あなたの知らない5G ~米中通信摩擦の影響~
2019年07月04日(木)掲載
■摩擦はいつから?米中通信摩擦の原因とは
■中国企業ファーウェイのインフラ機器への警戒が強まる
■情報窃盗疑惑により貿易摩擦にとまらないレベルで摩擦が激化
■日本への影響は?通信事業者に求められる高度なセキュリティ管理
■国内導入にあたって注目されている5Gのスムーズな導入を目指すには
摩擦はいつから?米中通信摩擦の原因とは
近年のスマートフォン端末市場は韓国のサムスンと米国のアップル、そして中国のファーウェイがしのぎを削っていますが、台頭してきたファーウェイにストップをかけたのは米国政府でした。今回の米中通信摩擦は、昨年12月1日にファーウェイの副会長で創業者の娘でもある孟晩舟容疑者が、米国政府の意向を受けたカナダ当局によって拘束されるという衝撃的なニュースで一気に注目されましたが、実際は以前からその予兆はあったようです。
昨年8月、ファーウェイが米国市場から完全撤退かという記事が中国メディアから流れました。これは、米国FBI、CIA、NSAという諜報機関の各長官が異口同音に、「アメリカ市民はファーウェイ製の製品及びサービスを使用してはいけない」と安全保障上の観点から警告を発し、通信業界の所轄官庁であるFCC(米国連邦通信委員会)も同様の呼びかけを行っていたことが要因でした。
しかし、米国政府の中国通信機器企業への警戒心はもっと以前からあったのです。2012年10月、ソフトバンクの孫正義氏が米国第3位(当時)の携帯電話事業会社スプリントを買収すると発表したとき、既に米国政府は買収を認める代わりに、「スプリントは中国製のインフラ機器を採用してはいけない」という条件を付けていたのです。ソフトバンクはその条件を守る約束をして、翌年7月に買収を完了したのですが、既にそのころ、つまりオバマ政権時代から、米国政府は中国の通信機メーカーに警戒心を抱いていたということがわかります。
・2012年12月の孫氏によるスプリント買収の段階で米国政府は中国の通信メーカーに対する不信感を明らかにしていた。
中国企業ファーウェイのインフラ機器への警戒が強まる
ちょうど、ファーウェイのCFOが逮捕されたというニュースが流れた昨年12月6日の午後、ソフトバンクのネットワークが4時間半にわたって全面停止するという全国的な大規模通信障害が発生しました。のちに、この大トラブルの原因はソフトバンクが採用しているスウェーデンのエリクソン製の交換機のソフトウェアのデジタル証明書が期限切れになったためだったと判明し、同じ交換機を採用している世界11か国で同時に発生していたことも報じられました。期せずして携帯インフラのソフト不具合で簡単に深刻なサイバーテロを起こせることを証明してしまったのでした。
ファーウェイのスマホの世界シェアがトップクラスだと紹介しましたが、実は問題はスマホ端末ではなく、インフラ機器の方なのです。そして、ファーウェイは携帯インフラ機器でもスウェーデンのエリクソンと世界1、2位を争う地位を占めています。インフラ側をおさえると、端末が米国製でも韓国製でも関係ありません。その気になればすべての情報を掌握できてしまうと言われています。
ただし、この問題が大きくなり始めた2019年4月にはファウェイ・ジャパンの日本人CTOがマスコミのインタビューを受けて、「基地局は暗号化されたデータが通るだけの単なる土管」であり、「交換機は携帯電話事業者が常に通信を監視しているので、バックドアなど付けられない」と反論しています。
とは言え、2017年6月28日、中国政府は「いかなる組織及び個人も国の情報活動に協力する義務を有する」という、国家情報法を施行しています。ファーウェイの任正非CEOは娘の逮捕後に日本メディアのインタビューに答えて、「これまでも中国政府への機密情報の提出はしていないし、今後求められても拒絶する」と断言しています。しかし、そもそも拒絶することが中国国内では違法であるならば、本当に拒絶しきれるのか、他国のユーザーとしては安心できないといえます。
情報窃盗疑惑により貿易摩擦にとまらないレベルで摩擦が激化
一方、米国政府はこれに対抗するように昨年8月に国防権限法を制定しファーウェイを含む中国の5社を政府調達から排除しました。このまま5Gの時代に突入し、ファーウェイに世界の携帯インフラ市場を制覇されることは、米国にとって単なる貿易摩擦ではなく、安全保障上の重大な危機につながると考えられているわけです。
2019年1月末には米国司法省が改めてファーウェイ社を23件もの犯罪容疑で起訴しています。その中では、ファーウェイ社員が2012年に米国の携帯電話事業者TモバイルUSが保有するスマホの品質チェック用ロボットの写真を無断撮影するなどして技術情報を盗んだと指摘。さらに、ファーウェイは本社の会議で他社の企業機密を盗んできた社員を査定評価し、より重要な情報を提供した社員にはボーナスを与えていたという記事もありました。この2012年は孫さんがスプリントを買収しようとしていた時期に該当します。
そして、2019年5月に入り、ファーウェイをめぐる問題は一気に加速しました。これは一般ニュースでもたびたび取り上げられたので、ご存知の方も多いと思いますが、5月15日に米商務省が、「米国企業が米国のハイテク商品や技術をファーウェイに輸出する場合は米商務省の許可が必要」とし、実際には認可は下りないことになったのです。この結果、ファーウェイが年間に100億ドル購入しているという米国製部品が調達できなくなりました。部品だけでなくソフトウェアも対象のため、グーグルが提供するアンドロイドOSのバージョンアップやアプリ提供ができなくなる可能性が出てきました(ただし、グーグルは既発売の商品には対応すると発表しています)。さらに同日、トランプ大統領は米国企業に対し、安全保障上の脅威がある外国企業から通信機器を調達するのを禁じる大統領令に署名しています。米国高官は、「特定の国や企業を指定するものではない」と言うものの、ファーウェイを念頭に置いているとみられています。
日本への影響は?通信事業者に求められる高度なセキュリティ管理
そして、5月22日には日本の3大携帯電話事業者もファーウェイの新製品の予約受付を中止または延期してしまいました。さらに同日、英国の半導体設計大手のアーム・ホールディングス社がファーウェイとの取引停止を示唆したというニュースも流れました。米国政府の制裁に対し、ファーウェイの任正非CEOは自社製半導体を開発して対応できるとしていましたが、その設計図を提供しているのはアーム社です。アーム社の特許を回避して自社で設計することは事実上不可能なので、この取引停止は大きなインパクトがあると思われました。ちなみに、アーム社は2016年7月に孫さんのソフトバンクグループが3兆3000億円で買収した会社です。
その結果、6月17日にはファーウェイの任正非CEOが記者会見を開き、2019年のスマホの出荷台数が2018年の約2億台から4000万台減になると発表し、売上高も2018年の1051億ドル(約11兆4000億円)から2割増加するとしていた計画を下方修正。2020年まで約1000億ドルの見通しになると発表し、米国政府の制裁が深刻な影響を与えることを認めました。
ファーウェイの部品調達額は年間7300億円にも達しています。ファーウェイは昨年11月に「グローバル・コア・サプライヤー大会」を開催し、主要サプライヤー92社のリストを公開していますが、そのうち11社が日本企業でした。当然ながら、スマホ1台を作るためには、各国から購入しているすべての部品が揃わないと完成しませんから、米国製部品を入手できないと、日本製部品だけを購入する意味がなくなります。つまり、日本の部品メーカーにとっても米国政府の制裁が大きな影響を及ぼすことになるのです。
ところが、G20大阪サミット2019のために来日した米中両国の首脳が6月29日に直接会談した結果、米国製部品のファーウェイへの輸出が認められることになりました。報道によると、その対価として中国側は米国の農作物の購入を約束したと言われています。
しかし、7月2日の米CNBCテレビで、米中首脳会談にも同席したナバロ米大統領補佐官が、「禁輸緩和は安全保障問題を生じない低技術の半導体に限定され、少量だ。ファーウェイは引き続き米禁輸リストに据え置かれる」と発言しています。実際、5月に発行された大統領令は撤回されておらず、問題解決には程遠い状態と言えるでしょう。
一方、日本の石田総務大臣は、7月2日の閣議後の記者会見で、大阪を舞台に繰り広げられた米中会談の結果について質問された際に、「総務省として関係各所の各方面に、動向について引き続き注視していく。総務省では4月の5Gの周波数割当てに際し、各社にサプライチェーンリスク対応を含む十分なサイバーセキュリティ対策を講じることを条件として付しているが、これは政府として特定の国や企業の機器調達の排除を求めたものではない」と、従来通りの見解を表明しています。
いずれにしろ、この問題は通商問題の範疇を超えて、安全保障の領域にも及んでいますので、根が深い分、まだまだ長引きそうです。
・今年5月、日本の3大携帯電話事業者もファーウェイの新製品の予約受付を中止または延期した。
・日本の部品メーカーも米国制裁による経済的な影響を受けた。
・6月末の大阪サミットの結果、米国からファーウェイへの部品輸出解禁が示唆されるものの、大統領令の撤回はされず、解禁も限定的なものとなった。
・石田総務大臣は日本の通信事業者に対して5G導入にあたってサイバーセキュリティ対策を講じることを求めた。
国内導入にあたって注目されている5Gのスムーズな導入を目指すには
5G普及に際して、未だ多くの国際論争が起きているものの、日本国内については着々と5Gの全国的なエリア展開の準備が進められていて、来春には携帯電話事業者が一般のスマートフォンユーザーに向けて本格的に5Gサービスを提供していくという見込みが立てられています。また、敷地内に独自のネットワーク(ローカル5G)を構築し、リアルタイムでの多角的な視点からのスポーツ観戦など、ハイテクなサービスを実現するための試験なども各所で行われており、多くの企業が5Gビジネスに着目しています。
特に、ローカル5Gサービスについては年内にも事業認可の受付が始まるのではないかという見込みもあり、早期の段階でローカル5Gに周辺するビジネスに参入するには、今から具体的なアクションプランを立案していく必要性があります。
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執筆者K.O氏
1980年代半ばから大手家電メーカーにて携帯電話の商品企画や事業戦略に従事。近年は産官学の5G推進団体「第5世代モバイル推進フォーラム」のアプリケーション委員会副主査や総務省の5G基本コンセプト作業班の構成員を務め、2018年から現職のIoT企業の監査役に就任。