エッジAIの用途と未来~具体的な活用のご紹介~
2019年08月27日(火)掲載
クラウド側でなく、現場に近い場所でAIを機能させる「エッジAI」が注目されています。なぜ現場でAIに処理させる必要があるのか。どこで何を目的に用いられるのか。また、今後どの様な展開が予想されるのか。本コラムでは2019年AI・IoT分野での重要テーマの一つである「エッジAI」について最新の動向をご紹介します。
そもそも、エッジAIとは
新東名高速道路の新静岡IC~森掛川IC間の上下約50㎞区間においては、制限速度が時速120キロメートルです。この区間を制限速度で走行中の自動車は1秒あたり33.33m移動します。
この自動車の車中で、各種センサーやIoT端末を動作させ、LTE回線を用いてインターネットを経由しクラウドと通信し、クラウド上で動作するAIに各種判断や制御を委ねようとする場合、その実用性を妨げる問題として、まず、LTE回線のレイテンシ(遅延)が発生します。
この状況下では遅延時間中にも自動車は進行しており、AIでされた判断や制御を目的通り、確実に自動車側で適用するのは困難と言えます。また、LTEの収容密度を考えると、車載端末の通信に加えて、乗車する人が使用する携帯端末の通信も考慮した場合、通信そのものに無理があります。
もう一つの例として、工場等の製造現場を考えてみます。工場では多くの製造・搬輸送工程にロボット等のプロセスが導入されています。
それらには自律化を目的に多数のセンサー類が設置され、IoT端末を経由してクラウド上のAIに接続されます。このケースにおいても、ネットワーク通信の過密化やクラウド側の処理の集中化による応答遅延発生のリスクが排除できず、そのため、クラウド上においたAIに処理を委ねるには無理があるといえるでしょう。
これらの課題解決に、クラウド上でなく端末側にAIを置いて、動作させるものが「エッジAI」と呼ばれるものです。一方で「エッジインテリジェント」や「エッジインテリジェンス」という言葉がありますが、目的としては「エッジAI」を同じくエッジでAIを動作させるものです(システムだけでなくデバイスを指す場合もあります。また、クラウドとエッジの間を「フォグ」と呼ぶ、主としてネットワークの観点からの概念もあります)。
エッジAIの環境と用途
そもそも「エッジAI」が出現する以前から、「エッジコンピューティング」と呼ばれる技術が存在します。これは、端末の近くにサーバを分散配置して運用する技術を指し、端末近くの「エッジ」でデータ処理を実施することで、上位システムへの負荷や通信遅延による課題を解消することを目的としています。
「エッジAI」はこの技術を応用したものです。エッジでAIを動作させる事により、前掲の課題解決が期待されることから、AI導入は様々な方面や利用シーンに対し、導入が進んでおります。また、クラウド上でAIを動作させるパターンでは難しいと考えられるケースにも、積極的に導入が図られつつあります。
しかし、「エッジAI」が目的通りに機能するためには幾つかの課題も存在します。そもそも、クラウドにAIを設置する目的は、クラウドにはAIを動作させるための条件が揃っているからであり、それは「システムリソースが潤沢」「処理に必要とされるメモリ空間が潤沢」「電力確保や熱対策が十分」である事が挙げられます。
これをエッジ側の環境で、必要とされる分確保できるかが「エッジAI」実現のカギとなります。安価で高性能、かつ省エネでAIを継続動作させる仕組みを前提とすれば、適用範囲は無数に広がります。本年に入ってからは、AIを動作させる専用チップ「AIチップ」の開発に各社が取り組みを加速させており、幾つかの製品も出現しつつある状況となっています。
また、エッジでの使用を目的とされた、安価で省エネを達成した専用ハードウエアも存在することから「エッジAI」の普及は一段と加速するものと思われます。
「エッジAI」は前述の通りエッジで動作し、センサー若しくはIoT端末のほど近くで動作するものですが、その距離は最短で数ミリ、同一の筐体内で動作し、例えるならスマートフォンがそれにあたります。基本的な学習モデルはクラウド上にストックされ、エッジ側のAIが最適化されたタイミングでクラウドと連携する事により、エッジ側の処理がより目的を合理的に果たします。
前掲の自動車のケースにおいては、クラウドや他の自動車に搭載されるシステム、また通信が必要とされるプロセスとの間では5G通信による低遅延、多収容を前提としつつも、車載AIが、各センサーからのデータや通信内容を基に必要な判断、及び制御をリアルタイムで実行します。
また、同じく前述の工場内のケースでは、センサー近く、またIoT端末近く、またIoTゲートウェイ近くに設置されるAIがそれぞれ協調稼働しながら、設置される機器の自律監視や制御を休むことなく動作させることが実現できます。
「エッジAI」普及にはソフトウエア開発環境も重要な要素ですが、エッジとクラウドそれぞれのAIが協調連動するために必要とされるソフトウエア開発モデルや各種フレームワークもについては、一部オープンソースで提供される方向で進んでいます。そのため、これらオープンソースプラットホームを用いた開発プロジェクトが今後普及・増加すると予想されます。
また、一連のソフトウエア機能や動作環境をパッケージ化したソフトウエアパッケージ、サービスパッケージ等の市場投入も活発になるでしょう。普及への大きな課題の一つであろう、マルチベンダーを前提とした規格化、そして規格の統一・標準化に対しても、市場やユーザーの要求の激化を背景に、国家間での調整も進展するものと思われます。
エッジAIが拓く未来
「エッジAI」環境では、データ収集と判断や制御が現場で、かつリアルタイムで実行でき、結果として人間の介在を必要としない運用も期待できるので、その範囲は広範に及ぶでしょう。
なかでも「検査」や「調査」を目的としたシステムにおいては、「エッジAI」の導入が進めやすく、これらに「判断」や、「制御」、そしてその後必要とされる「アクション」のプロセスが、新たなシステム、ひいては新たなビジネスモデルとして提供されます。もはや、エンドユーザーには、計測数値から物事を判断するという思想が希薄となり、あらゆる現場やシーンにおいて「エッジAI」の存在は必要不可欠なものとなっていくと予想できます。
スマートフォンの機能も「エッジAI」によってより高機能となり、ユーザーは「判断」プロセスを屋内外で所有し行使できるようになります。これにより、例えばシーン解析による入力の大幅な軽減や、先回りしたスマートフォン側からの各種「助言」や「提案」の実装により、スマートフォンは道具を超えた存在、つまりある意味でパートナーに近づくと思われます。スマートフォンに搭載されたAIを用いるためのプラットホームはOS側で用意され、アプリは必要とされるAIおよび学習モデルとセットでプラグイン化されるイメージが濃厚です。
産業界、例えば建設業界では、高架や橋梁、トンネルやビルといった構造物の検査において、ドローンに搭載したカメラやセンサーを用いた検査を実施します。このプロセスに加え、メンテナンスで必要とされるプロセスを搭載したロボットが、メンテナンス対象を自律的に移動しながらメンテンナンス作業を実施する事で、従来に比べ工期とコストを改善できるようになります。
宇宙空間や空中、高所、地下、水中等、人間には過酷な条件下における作業の自動化も可能になり、作業員は現場に赴く必要が無いだけでなく、判断や機器等の操縦運転からも解放されます。そうなれば管理者は、同時多展開されるこれらロボットの稼働状況を遠隔地で見守るだけになるでしょう。
医療にもたらす発展にも大きく期待できます。我々は病院で様々な検査を受けることがありますが、その検査機器に「エッジAI」が搭載されることになれば、検査機器が検査しながら1次判断を下す流れとなり、医師の負担軽減や診療の品質向上に貢献します。
警察職務も「エッジAI」の導入で高度化、合理化されます。パトカーやドローン等に搭載されるカメラをはじめとするセンサー群で情報を収集解析し、対象者の確保や保護を迅速に進めるための判断と指示をリアルタイム処理できます。
地域行政においても効果を発揮します。気象データ、地盤や河川、海岸等の監視データ、日照量や雨量、気温湿度、CO2濃度、NOx濃度、PM2.5濃度等の計測と判断をリアルタイムで実施することができ、程度によりプロセスを自動化することで、緊急時の対応が後手にまわるリスクを削減できます。
「エッジAI」は現場にAIの学習モデルに基づく判断と制御情報を提供します。これにより、現場対応がリアルタイムとなるばかりでなく、対応品質が期待できるレベルで確保・継続でき、システムや運用の設計如何でもありますが、人間の工数削減が可能となります。それが今いよいよ現実味を帯びてきているといえるでしょう。
「エッジAI」は、大きな可能性を現実化するポテンシャルとインパクトを持っており、それは人間とコンピュータとの関係性をより進展させることになるでしょう。また、社会における諸問題を解決しながら、結果として、人間の新たな可能性を気付かせるブレークスルーとなることに大きく期待しています。
執筆者H.M氏
1966年大阪生まれ。物流・法務サービス・建設コンサルタント・物流IT・NIer・ERPパッケージメーカーでの営業・エンジニア・コンサルタント勤務を経て、2011年に独立。同社代表取締役兼コンサルタント。O2O・IoT・AI関連特許取得12件。