生成AI活用、導入後の“停滞”を打破──大手企業が進む次の一手

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2025年12月16日(火)掲載

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生成AIを導入したものの、「社員がうまく活用できていない」「成果が測れず、経営判断が止まってしまう」といった悩みを抱える大手企業が増えています。現場では「まずは使ってみる」というレベルに留まり、業務改革や生産性向上に結びつく本格活用には至っていないケースが少なくありません。その背景には、生成AIへの理解不足に加え、社員間のリテラシーの違いやガバナンス偏重の風土といった日本企業特有の事情があります。

では、企業はどのように生成AI活用を促し、組織全体の活用レベルを引き上げれば良いのでしょうか。大手企業への生成AI導入支援を数多く手掛けるプロ人材の蓼沼 康之氏は、「公式を学び、当たり前のチェックを徹底すれば大きな成果を出せる」と語ります。本記事では、蓼沼氏の実践知から、大手企業が本質的に生成AIを活用するためのヒントを探ります。

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大手企業の生成AI活用の現状と課題

——大手企業の生成AI活用の現状と、そこから見える課題について教えてください。

蓼沼氏:大手企業でも2024年頃から生成AI活用の機運が高まっていますが、当初は「どのツールを使えば良いか」という点で議論が立ち止まっていました。一部のツールでは情報漏えいのリスクも指摘され、企業規模が大きければ大きいほど、導入が慎重になっていた面があります。現在、多くの企業では、機能制限を設けてAIを利用している状況が見られます。他方、本来の性能を十分に引き出し、制限の少ない環境で試行錯誤を重ねるベンチャーや中小企業の方が、AIの活用は進んでいるケースもあるように感じます。

また、生成AIを導入している企業では、AIを使いこなせている人と、ほとんど活用できていない人の二極化が進んでいます。使いこなせている人は生産性が飛躍的に向上し、従来業務に加えて新しい業務まで担うケースもあります。しかし、その結果、業務が偏り、属人化が進むという新たな課題が生まれはじめているのが現在といえます。

——二極化が生じる理由と、その背景にある要因を教えてください。

蓼沼氏:AIを使いこなせる人とそうでない人の差は「メタ認知」にあると感じます。生成AIを使いこなせていない人は、AIの生成物を「右から左へ」そのまま使ってしまい、結果の良し悪しや不足点を振り返らない傾向があります。

一方、メタ認知のある人は、AIの出力を鵜呑みにせず「何がズレているか」「どこが弱いか」「どのように直せば目的に近づくか」を一歩引いて捉え、具体的に修正の指示をしながら精度を上げていきます。つまり、生成AIの活用の差を生むのはツールの性能ではなく、出力を評価、修正できるメタ認知というユーザー側の力です。

とはいえ、「右から左の仕事」が望ましくないのは、AIに限った話ではありません。たとえば、先輩の資料をそのまま流用して目的に合わない提案になったり、誰かの分析結果を検証せずに会議で使用して判断を誤ったりするのと同じです。AIも“素材”の一つであり、そこに自分の意図と視点で問い直し、磨き上げる習慣(メタ認知)があるかどうかが、成果の差になります。メタ認知を身に付けた状態で生成AIを活用していくことが、今後重要なポイントになると思います。

——メタ認知能力を身に付け生成AIを活用するとよいということですね。では、導入後に活用が停滞する企業が多い理由について教えてください。

蓼沼氏:問題点の一つは、測定指標がないことです。成果を定量化できないため、さらなる活用に向けた経営層の意思決定が止まってしまうのです。

成果指標について、生成AIを導入してから、その利用率も測定しない企業が多いのではないでしょうか。まずは社員の何割が業務にAIを活用できているのか調べます。利用率を把握できたら、次は「週に何回使っているか」「会社として定めたルールを運用できているか」などを測っていくのがよいでしょう。

そこで適切な運用が確認できれば、経営層が一番求めている成果の部分の測定です。基本的に生成AI活用で生産性は向上しますが、その具体的効果の数値を出すためには現状の把握がまず必要です。たとえば現状、メールを1通作成するのに何分かかっているのか。こうした具体的な業務の部分から測定し、導入後の変化を測定します。そして次に、どのように活用すると生産性を最も高められるのかを考えていくことが望ましいですね。

「公式」を知ることで生成AIの活用度合いが一気に高まる

——社員のリテラシー向上や、活用促進に悩む企業も多いと聞きます。

蓼沼氏:どうすれば生成AIへの理解や活用を促進できるのか、具体的な進め方が見えず、戸惑っている企業が多いですね。実は多くの生成AIツールは「公式ガイドライン」を設けています。本当はそのルールに沿えばよいのですが、取扱説明書を最後まで読む人が少ないように、それらを読み解く労力をなかなかかけられないのが現状だと思います。

また、読み解かなくても「できたつもり」になりやすい点もリテラシーが向上しにくい理由の一つです。現在の生成AIはプロンプトへの対応レベルがものすごく進化していて、適当に指示を入力しても、ある程度のアウトプットを返してくれます。そのため「自分は活用できている」と思い込みやすいのです。

しかし、なんとなく使えている状態と使いこなせている状態は違います。たとえば文書作成をAIに指示したときに、なぜかAIが勝手に、人間が求めていない物語調の文章にしてしまったという場合。そのときには「物語調ではなくビジネス文書にしてください」と指示すれば修正できますが、これでは根本的な理解と活用につながりません。

「なぜ物語調になったのか」の理由を聞き、「ビジネス調にするためのプロンプトを3パターン出してください」と指示すれば、次からミスを起こさないためのプロンプトを手に入れることができるのです。

推進においては、こういった指示の仕方を、活用促進担当が理解して発信することも重要です。「公式」の読み解きや、適切なプロンプトを調べるリソースがないならその部分を外部のプロ人材に依頼するというやり方も良いでしょう。

また、活用促進を仕組み化するには生成AI活用を評価制度の指標に入れる、報奨金を出すコンテスト実施などもあげられます。ただすぐにできる施策ではないので、長期的観点での施策だと思います。

より早く推進したいなら、まずはスモールスタートで実績を作ることを推奨します。特定の部署で、活用に前向きな推進力のある人を担当に決め、徹底的に生成AIを学んで実行してもらうのです。この方法は、初期投資を最小限に抑えつつ、ROIを早期に確認できるメリットがあります。小規模で成果を検証することで、全社展開前にリスクを低減し、経営層に「投資対効果の見える化」を提示できるため、意思決定を加速できます。これもまた、学ぶ部分や実践での悩みを解決してもらうコーチとして外部プロ人材に依頼し、短期間で学びの精度をあげるといった方法もあります。

——社員にAI活用を促していく際の注意点や改善点はありますか?

蓼沼氏:基本的なことですが、個人情報や機密情報の入力禁止などのガバナンスの徹底周知と、生成AIに任せすぎないということです。たとえば、資料を生成AIで作成し、中身を細部まで確認せずにクライアントへ提出するといった右から左へ流すような進め方では、AIがリスク要因となる可能性があります。細かいチェックや気遣いが手を抜かずにできるか。生成AIを通じて、ビジネスの基本を学び直す必要があるのかもしれません。

ちなみに生成AIをフル活用している人材は、生成AIで作成したレポートを異なる生成AIに読み込ませてパワーアップさせています。その上で、レポートに自分ならではの体験や知見を盛り込み、さらに複数の生成AIに読み込ませて改善するのです。ここまでうまく活用できれば、提出先のクライアントの感動レベルが大きく変わるでしょう。

いずれは「AIエージェントで組織をつくる」時代が来る

——蓼沼さんが支援する企業の中で、生成AIをうまく活用して成果を出した事例を教えてください。

蓼沼氏:ある大手企業では、Microsoft Copilot(以下、Copilot )を導入していました。

同社ではプレスリリースをはじめとした広報物の作成を広告代理店に依頼していたのですが、1本あたり納品されるまでに数週間かかっていました。代理店も外注先に業務を依頼しているため、伝言ゲームで進捗が遅くなっていたのです。この状況を改善するため、「生成AIでプレスリリースを作成できないか」と相談されました。

ただ、Copilotでは当初、思うようなアウトプットを出せませんでした。ライティングの中身がさっぱりしすぎていて、「〜です」といった語尾が続く不自然な文章になってしまうのです。理想はOpenAIのChatGPT(以下、ChatGPT)のライティングだったので、約3か月をかけてプロンプトを研究、改善した結果、ChatGPTのような文章を生成できるようにしました。

結果、この企業では若手社員が1人でプレスリリースを全て短納期で担当できるレベルになりました。

——工夫次第でパフォーマンスを引き出していけるのですね。

蓼沼氏:はい。この企業では経営層にChatGPT導入を提案しても許可されそうになかったため、導入済みのCopilotで求めるアウトプットを出せるように工夫しました。

他にも生成AI活用推進を担当する人からはよく、「CopilotでPowerPointの立派なプレゼン資料を容易につくれるなら、社員が積極的に使うと思うのですが……」といった悩みを聞きます。実はこれも、工夫次第で可能です。

プロンプトをなんとなく入力するだけでは人が大幅に手直しをしなければいけない資料しか出してくれませんが、PowerPointとCopilotを適切に連携し、公式ガイドラインに沿って操作すれば、プレゼンでそのまま使えるレベルの資料を短時間で作成できます。こうしたコツを学ぶことが、生成AI活用には欠かせません。

——現在では事前設定したルールや目的に基づきタスクを自動実行し、ワークフローを最適化できる「AIエージェント」への期待も高まっています。蓼沼さんはこの先の動向をどのように見ていますか。

蓼沼氏:前半で触れた二極化は、今後さらに広がる可能性があります。特に、活用できる人材に業務が集中し、属人化が進む現状は、組織全体の生産性を阻害するリスクです。こうした課題を解決するカギが「AIエージェント」です。

AIエージェントを活用すれば、定型業務を自動化し、人材の負荷を分散できます。結果として、離職リスクを低減し、業務効率化によるROIを最大化する仕組みが構築できます。

そうなれば、AIと人で組織運営ができるようになっていきます。即戦力となる人材に対して、給与に上限があり十分に反映できなくても「週休3日制」「毎日定時退社」といったはたらき方を実現できるかもしれません。人が追われていた業務の大半をAIエージェントが担い、人はチェックと思索に重きを置けるようになるはずです。
※関連記事 AIエージェントとは?生成AIとの違いや種類、活用例を解説

大きな改革ではなく、「今よりも少しだけ良くなる」小さな変化を

——冒頭のツール選定にも言えることですが、日本企業ではガバナンスを重視し、新たな技術やツールの浸透に時間をかける一面があります。この壁をどう乗り越えていけばいいのでしょうか。

蓼沼氏:この状況はなかなか変わらないと思います。

日本企業では、あえて「イノベーションを起こさないこと」が必要なのかもしれません。ドラスティックな改革ではなく、「今よりも少しだけ良くなる」小さな変化を積み重ねるのが最適ではないでしょうか。

理想を言えば、ChatGPTやAnthropicのClaudeなど主だったツールのアカウントを全社員に配布し、目的に応じて使いこなしてもらう状態にしたいですが、このやり方は日本企業にはなじまないと思います。まずは経営層も安心できる特定のAIツールだけでもいいので、ルールを決めて活用し、適切にチェックしてアウトプットを活用する習慣を身に付けていきましょう。

「ダブルチェック」や「上司確認」など、企業風土に合わせた手法で進めるのも一つの手です。

——生成AI活用は、社内だけではなかなか進まない現実もあると思います。外部のプロ人材の力をどのように活用すれば良いでしょうか。

蓼沼氏:最近はどの企業でも業務が複雑化し、以前と比べて、余力のある社員が少ないと感じます。外部の力を活用することには大きな意義があります。

ただし、1人のプロ人材で全てを担えるとは限りません。構想策定は戦略を描けるプロ人材に任せ、川下で個別のツール活用を支援できる人材にセットで入ってもらうなど、外部人材の活用をグラデーションで考えることも良いと思います。

上流で戦略が確定し、下流で具体的なツールや技術を支援できる人がいれば、職場での生成AI活用はさらに進んでいくのではないでしょうか。小さな変化を実感しながら、生成AIを使いこなせる組織へと変わっていけるはずです。

※本記事の内容は2025年12月時点の情報に基づいています。

【プロフィール】

ASX株式会社 代表取締役 蓼沼 康之(たでぬま・やすゆき)
2004年に総合不動産会社へ入社。人事を経てIT推進部門を立ち上げ、まだDXという言葉すら一般的でなかった2000年代から、業界に先駆けて顧客情報のクラウド管理体制を構築。散在していた顧客、契約、接点データを統合し、部門横断で活用できる顧客データ基盤(CDP的な仕組み)と既存顧客ネットワークの運用モデルを整備した。これにより、現場の営業やフォロー活動の品質と再現性を高め、投資用マンション販売における継続的な成果創出につなげた。その後、貿易商社でゴルフボール「飛衛門」の新規事業立ち上げ責任者として、IT戦略・営業DX・SFAを活用した販路開拓を主導。短期間で全国展開と大手量販店の開拓に成功した。さらに不動産テック・フィンテック企業にて、大手不動産会社や地方銀行のデータ活用・DX推進を支援するコンサルティングに従事。これらの経験を経て2017年にASX株式会社を設立。独立後は宣伝・営業に頼らず口コミのみで、不動産・住宅会社のDXコンサルティングを継続的に受託するとともに、大手不動産ポータル事業者や不動産業界向けシステム開発、新規事業の事業開発コンサルタントとしても伴走し、現場実装と事業成長の両面から支援している。

まとめ

生成AIへの注目が集まる一方で、大手企業の多くは「社員が使わない」「成果が測れない」「浸透しない」という共通した問題を抱えています。重要なのは、まず使ってもらうための仕組みを整え、社員の活用度を測定し、公式に基づく使い方を学んでもらうことです。また、生成AIのアウトプットを鵜呑みにせず、チェックや工夫を積み重ねる仕事の仕組みを設けることで、企業は確実に成果を出せるようになります。構想策定から実装までを外部プロ人材と連携しながら進めていくことで、生成AI活用を着実に前へ進めることができるでしょう。「HiPro Biz」では、蓼沼氏のようにAIに関する豊富な知見を持つプロ人材の支援を受けることが可能です。まずはご相談ください。

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