企業が注目するバイオスティミュラント ~事業化のススメとポイントを専門家が解説~
2019年10月04日(金)掲載
農業生産者は、収益をあげるために種まきから収穫に至るまでに植物が受ける多岐にわたるストレスをコントロールしなければなりません。
このコントールを、植物に本来備わっている力(=免疫力)を利用することで、ストレスを緩和させて健全な植物の成長をサポートしてくれる物質としてバイオスティミュラントに注目が集まっています。
2009年以降、欧州の化学農薬規制の厳格化をきっかけに、化学・種苗関連企業は合併再編を加速させ、研究開発の方向性も循環型農業に具体的につながる環境適応技術や資材開発にシフトさせてきています。この循環型農業につながり、生産性を上げると同時に収穫物の品質を向上させる有望な技術が「バイオスティミュラント」と呼ばれる農業資材です。
ここでは、バイオスティミュラントがなぜ注目されるのか、また、事業化のために押さえておくべきポイントについて解説していきます。
バイオスティミュラントとは
2019年5月、欧州議会・理事会は肥料法を16年ぶりに改正し、その全貌を明らかにしました。この中で「バイオスティミュラント」を正式に定義し、肥料法の中に独立した製品機能カテゴリーとして設定しました。米国ではEPA(米国環境保護庁)による規制の考え方が示され、FIFRA(連邦殺虫剤・殺菌剤・殺鼠剤法)の範疇での対応に留められました。
現時点では、登録制度による規制は想定されていません。農業資材市場に新しいターゲットとして認知されたことで、環境保全型農業として、そして近年では循環型農業など持続可能な農業を求める欧米を中心に一層活用が進むことになります。2018年1月には日本バイオスティミュラント協議会が設立されており、国内においても化学・種苗関連企業に限らず異業種企業が挙って市場参入を表明、一段と開発競争に拍車がかかっています。
それでは、バイオスティミュラントとは、何でしょうか。
・バイオスティミュラントとは、植物が本来もっている免疫力を高め、非生物的ストレスを軽減させることやその技術を指す。
・バイオスティミュラントの資材は、いろいろなものがあり組み合わさって商品化される。
バイオスティミュラントの事業化の事例
農業生産の現場にとって、近年頻繁に起こっている極端に振れ幅の大きな環境変動、特に旱魃と多雨、熱波と冷夏など、どちらも短期間のうちに起こる異常気象は、世界中でも最も懸念されています。
被害損失は莫大に上ることが想定されます。作付けから収穫までの間に、植物が受け続けるこのような環境ストレスや病害虫などの生物的ストレスをいかにコントロールするかは、農業生産者にとって収穫量に関わるとても大きな問題です。
しかし、植物にあらかじめこのようなストレスに対応できるように免疫力を強化しておくことができれば、多岐にわたるストレスに対処することが可能になります。
バイオスティミュラントは、この「植物が本来持っている免疫力」を高めることで、気象条件などの環境耐性を強化し、さらには植物の成長を促進させることを可能にしています。農業生産に組み入れることで、植物の成長過程で遺伝的に決定されている最大収穫量の減少を軽減させ、環境に適応した健全な植物を提供することができると期待されています。
ここからは、バイオスティミュラント資材のユニークな開発事例を二つご紹介します。
酢酸により植物を乾燥させることに成功
一つは、みなさんが普段から使用している「お酢」です。そのものではありませんが、お酢の主成分である酢酸に植物を乾燥・旱魃に強くする機能があることが明らかにされています。乾燥時の植物体内で大量に酢酸が合成されること、また障害に関与する植物ホルモンであるジャスモン酸が合成誘導され、そのシグナル伝達を介してストレスを緩和しています。ごく身近な酸ですが、酢酸は、イネ、コムギ、トウモロコシおよびナタネなどの単子葉や双子葉の両植物種で乾燥に強くすることが実証されています。
すでに資材化にも成功しており、農業、家庭園芸用として事業化が進められています。異常気象などの急激な環境変動による作物生産量の低下や耕地の砂漠化の拡大など、世界規模での重要な課題が、ごく身近な酸を使った資材に解決のヒントがありました。メカニズムの重要性を再認識するとともに事業化の「たね」が身近に潜んでいるという事実は、今後のビジネスモデルのアイデア構築の参考になりそうです。
活性酸素による高温化に成功
二つ目の事例は、植物に高温耐性を付与することができる資材です。乾燥耐性と同じく今後の地球環境変動により、さらに温暖化が進むことが予想されています。したがって、乾燥とともに温暖化による高温耐性の強化が喫緊の課題としてあげられています。この課題に対する解決策も、その答えを植物はすでに持っていました。
植物の基本的な特徴として、光合成や障害などで生じる「活性酸素」が種々の生理機能を発現するためのシグナル因子でもあることが知られています。高温耐性機能も、やはり活性酸素が強化のスイッチとして働いています。これらの基礎研究から、植物の脂肪酸酸化物質ライブラリーのなかに高温耐性強化のシグナル物質として「2-ヘキセナール」という物質が見出されました。この2-ヘキセナールは緑葉の香り成分として知られているものです。
しかし、環境中に放出されると簡単に分解されるため、事業化は困難を極めました。この揮発性の弱点を昇華性の錠剤化と持続性を保つためにフィルムパックを併用することで課題をクリアし、農業施設内で優れた高温耐性と増収効果を発揮する資材として事業化に成功しています。
環境ストレスの解決策をまさに当事者である植物に聞くアプローチには、まだたくさんのヒントが隠れています。
掴んでいる現象とその本質、そしてその原因となるメカニズムのなかに事業化の「たね」が潜んでいます。これを逃すことなくキャッチアップするためには、植物と身近に接している農業生産法人や現場就農者の方々とのエスノグラフィーと植物の声を聴く「スピーキングプラント・アプローチ」がますます重要になってくると思われます。まさに、イベントは、実験室ではなく現場で起こっていることが実感されます。
・バイオスティミュラント資材の活用により様々な新たな機能が出来上がっている。
・事業化するには、「実験室」で研究を重ねるのではなく、植物と身近に接している農業生産法人や現場就農者の方々とのエスノグラフィーと植物の声を聴くことで、新たな発見をすることが非常に重要である。
今後のバイオスティミュラントについて
バイオスティミュラントの魅力は、植物や土壌の中でおこっている自然のプロセスを刺激することによって農業生産性を高めるというメカニズムにあります。今までは、植物、土壌、微生物、環境を個別の対象として必要な資材が開発、提供されてきました。
しかし、これから起こる環境変動を想定すると、植物とそれを支える支持体である土壌、そしてそれらを取り巻く微生物叢(マイクロバイオーム)と気象などの環境を農業生態系(エコシステム)として捉え、それらの関係性に着目して開発を進めることが重要になります。
この農業生態系を構成するネットワークそのものをターゲットにすることで、農薬でもない、肥料でもない第3の新しい資材や技術開発の可能性が見えてきます。
今後の世界人口の増加を考えると、耕地面積の拡大が必要ですが、反対に拡大による地球環境への影響も考慮していく必要があります。食料生産が環境に与える影響をいかに最小限に抑えるか(緩和)、逆に地球環境から受ける影響への対応(適応)というトレードオフをバランスよく解消していく工夫が求められます。これからの農業は複数のネガティブな要因に同時に対応することが求められます。まさにバイオスティミュラントの技術を活かす土俵が整ってきたといえるでしょう。
バイオスティミュラントの開発に向けて注目しておく効果ポイントをまとめておきます。
植物生理学上のポイントとしては、①植物の環境適用に向けた代謝制御、②浸透圧調節物質の生合成、③植物-微生物叢および土壌微生物叢の共生ネットワークと群集構造の3課題が開発の要諦となります。現時点で各論は以下の5項目が想定されます。
・植物の免疫力:ストレスによるダメージや細胞異常を知らせるシグナル伝達と受容体。高温や低温ストレス代謝制御、ストレス緩和成分の生合成制御など
・植物の成長 :成長に関与する茎葉部および根圏の各種成長シグナル因子の活性化。植物ホルモン生合成制御、共生内生菌(エンドファイト)の活性化など
・光合成活性化:クロロフィル生合成の促進ほか
・開花着果促進:活性酸素種シグナルおよび植物ホルモン生合成制御など
・根圏環境制御:根粒菌や菌根菌などの共生シグナルの活性化および植物の根部分泌成分
欧州では、肥料法の改正でバイオスティミュラントが法的に定義され、登録のための要件が明らかにされました。これから3年ほどかけて細則が整備されますが、欧州域内での資材開発は一層加速されると思います。
厳しい競争が想定されますが、農業生態系という多様性に富んだネットワークを開発のターゲットにすることで、オンリーワンの新しい市場を掴むチャンスが見えてきています。
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執筆者N.I氏
化学業界の企業で研究開発マネジメント・農業資材開発に従事。アグリビジネス全般を対象に研究開発組織改革、新規事業開発を支援。特に、農業資材の企画立案から事業化・改善、農業生産法人などの現場と研究開発の橋渡し研究支援。アイディエーションからビジネスデザインまでのコンサルティングに実績。