製造業への生成AI導入に立ちはだかる「壁」とは?求められる「トップの意思」と「改善を止めない組織文化」
2025年07月23日(水)掲載
近年、加速度的な技術進化を受け、製造業における生成AI活用の期待が高まっています。しかし、成功事例も現れる一方、必ずしもすべての企業が恩恵を得られているわけではありません。製造業への生成AI導入に立ちはだかる「壁」とは一体何なのでしょうか。生成AIに関する人材育成や産業創出を支援している一般社団法人生成AI協会の代表理事であり、自治体や企業への大規模なITプロジェクトを数々リードしてきたプロ人材・上村章文氏にお話を伺いました。
生成AI導入を阻む「ボトムアップ組織」と「失敗を許容しない組織文化」

――日本の製造業における生成AI活用の現状を、どのように見ていますか。
上村氏:前提として、世界の製造業におけるAIへの投資額は右肩上がりで上昇しています。生成AIだけでなく、画像認識により品質検査や異常検知などを行う「視覚AI」、オンプレミス環境で稼働する「エッジAI」などへの投資も進んでいます。その一方で、アジア、とりわけ日本の製造業におけるAI投資額は、北米や欧州に比べてまだ限られている傾向があります。
――日本の製造業における生成AI導入が、海外に遅れを取っているのはなぜでしょうか。
上村氏:理由はいくつか考えられますが、私はボトムアップ中心の日本型組織による影響が大きいと考えています。
生成AIの導入には、大きく分けて3つの障壁が存在します。一つ目は「データ品質保全」です。生成AIを効果的に活用するには、その学習元となるデータ基盤を整備するため、現場の紙帳票の記録や社内に分散している情報をデジタル化して統合しなくてはいけません。
二つ目の壁は「人材不足」。生成AIの活用にはAI技術者だけでなく、データサイエンティストやAIの周辺領域の知見を有する多様な人材が必要です。これらの人材が社内にいない場合、何らかの手段で招聘しなければいけません。
そして、三つ目の壁が「データ漏洩などに対するセキュリティ」。生成AIの活用には、Web上のデータ学習や自社データの組み込みなどが求められ、データ漏洩などのセキュリティリスクと常に隣り合わせです。個別のネットワークのセキュリティ強化はもちろん、自社のネットワーク環境全体を戦略的に構築する視点が求められます。
このように3つの壁を乗り越えるためには、経営者主導によるトップダウンでの戦略の策定や実行が欠かせません。しかし、日本型組織は意外にもボトムアップ中心の傾向が強いこともあり、戦略実行が各現場における個別最適に終始しがちで、トップダウンによる生成AI導入と必ずしも相性が良くありません。近年、日本企業では経営者直轄のCoE(Center of Excellence:部門横断型組織)を立ち上げるケースが増えていますが、これは生成AI導入やDXなどを念頭に、トップダウン型の組織への移行を目指した取り組みと言えるでしょう。
――日本企業の伝統的な組織文化が、生成AI導入の障壁になっていると。
上村氏:そうですね。また別の観点で言えば、日本企業的な「失敗を許容しない組織文化」も生成AIの導入を難しくしている一因とも考えられます。よく知られるとおり、生成AIはハルシネーション(偏ったデータや誤情報に基づいた出力)のリスクを孕んでいます。そのリスクを忌避しようとするあまり生成AIの活用に後ろ向きになるケースも少なくありません。
しかし、直近では推論能力を備えたAIもリリースされていますし、プロンプトの作り込みや学習元のデータベースを拡張するRAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)などにより精度を高めることも可能です。リスクを嫌って生成AIの活用を忌避するのではなく、リスクをいかにコントロールして最小化するかといったマインドで活用を進めるのが重要だと思います。
生成AIは最も身近なコンサルタント。新たな知識習得への活用を
――では、製造業企業が生成AI活用を推進するためには、どのような姿勢や取り組みが必要なのでしょうか。
上村氏: 私が特に重要だと思うのが組織のトップである経営者の役割です。先ほども述べたとおり、生成AI導入にはトップダウンによる意思決定が欠かせません。しかし、意思決定をするにしても一定以上の知識や導入の勘所は押さえておかなければいけないため、経営者は生成AIの技術や市場動向に精通する必要があるでしょう。
――多忙な経営者が生成AIについて学ぶのは敷居が高いようにも思います。
上村氏:たしかにそうですが、最近では学習のためのツールや研修が充実していますし、他社の成功事例や失敗事例も手軽にリサーチできます。仮に多忙であっても、以前ほど学習が難しい環境ではないと思います。
また、必ずしも経営者「だけ」で意思決定や戦略の策定をする必要はありません。企業としての新たな取り組みでもあるため、生成AIの豊富な知見を有した人材は一定数欠かせないと思います。経営者も知見を深めつつ、外部の専門家を招聘して力を借りるのも重要でしょう。変化の激しい現在の社会においては、社内の人材と知識だけでは市場に取り残されるリスクがあります。生成AIに限らず、先進的な取り組みを推進する際には、外部人材の協力を仰いで社内人材との混成チームで取り組むこともおすすめします。
加えて、経営者の方々にお勧めしたいのは「生成AIをコンサルタントにする」という手法です。プロンプトの調整などに多少の工夫は必要ですが、現在の生成AIの精度や性能は極めて高く、リサーチだけでなく、戦略立案や文書作成、アイデアの壁打ちなど、さまざまな用途で活用できます。また、生成AIについて学習したりする際にも生成AIツールの活用は便利です。「生成AIを使って生成AIを導入する」というと、若干矛盾しているようにも思えますが、こうしたアプローチが可能なのが生成AIを取り巻く現在の環境なのです。
「PoC止まり」という高い壁を乗り越えるために
―― 具体的に、製造ラインにAI を導入する際は、どのような手順を踏むのがよいのでしょうか。
上村氏:一気に駆け上がるのではなく、以下の5段のステップをコツコツ上がっていくイメージで進めるのがよいでしょう。
1.棚卸し
毎月の電気代、製品の在庫数など、 自社にとって痛みやインパクトの大きいテーマを数字で洗い出して優先順位を付けます。
2.テスト期間
選定したテーマについて、生成AIの導入を 1 本のラインや 1 台の設備で 90 日ほど試します。このとき 「精度は8割以上、1年で元が取れる」くらいを合格ラインにするのがポイントです。
3.プロトタイプ
テストで使った機材をそのまま現場に実装し、昼夜問わず稼働させます。
4.標準化セット作成
配線図、学習モデル・マニュアルを使い回せる形に整備し、「あとはコピーするだけ」の状態にしておきます。
5.横展開と育成のループ
他のラインへ横展開を進め、月に一度 KPI を見直して AI を少しずつ育てます。スモールスタートで、徐々に導入範囲を拡大しながら生成AIを育成するのが、失敗しにくい方法と言えます。
―― 導入の中で、つまずきやすいポイントはどこでしょうか。
上村氏:大きく三つあります。一つ目は目標があいまいなこと。「精度を上げる」といった、あいまいな目標では導入可否の判断を測れません。「欠陥率を30%下げる」のように一行で言える目標にするのがおすすめです。
二つ目は運用担当を決めないまま始めるケースです。AI は導入して終わりではなく、誰かが再学習や監視を担当しなければ性能が落ちます。最初から社内の担当者や専任の外部パートナーを決めておくのがよいでしょう。
三つ目は成果が現場の評価につながらないことです。頑張っても給料や表彰に反映されなければ熱は冷めてしまいます。不良率や稼働率など現場の KPI と AI の成果をしっかり人事評価に結び付けると、AIを活用するインセンティブが生まれ、前向きに利用されるようになるでしょう。
―― 製造業のAI導入で、具体的にどのようなメリットが期待できますか。
上村氏:代表的なものだけでも三つあります。
一つ目は検査が速く正確になることです。カメラと AI で μm 単位のキズを検知するので、不良が3割減り、検査にかかる人手が半分になった事例があります。
二つ目は電気の使用量削減が期待できます。AI を活用すれば電気代の安い時間帯にまとめて電力を消費することが可能です。実際に、電気代は2割、CO2は一割以上減った事例もあります。
三つ目が、設計業務の効率化です。例えば、「軽くて強い部品を」と AI に頼むと、一晩で膨大な設計案を出力して、強度チェックまで済ませてくれます。こうした取り組みを実践して、開発期間を4割短縮、特許調査も自動化しコストが3分の1になった企業もあります。
つまり、品質・コスト・スピードを同時に底上げできるのが、AI の強みです。
ただし、注意しておきたいのが、生成AIに限らず、製造業企業がデジタルツールを導入する際に陥りがちな「PoC(Proof of Concept)止まりになる」という事態です。PoCで一定の効果が確認されたとしても、実際の導入でさまざまな壁に阻まれ、取り組みが立ち消えになるケースが少なくありません。
そうした事態を避けるためにも、小さな成功体験を重ねながら取り組みを徐々に拡大させていく手法は、非常に有効だと思います。
一方で、忘れてはいけないのが、組織文化の側面です。「PoC止まり」は、経営と現場が隔絶していたり、改善の文化が根付いていなかったりと、組織文化が要因になっていることも少なくありません。そのため、経営と現場が対話を重ねて組織の目標やビジョンを共有したり、「小さく試して、小さく改善する」といった改善の文化を根付かせたりといったアプローチも欠かせません。その他、従業員の心理的安全性を確保して、失敗に寛容な組織文化を醸成することも重要でしょう。
まとめると、やはり肝要なのは「経営者の意思」と「組織文化」の二つではないでしょうか。私は現在、生成AI協会の代表理事として企業への支援や研修会を手掛けていますが、この2点は重要性の高まりを感じます。今後、生成AIは製造業においても無くてはならない技術になることは間違いないでしょう。経営者の方々には、強い意思を持って生成AIを導入し、活用を途絶えさせない組織文化を構築してほしいと考えています。
<プロフィール>
一般社団法生成AI協会 代表理事 上村章文(うえむら あきふみ)
東京大学法学部卒業後、自治省(現総務省)入省。青森県総務部地方課長、自治省大臣官房情報管理官室課長補佐などを経て、香川県総務部長としては全国初の県主導インターネットプロバイダー設立、県庁LANの構築などを実現。その後、総務省大臣官房会計課企画官、内閣府政策統括官(防災担当)付参事官(災害応急対策担当)、総務省自治大学校部長教授などを経て、総務省北海道管区行政評価局長。総務省を退官後は、一般社団法生成AI協会ほか複数の組織で代表、理事などを務める。
まとめ
上村氏のお話を伺い、製造業における生成AI導入には数々の高い壁が立ちはだかっていることが分かりました。組織文化の構築は定型的な方法論やプログラムを導入するだけでは果たせず、継続的かつきめの細かい働きかけが必要になるのではないでしょうか。「HiPro Biz」には生成AIの知見を有するプロ人材も多数登録しています。「HiPro Biz」を活用し、机上の空論ではない、現場に寄り添った「伴走型AI導入」を実現してみてはいかがでしょうか。