大企業におけるデータ分析組織の立ち上げと組織拡大
2020年07月30日(木)掲載
はじめに
2010年代に入り、ビッグデータ、データサイエンス、AI、DXなどのデータ分析に関わるワードが広まるにつれて、様々な業界の各社において、データ分析専門組織を立ち上げる必要性が高まっています。
当初は一部のIT業界の大手企業が得意としていたビッグデータの解析も、今ではクラウドサービスの普及により、誰でも安価にデータ分析を行うことが可能となりました。
その結果、近年ではIT業界の大手企業以外でも、「新規ビジネスの創出」「既存事業の改善」また、「競合各社のAI投資に対抗」するためデータのビジネス活用や、データ分析組織の設立のニーズが高まってきています。
私の身近なところでも、データ分析組織の立ち上げに関するアドバイスのニーズについて、以前は東京のIT系の業界を中心としていましたが、最近は東京以外の場所、且つ非IT業界の企業にも広がりを見せているということを日々感じています。
データ分析組織立ち上げに関する課題
一方で、データ分析組織を自社に立ち上げようとしても、PoCに代表される実験としての取組みに
止まり、分析組織が定着することは難しいという声も多く聞こえてきます。それはなぜでしょうか。
本コラムでは、単にデータ分析のタスクを外部の業者に外注するのではなく、自社内にデータ分析組織を構築し、軌道に乗せ、組織を拡大するための方法について、筆者の経験を元に、よくある「データ分析組織立ち上げに失敗するチェックポイント」を7つにまとめて説明しようと思います。
① データ分析組織立ち上げの目的が不明確である
一言にデータ分析組織といっても、会社によって様々な役割があります。
また、本業を別にもつユーザー企業のデータ活用と、分析のコンサルティング企業によっても意味合いが異なります(今回は前者のユーザー企業内におけるデータ分析組織構築を対象とします)。
自社のデータ分析組織に求められている役割は何でしょうか。
「新規事業」の立案のケースもあれば「既存事業の改善」というケースもあるでしょう。
どちらから手をつけたら良いか決まっていない場合は、
まず、すでにビジネスとして実績のある「既存事業の改善」から取り組むことをお勧めします。
② データ分析組織が改善するビジネス課題が明確でない
データサイエンティスト協会理事の安宅氏の著書「イシューからはじめよ」に代表されるように、「課題」の発見がデータ分析組織 の基礎となります。
例えば、テレビCMの予算10億円を最適化したいという課題があれば、データ分析により10%の効率化を達成するだけでも1億円相当のビジネスインパクトを生むことができます。
一方で、データ分析により年間売上1000万円の商品を10%改善したとしても、
分析組織を維持するには十分な効果とは言えません。
また、「課題は無いが、何かデータで面白いことをしたい」というように課題が決まっていない場合には、分析組織自体がコストセンターとなってしまい継続性が失われがちになるため、今一度立ち止まってデータ分析組織が生み出すべき価値が、その費用とバランスがとれているのかを考える必要があります。
(設立した分析組織が、数年スパンの研究を目的とする組織という立ち位置であれば、上記のようなデータから始めるアプローチも可能です。しかし、一般的には、ニーズの多い既存ビジネスの改善という役割の場合が多く、数ヶ月スパンでの改善提案は求められることになります。)
③データ分析に興味のある人材がいない
これからデータ分析組織を立ち上げる企業では、基本的には外部のデータ分析会社のような
スキルセットを併せ持った人材は不在であることが多いと考えられます。
可能性は少ないですが、2010年代にデータサイエンティストという職業が誕生して以来、社外の勉強会にて趣味でデータ分析をされている方がいらっしゃる可能性はありますので、まずは社内公募でデータ分析チームに興味のある人材を募ると良いでしょう(兼務からスタートする、というのも現実的な解決策の一つです)。
社内公募の結果、仮にデータ分析の経験者が不在の場合も、プランナーや営業、エンジニアなど自社のビジネスについて把握しており、自社のビジネス課題について関心のあるやる気のある人材であれば十分候補者となり得ます。また、上記のように社内に経験者が不在の場合は、外部のAIベンダー等からデータサイエンティストをアドバイザーやメンターとして迎えることで、実務の中で技術を継承していくことが可能になります。
いずれにせよ、プロジェクト全体を仕切れるデータ分析人材が最低一人は必要になります。もし、外部へ委託することを考えるのであれば、CTOクラスのデータ分析人材をヘッドハンティングで社内に迎え入れる、という選択肢も有効です(ただし、相場の年俸は1000万円以上を見積もっておく必要はあるでしょう)。
④ データや分析基盤が整っていない、データへのアクセス権限が無い
データ分析組織に見合う十分な課題があり、人材も確保できたとなると、次はデータや分析基盤に関するチェック項目です。どの企業にも「データはありますか?」と聞くと「沢山ある」という回答を得られることが
一般的ですが、必ずしも「デジタルデータ」や「データベース」をさしていないことがあるため、注意が必要です。
「沢山ある」データが大量の紙のデータや、紙をスキャナでスキャンしたデータである場合は、そのままでは通常のビッグデータ分析には使えず、デジタル化する作業が必要になります。
また、会社としてデータベースを保持していても、例えば情報システムの部署の管轄内で、データ分析組織がスムーズにデータにアクセスすることができないといった問題も散見されます。
関連して、データ分析の際によく用いられる有名なR言語などの無料で使える便利なプログラミング言語や、その他オープンソースで提供されている便利な分析ツールも、社内規則により利用が禁じられているという状況があると、データ分析組織はその本領を発揮することが難しいです。
データ分析組織を構築する際には、データの整備やデータアクセス、そして分析環境の整備には配慮する必要があります(決して安いからという理由でメモリが8GB以下のパソコンを分析環境として貸与しないようにしてください)。
⑤ 個々のビジネス課題を、わざわざ難しい方法で解こうとしている
時折、データ分析のプロジェクトとなると、高度な手法で細かなパターンまで解くことがすごいこと であると勘違いされているケースも散見されますが、ビジネス現場では実際は逆のケースが大多数です。まずはエクセルのレベルでも良いので、シンプルにデータを集計することから始めると良いでしょう。
また、例えば最近では、AIの代名詞であるディープラーニングの手法を使いたいというモチベーションでデータサイエンティストを目指す方や、資格試験にチャレンジされる方も中にはいらっしゃいますが、分析手法は解きたい課題に合わせて選ぶものです。
「既存ビジネスの改善」というテーマに関しては、難しい分析手法を駆使することが目的ではなく、課題をシンプルに素早く解決することが大事な点は忘れないことが大切です。
⑥改善施策の実行に必要な予算が確保で きない、社内・社外の調整が出来ない
ここまででビジネス課題もあり、人材も揃い、分析環境も整いました。
様々なデータ分析を実施し、結果新たに設立した分析組織は既存ビジネスの改善点を洗い出すことに成功しました。またその結果を踏まえ、複数の改善施策も立案しました。
ここで壁になるのが「改善のための予算が取れるか」「社内・社外の関係各所と調整できるか」という実行のためのステップとなります。
例えば、毎年10億円のテレビCMの効果を最大化するために、追加で5億円会社から予算を投じてもらうよう打診した際に、そもそも話を通せる関係性・信頼関係でしょうか。
また人事制度の改善が必要であるという施策の場合、会社全体のルールを変えるという施策は実現可能性が高いでしょうか。
この辺りの施策の実効性に関しては、少しずつ分析組織の信用を増やす、極力会社の経営ボードメンバーに近い方をプロジェクトに巻き込む、2のビジネス課題を発見する際に、併せて改善施策の実現可能性という観点で事前に取組むべき課題の優先順位付け・取捨選択を行うことで、「分析・提案はしたけれども施策が実行できない」というリスクを下げることが出来ます。
⑦組織拡大のためのPRや、他部門への業務拡大を行っていない
①~⑥のステップで順調に社内課題を改善し、利益に貢献し続けると、「分析組織に人を足すとコスト以上に売上げが上がる」という理想的な状態に持ち込むことが出来ます。
ただし、ある1つの「既存ビジネスの改善」を繰り返していくと、いずれは乾いた雑巾を絞るように、改善幅が少なくなってくるものです。解決すべき改善テーマが減ると、基本的には分析組織は規模を縮小することになります。
そのため、一つの部門の課題で成果を上げたのちは、積極的に他部門への展開を行い、全社的な組織への昇格を目指すと良いでしょう。また、その後は、例えば、データ分析のコンサルティング自体をサービスとする機能子会社としての独立なども選択肢として考えられます。
(某企業が、データ分析組織を立ち上げ、スモールスタートから全社規模まで組織拡大を行い成功したことがあり、それが成功事例として語り継がれているという話もあります。)
または「既存ビジネスの改善」で確保した利益を元に、「データを使った新規ビジネス」への投資を行うことで、継続的に大きなリターンを狙った研究開発を行うというのも一つの選択肢でしょう。ここまで順調に進めば、当初は数人でスタートした分析組織も数十人~100人規模の組織へと成長していることでしょう。
なぜ、分析組織が出来ないかを考える
ここまで、①から⑦のステップにてデータ分析組織の立ち上げと拡大、またその際に発生しうる大きなポイントについて説明してきました。これから自社にデータ分析組織を立ち上げようと考えられている皆様は、自社に当てはめた場合に、それぞれのステップについて、まずどこが課題になりそうか、それぞれ実現可能かどうかを検討されると良いでしょう(場合によっては、分析タスク自体を引き続き外注する方が効率的である、という判断もあり得ると思います)。
またデータ分析組織の立ち上げ初期に関しては、社内・社外問わず、 データ分析プロジェクトに関する有識者を1名はアサインすることを強くお勧めいたします。
例えば、社長の鶴の一声により、データ分析未経験者が独学で立ち上げることになり、2年ほど試行錯誤しながら分析プロジェクトを進めたものの、上記1-6のいずれかで止まってしまい、頓挫、その後ようやく外部のデータ分析経験者にアドバイスを求めたが、プロジェクトの進め方を間違えていることに気がつき、それ以降は順調に軌道に乗ったというプロジェクトは多数存在します。
上記のように独学で進めて失敗する要因として多いのは、そもそもの2のビジネス課題が定まらずにスタートしたケースや、5の難しい手法にこだわり、時間だけが過ぎるケースです。また、6の分析後の改善施策について、そもそも実現可能性の低いテーマに取り組んでしまい、分析後のアクションが取れないケースが多く見受けられます。これらは人材や分析基盤の問題ではなく、課題に対するアプローチの仕方自体を間違えていると考えられますので、通常はこの状態に陥っている場合は基本的には何年データ分析を行ってもほとんど成果は出ないことが多数です。
(経営層から見ると、人材も設備も他社と同じように予算を投下しているのに、我が社の場合はなぜ中々成果が出ないのかと疑問に思うでしょう。)
また、分析組織の立ち上げに際し、仮に外部のAIベンダーにコンサルティングに入ってもらう場合も、腕の良し悪しはありますので、上記の1-6に関してどのような計画を立てているかという部分を確認することで、ある程度リスクヘッジを行うことが出来るでしょう。
そして、1社のみの提案を受けるのではなく、数社の提案を比較し、自社の現状に対し納得感の高い提案を出してくるアドバイザーを選ぶと良いでしょう。
(逆に、上記の質問をお茶で濁し、AIがあればなんでも出来ます、と推してくるアドバイザーは避けた方が賢明でしょう)
まとめ
AI人材やデータサイエンス、DXに代表されるように、データ分析組織立ち上げのニーズは
年々拡大しています。一方で多数のつまずきポイントがあるため、独学で組織構築を目指すと失敗するリスクがかなり高い分野でもあります。
上記リスクを回避するために、ご自身でデータ分析組織を立ち上げる場合は元より、外部のアドバイザーを招く際の試金石として今回の7つのチェックリストをご利用いただけますと幸いです。
執筆者N.O氏
2010年代より国内最大手のIT企業にてマルチビッグデータのビジネス活用に携わる。現在は独立・起業し、これまで一部上場の大手から中小まで含めた約20社に対し、AI・データサイエンスのプロジェクトや分析チームの立ち上げのアドバイザーとして参画し、AIに関する企業の悩みを解決している。