ)
1984年、三井物産株式会社入社。営業部門を経て1994年よりドイツ現地法人で環境ビジネスに携わり、日本企業とのジョイントベンチャーで廃家電リサイクル事業を立ち上げる。
2010年からはベルギーに駐在し、EUの環境政策などに関する情報収集・分析に従事。三井物産を定年退職後、2021年にoffice Tomonagaを設立。大手製造業をはじめ数多くの日本企業のヨーロッパ展開を支援し、リサイクル事業の市場調査や立ち上げ、サーキュラーエコノミー・カーボンニュートラルを踏まえた次世代戦略支援などを手掛ける。

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