形骸化した設計レビューから抜け出すには?属人化と手戻りを断ち切る「設計プロセス改革」
2025年09月29日(月)掲載
企業の設計部門では、FMEA(故障モード影響解析)やDRBFM(設計変更点に着目した設計レビュー)などの仕組みを導入しているものの、実際には取り組みが形骸化してしまい、設計不良や手戻りが繰り返されるという悩みを抱えるケースが少なくありません。背景には、納期に追われる現場の忙しさや、レビューを単なる通過儀礼として捉える風土、そしてベテランへの依存による属人化といった問題が存在します。
取り組んでいるのに成果が出ない。そんな状況を改善し、次世代の人材育成へとつなげていくためには、どのような設計プロセス改革を進めていくとよいのでしょうか。長年にわたりものづくりの現場で設計、開発をリードし、現在は数多くの企業の設計プロセス改革を支援するプロ人材の西 陽一朗氏に伺いました。
■設計レビューを取り巻く「仕組み」そのものが形骸化する原因
■ベテランが消極的でも「3Dメイン」の体制を構築するのがベター
■設計レビューが盛んになれば、ベテランの知見を真に活かせるようになる
■まとめ
設計レビューを取り巻く「仕組み」そのものが形骸化する原因

——企業の設計部門では設計レビューなどが形骸化し、設計不良や手戻り増加に悩まされるケースも多いと聞きます。
西氏:企業規模によって、設計レビューの課題は異なります。一定規模以上の企業では、企画から量産(商品化)へ至るフローの中で、各プロセスのゲート(節目)ごとに設計レビューが盛り込まれており、これをクリアしないと次の段階へ進めないようになっています。これが平均的なレベルと言えます。
設計レビューのやり方はさまざまです。小規模なところでは検討段階や完成した図面を投影して(あるいは机の上に図面を拡げて)みんなで意見を出し合い、生産部門や品質部門、経営層が議論を重ねて修正していきます。よりシステマティックに進めている企業では、FMEAやFTA、DRBFMなどの手法を取り入れて設計レビューを仕組み化しています。特にDRBFMは設計変更点にフォーカスする手法なので、全体を見て進めるよりも効率的だと言えるでしょう。
ただ、これも問題がないわけではありません。変更したところにフォーカスする前提として「変わっているか、変わっていないか」を判断するのは設計者本人であることも多く、本人が変更したことを認識していないと、レビューの遡上に上りません。実際は、構造は変わっていないのに使用条件のほうが変わっていることもあります。こうした点を見逃してしまった結果、設計を原因とする品質問題が発生してしまうこともあるのです。
——なぜ現場では設計レビューが形骸化したり、取り組みが不足したりするのでしょうか。
西氏:形骸化とは「やっているのに成果が出ない」あるいは「形だけやっている」ということです。設計レビューを何回も経て商品ができているのに、設計に起因する品質問題が発生してしまう。こうした問題は頻繁に起きているのが実情です。
要因の一つに、設計者が多忙で目の前の業務に追われていることがあります。FMEAにしてもDRBFMにしても、形に乗せようと思うとかなりの工数がかかり、ゲート前にきっちり資料を作らなければいけません。私も若手の頃は作っていましたが、とにかく手間のかかる大変な作業でした。
ところが、細かいところまで苦労して資料を作っても、設計レビューの検討会でつぶさに見られることは少ないのです。「やった」こと自体がゲート通過の条件なので、形さえ整っていれば通ってしまうこともあります。こうなると、取り組んだ設計者側としてはモチベーションが下がってしまいますよね。こうしたことが繰り返される結果、徐々に設計レビューを取り巻く仕組みそのものが形骸化するのです。
ベテランが消極的でも「3Dメイン」の体制を構築するのがベター
——効果的に設計レビューを行うためには、どのようなプロセス改革が必要でしょうか。
西氏:まず3Dを導入し、3Dメインで設計を進めることが重要な基盤となると思います。そのうえで、DRBFMなどの手法を取り入れていくことが有効です。
経済産業省が発行した2020年版の「ものづくり白書」によると、3Dだけで設計している企業はわずか17%に過ぎません。また、協力企業への設計指示に紙の図面を使っているところは50%超に上ります。こういった状況では設計レビューをなかなか効率化できないと思います。
——大企業でもなかなか3D化できない事情があるのでしょうか。
西氏:部品などを作っていただく協力企業が3Dに対応していないため、大手企業も2Dや紙で対応せざるを得ない部分はあると思います。とはいえ、社内で出てくる「できない理由」も、工夫次第で乗り越えられるケースが多いのではないでしょうか。
私は20年ほど前に中国各地の生産現場を多数視察しましたが、その時代ですでに上海近辺では、小さな工場も含めて3Dデータを使いこなし、若い現場技術者が3Dデータを使ったものづくりをしていました。中国は手描きから一気に3DCADに変わったので、進化のスピードが目覚ましかったです。
ところが日本企業の現場では、ベテランを中心に新しいことへの取り組みに対して消極的な姿勢を見せ、結果として現状維持を望む声に支配されることも珍しくありません。鉛筆から2Dに変わるときにはそれほど大きな抵抗を感じませんでしたが、3Dになるとどうしても拒否感が出てしまう。そうしたベテランがネックになっている設計開発現場も、たくさん見てきました。
こうした状況はどんな企業にもあると思います。ベテランに心の底から「3Dがよい」と思ってもらえれば一番なのですが、どうしても避けてしまう人には、3DCADを使えるアシスタントを付けて3D化するという力技もあります。そこまでやってでも、3Dメインで設計を進める体制を構築するのがよいと思います。その上で、設計レビューの進め方を常に見直していくことが重要です。
「DRBFMを実施しなければゲートを通れない」と決め、その通りに進めたとしても、一度決めたプロセスはなかなか変えたがらない企業が多く、プロセスそのものが形骸化していくことも少なくありません。だから私は「常時見直したほうがよい」と提言しています。
当初プロセスを決める際には委員会やプロジェクトを立ち上げますが、決まったらその組織は解散ということになりがちです。そうではなく、委員会などは縮小しながらでも解散はせずに、常に見直すことにしておくとよいでしょう。プロセスとして正式に社内で登録された状態を変えるのは簡単ではありませんが、大きなリコールなどの品質問題が起きてからでは手遅れになりかねません。役員層や部門長クラスが号令し、トップダウンで常に見直す機運を醸成することが重要になると思っています。
設計レビューが盛んになれば、ベテランの知見を真に活かせるようになる

——設計レビューを効果的に運用していくためのポイントを教えてください。
西氏:効率性の面ではやはりDRBFMがおすすめです。ただし、設計者本人が変わっていないと認識していても、それだけを鵜呑みにせず、複数の目で確認できるようにしたいですね。そのためにも3Dを使ったレビュー体制を構築することが大切です。
設計レビューでは工場など製造現場関係者も交えて議論することもありますが、2Dの図面を見せても問題点は見えにくく、意見が出にくい傾向があります。それが3Dになるとたくさんの発見があり、意見が活発に出やすくなります。こういった「各部署から意見の出やすい環境作り」が最重要ではないでしょうか。
レビューが盛んになってコミュニケーションが増えれば、部門間や担当者間での連携も強化され、ベテランの知見を再び活かすこともできるようになるでしょう。ベテランは過去に発生した不具合についても熟知しています。もちろんそれらを設計基準や設計標準など、みんなが見られる形で文書化(ナレッジ化)しておくこともまた大切です。文書化する際にはベテランの知見を反映し、更新していくとよいでしょう。そのうえで、こうした情報を検索しやすいようデータベースに整備し、AIも活用しながら効率性を高めていければベストですね。
DRBFMを厳格に運用している企業では、設計プロセスの中で少しでも変わったところがあればすべてレビューの対象にしています。ここまでやらないと、使用条件や負荷などの細かな変更の影響が見えなくなってしまいます。変更点のリストアップを妥協しないことで、仕組みを属人化させないようにしています。
——西さんのような外部のプロ人材の力を上手に借りるために、企業はどんな準備をするとよいでしょうか。
西氏:支援に入る側としては、設計やプロセスの一部だけでなく、企画から生産まで見渡した上でともに議論したいですね。社内での議論が煮詰まっていない段階から相談していただくのも大歓迎です。
私は複数のものづくり企業において、設計だけでなく、生産や工場立ち上げなどにも携わってきました。幅広い視点から、企業を超えて通用する知見を提供させていただきたいと考えています。
【プロフィール】
西 陽一朗(にし・よういちろう)
1976年にエンジン・作業機メーカーへ入社し、農業機械の開発設計からキャリアをスタート。翌年にグループ会社へ転籍し、田植機の設計や遊星歯車式ロータリ植付機構の開発業務を経て、2007年よりトラクター開発部長として国内向け中型トラクターや北米向け小型トラクターの開発マネジメントを担う。2008年より建機メーカーへ転籍し、開発企画部長として開発設計の3次元化を主導。その後も開発部門執行役員、取締役執行役員常務として3次元CAD設計の社内拡充や3次元データの全社的利用およびコンカレントエンジニアリングを推進。大型クレーンのフル3D設計を実現し、共通化設計と同時並行開発方式により大型機種の開発期間を約30%短縮した。2016年より生産部門全体の管理監督を担い、更地からの新工場立ち上げや生産現場のDX化、業務改善を推進。取締役退任後は常勤監査役として国内外の監査等を実施。独立後は数多くの企業の設計プロセス改革を支援している。
まとめ
設計レビューの形骸化や属人化を防ぐには「3D設計を前提とした改革が極めて重要」だと西氏は指摘しています。DRBFMは効率的な手法ですが、設計者本人の判断だけに頼らず複数の目で確認し、情報共有や部門連携を徹底することが求められます。ベテランの知見を標準化、データベース化し、AIも活用して効率化を進めることで、将来を担う若手の育成にもつながるでしょう。単なる改善にとどまらず、設計や生産プロセス全体の仕組みを改革していくために、プロ人材の活用を検討してみてはいかがでしょうか。