【米国の“反DEI”影響】日本企業の反応と今後求められる「DEI&B」とは——パーソル総研 上席主任研究員に聞く

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2025年06月30日(月)掲載

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政府が推進する「203030」(※)の呼びかけもあり、日本企業では女性活躍を軸としたダイバーシティ推進の流れが加速しています。一方、これまで世界のダイバーシティの潮流をつくってきた米国に目を向ければ、第2次トランプ政権の発足によって連邦政府のDEIプログラムが廃止され、民間大手企業がこの流れに追随する「反DEI」の動きが目立つようになりました。

米国で広がる反DEIは日本企業にどのような影響を及ぼすのでしょうか。そもそも日本企業は、どんな方針を持ってダイバーシティを推進すると良いのでしょうか。混迷の時代に求められる「ダイバーシティの本質」を、パーソル総合研究所 上席主任研究員の佐々木聡氏に聞きました。


※ 2030年までに東証プライム上場企業の女性役員比率を30%以上とすることを目指した政府目標

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「反DEI」の潮流とこれから/パーソル総合研究所 上席主任研究員 佐々木聡 氏

社会的・経済的側面による「反DEI」、日本企業への影響は?

——第2次トランプ政権の発足後、米国では「反DEI」の動きが広がっているように見えます。どのような背景があるのでしょうか。

佐々木氏:米国社会が反DEIに向かう流れは、トランプ大統領の就任前から見られました。米国の反DEIは根深い人種差別問題を背景として、特定の属性を優遇するアファーマティブ・アクション(積極的格差是正措置)に反対する動きが広がっていることが一つの要因だと考えられます。

米国には人種差別問題と向き合ってきた長い歴史があります。日本とは、DEIの考え方が大きく異なるのです。米国内でも温度差があり、IT企業が多い西海岸などリベラルが強い地域ではDEIを推進してきましたが、中西部の保守層には「DEIによって自分たちが虐げられている」と憤る声もありました。トランプ政権が反DEIの姿勢を鮮明にしたのは、こうした不満を吸い上げて支持を固めるためだと言えるでしょう。

また、一部の大企業からは「今までのDEIは思ったほど経済的効果が出ていない」といった声が上がるようになり、人事政策としてのDEIを見直す動きも現れています。

このように、社会的側面と経済的側面の双方からDEIへの逆風が吹いている状況です。

——日本企業の「反DEI」に対する反応を教えてください。

佐々木氏:私が複数の日本企業CHROに聞いた範囲では、おしなべて「影響はない」「DEI推進の従来方針を変えることはない」という反応でした。米国内の拠点については多少の影響があるかもしれませんが、それもDEI施策の見せ方を変えるような微調整程度でしょう。

そもそも日本企業がDEI推進に取り組んでいる背景には、労働人口減少に対応する人材確保やイノベーション創出、ジェンダーギャップ解消といった重要課題があり、DEI推進を現時点でやめる理由は見当たりません。



※出典:パーソル総合研究所×中央大学 「労働市場の未来推計2035

ジェンダーギャップ解消に向けて「女性のポジションパワー」を高める

——日本企業の場合は、DEI推進の取り組みの多くが女性活躍などの「ジェンダーダイバーシティ」中心で進んでいる印象があります。この現状を佐々木さんはどのように捉えていますか。

佐々木氏:日本企業の多くは、労働人口の不足を埋め合わせる優先順位として女性、シニア、外国人の順で考えているのではないでしょうか。政府が掲げる「203030」目標もあり、まずはジェンダーダイバーシティに注力している状況なのだと思います。これまでは女性の力を活用できなかったという事実も少なからずあります。

海外企業でも女性の経営者やマネジメント層は少なく、女性のポテンシャルを経営やマネジメントに活かすことでパフォーマンス向上につながったという話もあるようです。

少なくとも、手を打ったことによって変化が起きたことは間違いないでしょう。今まで男性中心だった経営やマネジメントに、女性が入ることで、男性とは異なる目の付け所や発想が生まれる可能性はあります。男性よりも女性のほうが成果を出せる役割もあるかもしれません。

——ポジションごとに、女性が力を発揮できるようにする方法を考えることも必要なのでしょうか。

佐々木氏:その通りなのですが、まずは女性がある程度の割合で経営層やマネジメント層を占めるようにして、女性がポジションパワーを得られるようにすることが重要です。

企業単位で見れば、女性視点でヒット商品が生まれるような変化はこれまでにも起きていますよね。さらに大きな変化を起こすには、女性のポジションパワーを高めていくために、まずは女性に重要なポジションを任せていかなければなりません。

かつての愛社精神とは異なる「帰属意識」が重要な時代に

——最近ではDEIから一歩進んだ考え方として、「DEI&B(Belonging)」が注目されています。これはどのような概念なのでしょうか。

佐々木氏: “Belonging”は、日本語では「帰属意識」と訳されることもあります。個人の感情や思いを理解した上で、組織文化との一体感を醸成しようとする概念だと言えます。

これはコロナ禍の米国で、テレワークの拡大をきっかけに注目されるようになりました。テレワークで働く個人が、「自分の仕事が自社や社会にどんな意義をもたらすのか」を見いだしづらくなってしまったことが背景にあります。

一部の米国企業ではテレワークを廃止して出社回帰する動きが鮮明になっていますが、これもBelongingを重視する意味合いがあるのでしょう。人がリアルに集まることで、存在意義や帰属意識を持たせようとしているわけです。

——日本企業の場合は昔から「帰属意識」を重視してきたのではないでしょうか。

佐々木氏:昔ながらの「従属関係の下で求める愛社精神」とは異なります。かつての日本企業と個人は、持ちつ持たれつの関係でした。個人は一生会社に面倒を見てもらえるので愛社精神という名の帰属意識を持ちやすく、会社としても個人がずっと働いてくれる前提なので安心できました。

その意味では、当時の帰属意識は会社ありきの相互依存によってもたらされたものだと言えます。本来のBelongingは個人から湧き出てくるもの。会社と個人がフラットな関係で、依存し合うことなく帰属意識を持てるようにする必要があるのです。

——現在は労働人口が減る中で圧倒的に個人が強くなってしまい、「嫌なら会社を辞める」という選択をする人も多くなっています。

佐々木氏:企業に頼らず、個人が主体的に自分の居場所を見つけるようになってきたのは良い流れでもあるでしょう。企業側は、そうした個人が安心できる居場所を作っていくしかありません。

一方、個人のキャリア自律も重要です。都合のいいときだけ企業に依存しようとするのではなく、自らで道を拓き、企業とWin-Winの関係になっていくような自律した姿勢が求められています。

中計では対応できない。人事部門は10年スパンの長期戦略を描く必要がある

——今後、日本企業の人事部門はどのようにDEI戦略を考えていくとよいのでしょうか。

佐々木氏:根本的なスタンスとしては、人事責任者や経営者が強い意志を持ち、10年スパンで戦略を描いていく覚悟を持たなければいけません。「トレンドだから」とDEIを捉えて推進すると、状況は好転しないのです。

日本企業はとかく中期経営計画(中計)が大好きで、すべてがこれをもとに動いているように見えます。中計は事業計画と投資効果を明確にし、銀行からの資金調達をスムーズに進めるために必要なもの。しかし投資家は中計をそこまで重視していません。なぜなら、3年間で何かを実現できる世の中ではなくなったからです。それでも企業は毎年のように中計の見直しを続け、人事戦略も中計に引きずられてしまいがちです。

人的資本への取り組みも3年単位では完結しません。ヒト、モノ、カネ、情報といった経営資源の中で、人には最も長期的な視点が求められます。人事部門はそれを強く認識し、一貫したポリシーを持って長期戦略を描く必要があります。

——長期戦略を遂行する人事部門になるために必要なことは何でしょうか。

佐々木氏:人事部門自体のステータスを高める必要があります。失われた30年で、日本企業における人事部のステータスが相対的に下がってきています。人事部長は取締役がつかず、経営ボードに参加しないことも増えました。長期的に人事戦略を遂行していくには、人事トップがもっと経営ボードに参加し、経営の意思決定にも関与していくとよいでしょう。

加えて、外部発信力を高めることも重要です。社外に自社の人的資本やDEIの取り組みを発信していくことで、社内にも情報が届いていくからです。たとえば、パーソルグループでは自社を「人事のショールーム」としてアピールし、人的資本レポートを発信するなどしています。

目の前の業務に取り組むだけでは、これからの時代を牽引する人事部門にはなれません。ポジションを高め、戦略的な人事として情報を発信する。そんな取り組みが求められているのではないでしょうか。
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「反DEI」の潮流とこれから/パーソル総合研究所 上席主任研究員 佐々木聡 氏

まとめ

米国を中心に海外では反DEIの動きが目立つようになりましたが、人材確保やイノベーション創出、ジェンダーギャップ解消といった重要課題を抱える日本企業の場合は、さらなるDEI推進が成長のカギを握っていると言えるでしょう。トレンドとしてDEIを捉えるのではなく、自社の長期戦略を支えるカギとしてダイバーシティの重要性を認識し、効果的な人事政策へとつなげていかなければいけません。「HiPro Biz」では、企業のDEI戦略やダイバーシティ推進に精通するプロ人材も多く登録しています。ぜひご検討ください。

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<プロフィール>

株式会社パーソル総合研究所 上席主任研究員 佐々木 聡 氏
株式会社リクルート入社後、人事考課制度、マネジメント強化、組織変革に関するコンサルテーション、HCMに関する新規事業に携わった後、株式会社ヘイ コンサルティング グループ(現:コーン・フェリー)において次世代リーダー選抜、育成やメソッド開発を中心に人材開発領域ビジネスの事業責任者を務める。2013年7月よりパーソル総合研究所 執行役員 コンサルティング事業本部 本部長、2020年4月より現職。立教大学大学院 客員教授としても活動。

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